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俺の彼女が間男と密会してたから復讐しようとした結果、全てが俺の妄想だった件  作者: ledled


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教師として見た真実(諸岡先生 視点)

教師という仕事を始めて十年になる。担任を持つようになって八年。様々な生徒を見てきたが、今年ほど難しいケースに直面したことはなかった。蒼井刻。彼は私が担任を務める二年三組の生徒だった。最初の印象は、普通の男子生徒。特に目立つこともなく、成績は中の上。問題行動もない。でも、春が終わる頃から、私は彼の行動に違和感を覚え始めていた。


五月のある日、休み時間に教室を見回っていると、蒼井くんが楔野さんの席の近くに立っているのが見えた。楔野さんは少し困ったような顔をしている。蒼井くんは何か話しかけているようだったが、楔野さんの反応は明らかに社交辞令だった。短く返事をして、すぐに別の友達と話し始める。でも蒼井くんは、それを嫌がられているとは思っていないようだった。むしろ、楽しそうに笑っていた。その時は、単に片思いの男子生徒だと思っていた。よくあることだ。でも、六月に入ってから、楔野さんの様子が変わった。


六月の半ば、楔野さんが放課後、私のところに相談に来た。


「先生、ちょっと相談があるんですけど」

「どうしたの、楔野さん」

「その、クラスの蒼井くんが、最近よく話しかけてくるんです。断っても、あまり伝わらなくて」


楔野さんの表情は深刻だった。ただの恋愛相談ではない。何か問題があると直感した。


「具体的に、どんなことをされているの?」

「荷物を勝手に持とうとしたり、休み時間にずっと私の近くにいたり。あと、LINEもよく送られてきて」

「それで、楔野さんはどう対応してるの?」

「できるだけ短く返事して、距離を取ろうとしてるんですけど、伝わってないみたいで」


私は蒼井くんを呼んで話をすることも考えたが、まだその段階ではないと判断した。直接指摘すれば、かえって事態が悪化するかもしれない。まずは様子を見ることにした。


「分かりました。何かあったら、すぐに相談してね。それと、はっきり断ることも大切よ。相手を傷つけたくないって気持ちは分かるけど、曖昧な態度は誤解を招くから」

「はい、分かりました」


その後、私は意識的に教室での蒼井くんの行動を観察するようになった。休み時間、彼は確かに楔野さんの近くにいることが多かった。話しかけては、楔野さんが短く返事をする。それを何度も繰り返している。楔野さんの表情は、明らかに困惑している。でも蒼井くんは、それに気づいていないようだった。七月に入ってから、楔野さんの友人である氷室さんからも相談を受けた。


「先生、遥のこと、相談があります」

「氷室さん、楔野さんのこと?」

「はい。蒼井くんのこと、先生も気づいてますよね。あの人、完全にストーカーです」


氷室さんの言葉は強かった。でも、彼女の目は真剣だった。


「私、記録してるんです。蒼井くんがいつ、何をしたか。遥から相談された内容も全部。これ、見てください」


氷室さんが差し出したノートには、詳細な記録が書かれていた。日時、場所、蒼井くんの行動、楔野さんの反応。全てが克明に記録されている。これを見て、私は事態の深刻さを理解した。これは単なる片思いではない。エスカレートしているストーカー行為だ。


「氷室さん、よく記録してくれました。これは重要な証拠になります。でも、今すぐこれを使うのは待ってください。まずは楔野さん本人の意思を確認して、それから学校として対応を考えます」

「分かりました。でも、早くなんとかしてください。遥、本当に怖がってるんです」


私は学年主任と生徒指導の教師に相談した。状況を説明すると、二人とも深刻な顔をした。


「これは、ストーカー規制法に抵触する可能性がありますね」


生徒指導の教師が言った。


「でも、被害者本人が訴えを起こさない限り、学校側から強制的に動くのは難しい」

「楔野さんは、まだ大事にしたくないと思っているようです」


学年主任が考え込んだ。


「とりあえず、蒼井くんの様子をもっと注意深く見ましょう。そして、楔野さんには、何かあったらすぐに報告するように伝えてください」


夏休みに入っても、状況は改善しなかった。楔野さんから何度かメールが来た。「蒼井くんを見かけました」「尾行されている気がします」。私は焦りを感じていた。このままでは、本当に危険な事態になるかもしれない。でも、決定的な証拠がない。学校の外での出来事だから、学校としても動きづらい。夏休み明け、二学期が始まる前に、私は楔野さんと面談をした。


「楔野さん、夏休みはどうだった?」

「正直、怖かったです。何度も蒼井くんを見かけて。偶然にしては多すぎて」

「それは警察に相談すべきかもしれません」

「でも、まだ何もされてないし」

「何かされてからでは遅いんです。それに、尾行は立派なストーカー行為です」


楔野さんは迷っていた。でも、彼女の目には恐怖が浮かんでいた。私は決めた。もう、待っていられない。二学期が始まったら、蒼井くんと話をする。そして、必要なら保護者も呼んで、厳重に注意する。しかし、私が動く前に、事態は急変した。九月の最初の週、学校中が騒然となった。匿名掲示板に、楔野さんと真鍋くんを中傷する投稿があったという。生徒指導の教師が、その投稿を私に見せた。「二股女」「間男」という言葉が並んでいる。そして、二人の行動パターンまで詳しく書かれている。


「これは、蒼井くんですね」


私は即座に判断した。


「IPアドレスを調べましょう。おそらく、彼のスマホからの投稿です」


案の定、投稿は蒼井くんのスマホからだった。さらに、学校の投書箱にも同様の内容の手紙が入っていた。証拠写真まで添付されている。楔野さんと真鍋くんが手を繋いでいる写真。カフェにいる写真。全て、尾行して撮影したものだ。もう、これは見過ごせない。私は学年主任と生徒指導の教師と相談して、三人の生徒を職員室に呼ぶことにした。


職員室で三人と対峙したとき、私は複雑な気持ちだった。楔野さんは怯えている。真鍋くんは冷静だが、緊張している。そして蒼井くん。彼の目には、確信が宿っていた。自分が正しいと信じ込んでいる目。私は順番に話を聞いた。楔野さんと真鍋くんの関係。それは去年の夏から続く、健全な恋愛関係だった。両親公認で、何の問題もない。そして楔野さんは、蒼井くんとは一度も交際したことがないと明言した。


蒼井くんは反論した。「遥は俺の彼女です」「運命の出会いがあった」「何度も話をした」。でも、具体的な証拠は何もなかった。告白されたこともない。デートしたこともない。二人きりで出かけたこともない。ただ、蒼井くんが一方的にそう思い込んでいただけ。彼のスマホを見せてもらった。楔野さんとのLINEのやり取り。蒼井くんから大量のメッセージ。でも楔野さんの返信はほとんどない。たまに「ありがとう」「予定がある」という短い返事があるだけ。これを見て、私は確信した。蒼井くんは、認知の歪みがある。相手の行動を、自分に都合よく解釈してしまう。


「蒼井くん、これを見て。楔野さんの返信、ほとんどないでしょう。これは、彼女が君との会話を避けていたということです」

「でも、返信してくれたときもあって」

「それは社交辞令です。断りの言葉です」

「違います! 遥は俺のことを」


蒼井くんの声が大きくなった。私は厳しく言った。


「蒼井くん、落ち着きなさい。君がしていたことは、ストーカー行為です。相手が嫌がっているのに付きまとう。メッセージを大量に送る。尾行する。これは犯罪になりかねない行為です」


その言葉に、蒼井くんの顔色が変わった。でも、まだ理解していないようだった。自分が被害者だと思い込んでいる。その後、蒼井くんの保護者を呼んだ。最初、母親は息子を擁護した。でも、証拠を見せ、説明をすると、顔色が青ざめていった。そして最後には、涙を流しながら謝罪した。


「申し訳ありません。うちの子が、こんなことをしていたなんて」


母親も気づいていなかった。いや、気づかないようにしていたのかもしれない。息子の言うことを信じたかった。でも、現実は違った。私は蒼井くんの母親に、精神科の受診を勧めた。認知の歪みは、専門的な治療が必要だ。そして、楔野さんと真鍋くんの保護者にも連絡を取った。状況を説明し、今後の対応を相談した。


楔野さんの母親は、怒りと悲しみが混ざった声で言った。


「娘がどれだけ怖い思いをしたか。警察に相談します。それと、民事訴訟も検討します」


当然の反応だった。教師として、私はこの事態を防げなかったことを悔やんだ。もっと早く、強く動いていれば。でも、被害者本人が大事にしたくないと言っている状況で、教師ができることは限られていた。学校として、蒼井くんに処分を下した。二週間の停学。カウンセリングの受講義務。そして復学後は、クラス変更。楔野さんと同じ空間にいることを避けるため。停学期間中、私は何度か蒼井くんの母親と連絡を取った。警察からの事情聴取、カウンセリング、全てを報告してもらった。母親は憔悴していた。


「先生、うちの子、本当に治るんでしょうか」

「時間はかかると思います。でも、専門家の助けを借りれば、少しずつ良くなります」

「私の育て方が、悪かったんでしょうか」

「お母様、自分を責めないでください。大切なのは、これからどうするかです」


二週間後、蒼井くんが復学した。新しいクラスで、彼は孤立していた。噂は学校中に広まっていた。「ストーカー」というレッテルは、簡単には消えない。廊下で彼を見かけるたび、私は複雑な気持ちになった。彼も被害者なのかもしれない。認知の歪みという、自分では制御できない問題の。でも同時に、彼は加害者だ。楔野さんを恐怖に陥れた。その事実は変わらない。


十一月、裁判所で和解が成立したと聞いた。八十万円の和解金、謝罪文、接触禁止の誓約。蒼井くんの母親から連絡があった。


「先生、和解が成立しました。でも、正直、この学校に息子を通わせ続けるのは難しいと思っています」

「転校を、お考えですか」

「はい。息子のためにも、楔野さんたちのためにも、それが一番いいのかなと」


十二月、三者面談で転校の話を正式にした。蒼井くんは、何も言わなかった。ただ、下を向いているだけだった。彼は理解し始めているのだろうか。自分が犯した罪を。失ったものを。一月、蒼井くんは隣県の通信制高校に転校した。最後の日、彼は私のところに挨拶に来た。


「先生、色々とご迷惑をおかけしました」

「蒼井くん、新しい学校で頑張りなさい。カウンセリングは続けてね」

「はい」


彼の目には、以前のような確信はなかった。代わりに、混乱と後悔が混ざっていた。少しは、現実が見えてきたのかもしれない。彼が去った後、私は楔野さんと真鍋くんを呼んだ。


「二人とも、本当に大変だったね。でも、よく耐えてくれました」

「先生が助けてくれたおかげです」


楔野さんが言った。


「先生、氷室さんが記録してくれたノート、本当に役に立ちました」

「氷室さんは、いい友達を持ちましたね」


真鍋くんが頷いた。


「僕も、もっと早く先生に相談すればよかったと思ってます」

「いいえ、あなたたちは十分頑張りました。これからは、安心して学校生活を送ってください」


三月、卒業式の日。楔野さんと真鍋くんは、笑顔で卒業していった。二人の写真を見て、私は安堵した。彼らは幸せになった。あの事件を乗り越えて。教師として、生徒を守れたことを嬉しく思う。でも同時に、蒼井くんのことも考える。彼は今、どうしているのか。新しい環境で、ちゃんとやっているのか。更生できているのか。


この事件を通して、私は多くのことを学んだ。ストーカー行為は、早期発見、早期介入が重要だということ。被害者が「大事にしたくない」と言っても、教師は積極的に動かなければならないということ。そして、認知の歪みを持つ生徒を、どう支援すべきかということ。翌年、私は学校のストーカー対策マニュアル作成に携わった。この事件の経験を活かして、同じような事態が起きたとき、迅速に対応できるように。被害者を守り、加害者を更生させる。それが、教師としての責任だと思う。


今でも時々、あの事件を思い出す。蒼井くんの確信に満ちた目。楔野さんの怯えた表情。真鍋くんの冷静さ。氷室さんの記録ノート。そして、蒼井くんの母親の涙。全てが、私の心に刻まれている。教師として十年。様々なケースを見てきたが、この事件ほど複雑で、難しいものはなかった。加害者と被害者。どちらも生徒。どちらも守らなければならない。でも、優先すべきは被害者だ。それを、私は学んだ。


楔野さんと真鍋くんが、幸せになってくれたことが、唯一の救いだ。そして、蒼井くんも、いつか立ち直ってくれることを願っている。教師として、それだけを祈っている。

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