第2話 生贄
「ふふふふふ。良い眺めだな」
「うっ……」
隠れ小道を使ってなんとかミアが処刑されると言う広場の民衆に紛れ込むことができた。
悪さをした後逃げるために拾得した変装スキルが役に立ったな。
それにしてもやけに多くの人々が集まっていて、その中心でミアが磔にされている。
その横に立っているのはこの街の領主であるレムル伯爵。
この国でも有数の魔法使いらしく、若い頃は王都の魔法師団の重役にもついていたらしい。
しかしあのクソ野郎の話によればミアに言いがかりをつけた張本人だ。
そのクソ野郎も横にいる。
「民衆諸君。これが悪魔を宿した娘だ。恐らく諸君にはそうは見えていないだろう。美しく可憐な女に見えているだろう。だからこそ悪魔は恐ろしいのだ。これから処刑するが、そうすればきっと悪魔として本性を現すだろう」
「「「「「おぉぉぉおおぉぉぉおおお」」」」」
くそっ、ふざけるな。それでなんともなかったらどうするつもりなんだ?
ミアは間違っても悪魔なんかじゃない。悪魔憑きじゃない。
恐らく処刑の際は執行人を残して壇上から伯爵たちは降りるだろう。そこに殴り込んでミアを助ける。これしかない。
だから今は我慢だ……。
「恐れる必要はない。ここには勇者である俺がいるし、レムル伯爵は偉大な魔法使いだからな。悪魔憑きをただ処刑するのではなく、偉大なる聖剣を召喚する生贄に捧げるのだ。そうすれば悪魔など畏れることはないんだ!」
「「「「おおおぉぉぉおおおおぉぉぉおおおおおぉぉおおお!!!!」」」」」
クソ野郎に扇動される民衆……。勘弁してくれ。
しかもあいつが勇者だと?
「いつまでも悪魔憑きを生きながらえさせる必要はないな。では処刑の執行にかかる。やれ!」
「いや……」
伯爵がムカつく表情でそんなことを言いながら処刑台から降りていく。
クソ野郎……勇者と名乗ったやつもそれに続く。
ミアの絶望した表情が目に入る。待っていてくれ。絶対助けるからな!
一方、伯爵と勇者の歩く先には豪華な席が作られている。
ミアが殺されるところを眺めているつもりか……。
まったくもって許しがたい腐った連中だ。
「待って! さすがに一欠片も邪悪な魔力も漏れていないのに、悪魔憑きだなんて、やっぱりおかしくないですか?」
そこへあの時クソ野郎と会話していた女が声をあげた。
神官のような恰好をしている。
俺は寸前で飛び込むのを思いとどまり、様子を見ることにした。
ミアが処刑されないのならそれでいい。
俺はミアを救いたいだけなんだからな。
「なにを言うんだい、セルフィ―ナ。まさか長年悪魔と戦い続けてきたレムル伯爵の言葉を疑うのかい? さすがにそれは勘弁してほしいんだが」
しかしクソ野郎が困ったやつだと言わんばかりに眉をひそめる。
「しかし……」
「慈悲深き神官たるセルフィ―ナ殿は悪魔憑きである可哀そうな娘に憐憫を感じるのは理解できるが。さすがに領地を預かる者として市民を危険に回すような慈悲は認めるわけにはいかぬ」
「なっ……」
だが、残念ながら彼女の言葉は聞き入れられないようだ。
だが、俺にとってはありがたかった。
今の言葉の間に、処刑執行台からミアと処刑執行人以外のものが離れた。
さらに、やれやれと言った表情で伯爵と勇者が席に座った上に、注意はあの神官の方に向いた。
俺は一気に魔力を爆発させて殴り込んだ。
だが……。
「ふん。やっぱり来たか。だが無駄だ!」
「くそっ!」
俺の攻撃はいつの間にか回り込んできたクソ野郎に止められる。
勇者を名乗るだけあって強い……。
「なんじゃと? 悪魔憑きの仲間か? 捕えよ! 邪魔はさせるな!」
「やめて! レオ! 逃げて!!!」
伯爵の言葉で衛兵たちが駆け寄ってくる。
まずい……。
捕えられたりしたらミアを助けられなくなる。
しかし目の前にはムカつく顔で勝ち誇っている勇者……。くそっ……。
「うらぁ!!!」
「うぐぅ……」
勇者の一撃が俺の腹を直撃する。
くそっ……。
俺の腹は……。
そこにあるのか?
「さっさと処刑を始めよう。代われ!」
しかも伯爵が処刑台に上がり、右手を掲げる。
やめろ!
「レオ……ごめん。レオ。私、約束を守れそうにないよ……」
やめろ!!
「ふん。観念するがいい。そうすれば楽にしてやる。喰らえ!」
伯爵の掲げた右手には灰色の魔力が集まっている。
それをミアにぶつける気か!?
ふざけるな!?
「やめろぉぉぉおお!!!!」
「させるかぁ!!」
しかし目の前のクソ勇者を倒せない。
何をしても防がれ、攻撃を当てられる……。
「レオ……大好きだよ……元気で……逃げて!」
「伝承に語られし聖剣よ。我、贄を捧げ、そなたを呼び覚ます者……」
俺の声は届かない。
「ふん。しっかり目に焼き付けとけよ。恋人が死ぬところをよぉ。あはははは」
クソ勇者に羽交い絞めにされる。
やめろ!?
はなせ!?
「やめろぉぉぉおおぉぉおおおぉぉおおおぉぉおおお!!!!」
「あっはっはっは。無駄だ! このクズが!!!?」
「伝承に語られし聖剣よ。我の願いに答えて、ここに現れん!」
灰色の魔力を纏った右手がミアの胸を貫いた。