表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

side3 セルジオ

「旦那様、王都のタウンハウスを維持する資金がもうありません。邸を引き払い、伯爵領へお戻りください」


伯爵領に居る我が家の家令からこのような連絡が届いたのは、元妻(ロクシーナ)を追い出してから半年程過ぎた頃だった。


ようやく地味な(ロクシーナ)と離縁して、愛する女性(アマンダ)を妻にしたのに。幸せに水を差された気分だ。


水を差した奴には文句を言ってやらないと気が済まない。


王都邸の留守をアマンダに任せ、私は単身伯爵領へ戻った。


***


「お帰りなさいませ」


領邸に到着した私を迎えたのは、家令一人。


「他の者たちはどうした?」


「奥様…ロクシーナ様が去られてから、半数程の領政官・使用人が辞めました。残った者たちは仕事に追われ、領政も滞っております」


そういえば、ロクシーナを追い出してから仕事が増えたな。だが…


「私は退職を許可していないぞ?」


「旦那様の裁可が必要な書類と共に、彼らの退職願も王都のお邸へお送りしましたが」


裁可…書類…


もしかして…アマンダとの時間が奪われるのが煩わしくて適当に判を押した、あれか?


しかしなぜ、ロクシーナ一人追い出しただけでこんなに退職者が出るんだ?


「どうしてそんなに辞めたんだ?」


「…この三年の間、領政とお邸を支えておられたのはロクシーナ様でした。ご結婚されても、伯爵位を継がれても、一度もお帰りにならず…ましてやロクシーナ様を追い出した旦那様は信用できない、と」


…なんだと?

私は伯爵家と領地のために、王都で社交に勤しんでいるというのに。


私の功績を理解できない者たちが腹立たしくはあるが、とにかく溜まった仕事を片付けなければならない。


「執務室へ行く。仕事を片付けるぞ」


私は苛立ちを表すかのように、足音高く執務室へと向かった。


*


「なんでこんなに金が減っているんだ!?」


伯爵家の現状を確認した私は思わず叫んでいた。


伯爵家の資金が大幅に減っている。このままでは、そう遠くない内に資金が底を付くだろう。


「旦那様がアマンダ様を迎えられてから、支出が嵩んでおります。それに加えて、王都のお邸の維持費や社交費も掛かっております故」


「今まではこんなことにはなっていなかったではないか!」


「アマンダ様に掛かる衣装代・装飾品代はロクシーナ様の比ではありません。そして最近では農作物の収穫量と質が落ちております。収入が減っているのに、出費が嵩めば資金は無くなる一方です」


「…収穫量と質が落ちたのはなぜだ?」


「クロムウェル子爵家との業務提携が停止されたからでしょう」


「停止?」


「子爵家からの提携停止要請を旦那様がお認めになった書類がございましたが」


「提携停止要請?」


「退職希望者の退職願と共にお送りしました」


「………」


言葉が出なかった。

そんな大事な書類を見落としていたとは…


「子爵領からは農業指導者をお招きして、土壌改良や作物の品種改良を行っておりました。しかし、提携が停止となり指導者の派遣も終わりました。…伯爵領の領民だけでは、土壌の維持も作物の改良もままなりません」


「…でっ、では工芸品はどうなのだ?派遣が終わったというのなら、職人たちも戻っているのだろう?」


「…出ていきました」


「は?」


「旦那様は最近、領民たちが他領へ流出しているのをご存知ですか?職人たちは彼らと共に他領へ移住してしまいました」


「なぜ…?」


「彼らへの派遣手当が支払われていなかったからです。何度も申請がきておりました。…それを旦那様がお認めにならなかったので」


「たったそれだけのことで…」


「それだけのこと、ではありません。彼らは、伯爵家から“仕事”を受けて長期間子爵領へ行っていたのです。その報酬を伯爵家が支払わなかったら、彼らが怒るのは当然のこと」


「…そんなこと私は知らなかった」


「…でしょうね。これらのことはロクシーナ様がしてくださってましたから。先代様からの引き継ぎすら受けなかった貴方様にはできますまい」


「………」


「そして、収入が減少した要因と考えられることがもう一つ。…コーンウェル侯爵家との交易が止まっております」


「コーンウェル侯爵家?」


コーンウェル侯爵領は我が領の東隣に位置する、交易の要所だ。

侯爵夫妻は、王都の社交界で何度も見かけたことがある。


「はい。コーンウェル侯爵領は紅茶の産地で、ロクシーナ様は交易をなさっていました」


「社交ができないロクシーナがどうやって…?」


「ロクシーナ様は社交をしておいででしたよ?」


「何を言っている?ロクシーナは王都の社交界には出ていない!」


「…王都の社交界だけが全てではありませんよ。ロクシーナ様は三年前、近隣のご領地へご結婚と旦那様の伯爵位継承のご挨拶にお一人で赴かれました。その時にご縁を結び、その後他家のお茶会にもご招待いただいておりました。特にロザリーナ・コーンウェル侯爵夫人には大層お気に入られ、“リーナ様”・“シーナ”とお名前で呼び合う仲でございました」


…信じられなかった。

ロクシーナが領政に関わっていたことも、社交をしていたことも、侯爵夫人のお気に入りだということも。


もしかして私は、大きな間違いを犯してしまったのではないか?


と、とにかくコーンウェル侯爵家には、交易の再開を申し入れてみよう。


***


社交のため王都邸に戻った私を待っていたのは、請求書の山だった。


「何だこれは!?」


内容を見てみると、ドレスや装飾品、菓子や茶器…アマンダの買い物ばかり。


「アマンダ!これはどういうことだ!?」


私はアマンダの部屋へ行き、請求書を見せ問い詰めた。


「セルジオ?何をそんなに怒っているの?私は伯爵夫人なのよ。パーティに行くのも、着飾るのも、お茶会をするのも、当然のことじゃない」


「だからといって、こんなに金を使ってもいいとは言っていない!!…お前にはしばらくの間、社交も買い物も禁止する!」


「なんですって!?…私がいなくて貴方、どうやって社交をすると言うの!?」


「では聞くが…私がいない間のお前の社交で、伯爵家のために実になる事を何か成し遂げたのか?」


「伯爵家の魅力を存分にアピールしたわ!」


「…例えばどんな?」


「私が身に着けているドレスや装飾品がどれほど素晴らしいかを!お茶会のお菓子がどれほどの逸品かを!豪華な茶器を使える喜びを!」


…それはただの自慢だ。

居合わせた夫人や令嬢はさぞかしうんざりしたことだろう。


「それは社交とは言わない。お前の自己満足だ。…私はお前を見誤っていたのだな…」


「何よ!?」


私の反応が気に入らなかったのか、キャンキャン喚き出したアマンダを放置し私は部屋を出た。


…資産の立て直しは、コーンウェル侯爵家との交渉にかかっている。


***


王宮でのパーティ。

今日はほとんどの貴族が出席している。コーンウェル侯爵夫妻もいるはずだ。


私は他の貴族への挨拶もそこそこに、コーンウェル侯爵夫妻の姿を必死に探す。


何としても、コーンウェル侯爵夫妻と話をしなければ…!


………居た!


夫妻の姿を見つけた私は二人の元へ真っ直ぐ歩み寄る。


「コーンウェル侯爵、夫人。ご機嫌麗しく…」


私の挨拶に答えたのは夫人だった。


「あら、カークマン伯爵。何度もお見掛けしていますが、こうしてご挨拶するのは初めてですわね。…いつもいらっしゃる可愛いお連れ様は、今日は御一緒ではないの?」


「…ご無礼をいたしており申し訳ございませんでした。妻は体調が優れず、今日は私一人で参りました」


「あら、そう。お大事に。…では」


挨拶を済ませ立ち去ろうとする夫妻。


「ま、待ってください!!」


私は夫妻を慌てて引き留めた。


「…何かご用があって?」


「いえ、その…コーンウェル侯爵家とカークマン伯爵家との交易を再開していただきたく…お願いに上がりました」


そう言って私は夫妻に頭を下げる。

そんな私を冷めた目で見ていた夫人が言った。


「…貴方、何か勘違いをしているのではなくて?(わたくし)友誼(よしみ)を結んだのはシーナであって、伯爵家ではないわ」


「えっ?それはどういう…?」


(わたくし)は相手がシーナだから交易をしていたのです。言わば友情の証ですわ。…シーナがいない今、続ける必要はありません」


「そんな…!」


「それになにより、シーナという妻がありながら愛人ばかりを連れていた貴方を信用してはおりませんの。貴方と話すことはもうありません。失礼」


「お、お待ちください!夫人っ…!」


私の声に耳を貸すことはなく、今度こそ夫妻は去って行った。


***


コーンウェル侯爵家との交渉は失敗し、資産立て直しの目処は無くなった。


禁止したにもかかわらず、アマンダは何処からか商人を呼んできて買い物ばかり。


とうとうタウンハウスを手放すことになり、私たち夫婦は領邸へ居を移した。


「なんでこんな田舎に住まなきゃいけないの!?私は王都で贅沢に暮らしたいのに!!」


「アマンダ、喚いていないで仕事を手伝え」


「貴族夫人の仕事は着飾って社交界に出ることよ!私に仕事をさせないのは貴方でしょう!?」


そんなわけあるか。


家にも寄るだろうが、貴族夫人の仕事はたくさんある。

夫の仕事の補佐、邸の維持、使用人の育成…そして情報収集。


女性たちはお茶会やパーティでの会話から世間の情報を得るのだ。

探り合い…といえば聞こえは悪いが、会話の中に隠された情報を読み取るスキルが求められる。


そしてその情報を家政や領政に活かすのだ。

…そう、ロクシーナのように。


アマンダは“社交界に居るだけの女”だった。

ドレスだの宝石だの菓子だのと自分の好きな話をするだけで、他の夫人や令嬢たちの話の裏を読むことはできない。


領地を持たぬ男爵の娘だから、領地経営も学んでいない。


出来るのは自慢と浪費。

伯爵家を傾けただけ。


華やかで社交が出来ると思っていた女は、何も出来ない役立たずだった。

地味で冴えないと思っていた女は、一人で領政を支えられる程優秀だった。


ああ、なぜ私はアマンダの本質に気付かなかったのか…

ああ、なぜ私はロクシーナを手放してしまったのか…


「ロクシーナ、戻ってきてくれ…」


私の願いに応えられる者はもう居ない。





fin









ここまで読んでいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ