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俺の彼女が間男と密会してたから復讐しようとした結果、全てが俺の妄想だった件  作者: ledled


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息子の真実(蒼井刻の母親視点)

私の息子、刻は優しい子だった。少なくとも、私はそう信じていた。一人息子で、夫を五年前に亡くしてから、私は刻を溺愛してきた。刻の言うことは全て正しい。刻がするこは全て正しい。そう思い込んでいた。母親として、それが当然だと思っていた。


九月のあの日、学校から電話がかかってきたとき、私は仕事中だった。担任の諸岡先生からだった。


「蒼井さんのお母様でいらっしゃいますか。至急、学校にお越しいただけますでしょうか。刻くんのことで、大変重要なお話があります」


声のトーンが普通じゃなかった。何か事故でもあったのかと思い、慌てて職場を早退して学校に向かった。


職員室に入ると、刻が椅子に座っていた。隣には見知らぬ女子生徒と男子生徒。そして複数の先生たち。みんな深刻な顔をしていた。私は最初、刻が何か被害に遭ったのだと思った。この二人の生徒が刻に何かしたのだと。だから、私は先生に詰め寄った。


「うちの子が何をしたっていうんですか!」


でも、諸岡先生の説明を聞いて、私の世界は崩れ始めた。刻がストーカー行為をしていた。女子生徒、楔野遥さんに一方的に付きまとい、彼女を恐怖させていた。匿名掲示板に彼女と彼氏の真鍋柾樹くんを中傷する投稿をした。名誉毀損にあたる行為だ。そして刻は、楔野さんが自分の彼女だと主張しているが、実際には一度も交際したことがない。全て刻の思い込みだった。


最初は信じられなかった。うちの刻がそんなことをするはずがない。刻は優しい子だ。人を傷つけるような子じゃない。先生たちの説明を聞きながら、私は必死に刻を擁護しようとした。でも、証拠を見せられた。刻が撮った写真。二人が手を繋いでいる写真、一緒に歩いている写真。大量のLINEメッセージ。ほとんどが刻からの一方的なもので、楔野さんの返信はほとんどない。匿名掲示板の投稿記録。IPアドレスから刻のスマホだと特定されている。そして、楔野さんの友人が記録していた、刻の行動記録。いつ、どこで、どんな風に楔野さんに付きまとっていたか。詳細に記録されていた。


証拠は圧倒的だった。私は楔野さんに聞いた。


「楔野さん、本当にうちの刻と付き合ったことはないんですか」


彼女は申し訳なさそうに、でもはっきりと答えた。


「ありません。蒼井くんとは、クラスメイトとしか思ったことがありません」


その言葉を聞いて、私は刻を見た。刻は必死に反論していた。「遥は俺の彼女だ」「二人は特別な関係だった」「運命の出会いだった」。でも、その主張には何の根拠もなかった。ただ、刻が勝手にそう思い込んでいただけ。消しゴムを拾ってあげたこと。「ありがとう」と言われたこと。「また今度」という社交辞令。それらを全て、好意のサインだと解釈していた。


私は刻に聞いた。


「刻、本当のことを言って。遥ちゃんと本当に付き合ってたの? 彼女から告白されたの? デートしたの?」


刻は答えられなかった。告白もされていない。デートもしていない。二人きりで出かけたことすらない。その瞬間、私は理解した。刻は嘘をついているわけではない。本気で信じ込んでいるんだ。楔野さんが自分の彼女だと。真鍋くんが間男だと。自分が被害者だと。


帰りの車の中で、刻は何も話さなかった。私も何も言えなかった。家に着いてから、私は自分の部屋に入って泣いた。いつから刻はこんな風になってしまったのか。私が気づかなかっただけで、ずっと前からこうだったのか。それとも、私の育て方が間違っていたのか。夫が亡くなってから、私は刻を甘やかしすぎた。刻の言うことを全て信じて、刻の味方でいようとした。でも、それが刻を歪ませてしまったのかもしれない。


翌日、警察から連絡があった。ストーカー規制法違反の可能性があると。楔野さんと真鍋くんの保護者は、刑事告訴は見送るが、民事訴訟を検討しているという。警察署で事情聴取を受ける刻を見ながら、私は自分の無力さを痛感した。息子を守ることができない。いや、守るべきなのは息子ではなく、息子に傷つけられた楔野さんだった。


数日後、学校から精神科の受診を勧められた。私は刻を連れて、精神科クリニックに行った。医師は刻の話を聞いて、こう診断した。


「認知の歪みがあります。特に、他者の行動を自分に都合よく解釈する傾向が強い。治療が必要です」


認知の歪み。その言葉を聞いて、私は改めて自分の責任を感じた。刻がこうなってしまったのは、私のせいでもある。夫が亡くなってから、私は刻に依存していた。刻の話を聞いて、刻の主張を全て受け入れて、刻の世界観を肯定してきた。それが刻を、現実から遠ざけてしまったのかもしれない。


停学期間中、刻は家に閉じこもっていた。クラスのグループLINEから退会させられ、SNSでも悪評が広まっていた。友達は誰も連絡してこなかった。いや、もともと友達と呼べる人がいたのかどうかも、今となっては分からない。刻が「友達」だと思っていた人たちは、本当に刻のことを友達だと思っていたのだろうか。私はカウンセリングに付き添いながら、少しずつ真実を理解していった。刻は、人間関係において、ずっと一人相撲を取っていたのだと。相手の気持ちを考えず、自分の解釈だけで関係を作り上げていた。


十月、楔野さんと真鍋くんの保護者から、正式な訴訟の通知が届いた。損害賠償請求額は百万円。名誉毀損と精神的苦痛に対する賠償だという。私は弁護士を雇った。弁護士費用だけで数十万円。そして弁護士は言った。


「勝ち目はありません。和解を勧めます」


私の貯金が、どんどん減っていく。でも、それは当然の報いだった。刻が、いや、私たち親子が犯した罪の代償。


十一月、裁判所で和解交渉が行われた。向こう側の両親と弁護士を前に、私は頭を下げた。楔野さんと真鍋くんは来ていなかった。来る必要もないだろう。もう、私たちとは関わりたくないはずだ。和解金は八十万円。さらに謝罪文と、二度と接触しないという誓約。私はサインした。刻もサインした。帰りの電車の中で、私は涙が止まらなかった。八十万円という金額ではない。息子が犯した罪の重さが、ようやく実感として私の中に入ってきた。


十二月、学校から転校を勧められた。刻が同じ学校にいることで、楔野さんと真鍋くんが恐怖を感じているという。当然だと思った。刻は加害者なのだから。被害者が安心して学校生活を送れるように、加害者が去るべきだ。私は隣県の通信制高校を探した。面接の時、校長先生に全ての経緯を話した。正直に話さなければ、また同じことが起きるかもしれない。校長先生は理解してくれた。


「お母様の正直さに感謝します。刻くんを受け入れますが、カウンセリングは必ず続けてください。そして、何か問題があればすぐに相談してください」


一月、刻は転校した。新しい制服を着た刻を見て、私は複雑な気持ちになった。新しい環境で、刻は変われるだろうか。もう二度と、同じ過ちを犯さないだろうか。転校初日、刻を送り出した後、私は刻の部屋に入った。机の上に、あの記録ノートが置いてあった。楔野さんと真鍋くんの行動を記録したノート。私はそれを開いた。そこには、二人の会話、二人が会った日時、場所、全てが細かく記録されていた。そして、刻の解釈。


「遥は俺のことを見ていた」

「柾樹が邪魔をしている」

「二人の関係を暴かなければ」


ページをめくるごとに、私の心は重くなった。刻は本気でこう思っていたんだ。妄想ではなく、刻にとっては真実だった。


私はノートを閉じて、深く息をついた。そして、思った。私にできることは何だろう。刻を責めることではない。刻を甘やかすことでもない。刻に現実を見せること。相手の気持ちを考えることを教えること。そして、二度と同じ過ちを犯さないように、見守ること。それが、母親としての私の責任だ。


三月のある日、私はSNSで偶然、楔野さんと真鍋くんの卒業式の写真を見た。二人とも笑顔だった。コメント欄には祝福の言葉が並んでいた。私はその写真を見て、少しだけ安心した。刻が壊そうとした二人の関係は、壊れなかった。二人は幸せそうだ。それが、せめてもの救いだった。私は刻の部屋に行って、その写真を見せた。


「刻、見て。楔野さんと真鍋くん、卒業式だって。二人とも幸せそうね」


刻は画面を見て、小さく頷いた。


「うん、良かった」


その言葉を聞いて、私は少しだけ希望を感じた。刻は変わり始めているのかもしれない。まだ、遠い道のりだけれど。


四月、新学期が始まった。刻は通信制高校の二年目に入った。相変わらず友達はいない。でも、刻は以前よりも落ち着いて見えた。カウンセリングを続け、少しずつ自分の問題に向き合っている。まだ完全には理解していないかもしれない。でも、「自分が間違っていたかもしれない」と思えるようになった。それだけでも、大きな進歩だ。


ある日、刻が言った。


「お母さん、俺、またいつか誰かを好きになれるかな」

「分からないわ。でも、その時は、相手の気持ちをちゃんと考えてね。自分の思い込みじゃなくて、相手が何を感じているか。それを大切にして」

「うん、分かった」


刻の返事を聞いて、私は少し笑顔になれた。まだ、刻の傷は癒えていない。私の心も、まだ痛んでいる。八十万円の和解金、弁護士費用、転校費用。経済的な負担も大きかった。でも、それよりも重いのは、息子が犯した罪の重さ。そして、母親として気づけなかった自分への後悔。


私は今、刻との関係を見直している。刻の言うことを全て信じるのではなく、客観的に見ること。刻を甘やかすのではなく、時には厳しくすること。そして、刻が現実を見られるように、サポートすること。それが、私にできる償いであり、母親としての責任だと思っている。


夜、一人でリビングに座っていると、時々思う。もし、あの時。刻が「遥ちゃんが彼女だ」と言ったとき、私が「本当に? どうやって付き合うことになったの?」と詳しく聞いていたら。刻の話に矛盾を感じて、もっと早く気づけていたら。でも、過去は変えられない。私は刻の話を鵜呑みにして、刻の世界観を肯定してきた。それが、今の結果を招いた。


刻はこれから、長い時間をかけて償っていく。そして私も、母親として、自分の過ちと向き合っていく。刻が犯した罪は、刻だけのものではない。私にも責任がある。それを忘れずに、これからを生きていく。


リビングの壁には、刻が小学生の時に描いた家族の絵が飾ってある。父親と母親と刻。三人で手を繋いでいる絵。あの頃の刻は、本当に優しい子だった。いつから変わってしまったのか。いや、変わったのではなく、もともとそういう傾向があったのかもしれない。ただ、私が気づかなかっただけ。


私は立ち上がって、刻の部屋の前まで行った。ドアの向こうから、小さな物音が聞こえる。刻は起きているようだ。ノックしようかと思ったが、やめた。今は、そっとしておこう。刻も、色々と考えているはずだ。自分の犯した罪について。失ったものについて。そして、これからについて。


私は自分の部屋に戻って、ベッドに横になった。天井を見つめながら、また涙が溢れてきた。息子を愛している。でも、息子が犯した罪は許されない。その矛盾に、私は今も苦しんでいる。母親として、刻を守りたい。でも、刻は守られるべき被害者ではなく、罪を犯した加害者だった。


明日も、カウンセリングがある。刻だけでなく、私もカウンセリングを受け始めた。「共依存の傾向がある」とカウンセラーに言われた。刻に依存しすぎて、刻の問題行動を見逃してきた。それを直すために、私も変わらなければならない。


窓の外を見ると、月が出ていた。綺麗な満月。楔野さんと真鍋くんも、この月を見ているだろうか。二人が幸せでありますように。そして、刻が少しずつでも前に進めますように。私は小さく祈った。


これが、私の物語。息子がストーカーだと知った母親の物語。息子を愛しているからこそ、息子の罪と向き合わなければならない母親の物語。簡単な答えはない。でも、私は逃げない。刻と一緒に、この現実と向き合っていく。それが、母親としての私の責任だから。

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