02_Vtuber花野はるかのはじまり
僕、秋津川 遼は今日も仕事を終え、部屋に戻ってパソコンを立ち上げた。
デスクの上には、配信セットが整然と並んでいる。
5年前、僕は「花野はるか」として初めて配信を始めた。
いわゆるバーチャル美少女受肉、【バ美肉】というやつだ。
モニターに映るピンク髪のハーフツインテールの少女が、「花野はるか」である。
少しの興味と勇気から始めたVtuber活動だったけれど、今では僕にとって欠かせない存在になった。
控えめな性格で自己表現が得意ではない僕にとって、
バーチャルの世界は理想の自分になれる場所だった。
理想の自分と言っても女装癖がある訳ではなく、とにかく”自分ではない自分”になりたかった。
ボイスチェンジャーを駆使し可愛いアバターで配信する配信者がいることをニュースで知り、自分もやってみたいと思ったのだ。
◇◇◇
「ふぅ…今日も仕事疲れたなぁ。」
ようやく仕事から解放され、自分の部屋でパソコンを立ち上げ、早速配信をしようとアプリを立ち上げた。
ところが、いつも通り配信をスタートしようとしたところ、
そのすぐ隣の『新着配信』欄をクリックしてしまった。
「あれ、やばい、間違えてタップしちゃった…」
普段、自分があまり視聴しない配信に入ってしまった。
画面に映っているのは「ナツキ」という名前の配信者だった。
すっきりとしたショートヘアに、落ち着いた色の瞳をしたキャラクターが、画面いっぱいに映っている。
間違えてタップしちゃったことを伝えて退室しよう…
そう思っているとこんなコメントが目に入った。
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【酒カスヤニカスおじさん がコメントしました】
酒カスヤニカスおじさん『ナツキちゃんは何歳くらいなの?』
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入室も少ないのに、ちょうど厄介そうなリスナーに絡まれているところだった。
上手くコメントができない様子だった。初配信なのかもしれない。
「はるかちゃん、こんばんは。お名前、可愛いですね。」
と僕の存在に触れてくれたので、
長居は出来ないけど助け舟を出す気持ちでテンション高めにコメントを送っておこうと思った。
『こんばんは♡名前褒めてくれて嬉しいですଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧』
『ナツキくんは、声がカッコイイですね!』
すると、厄介そうなリスナーがコメントを投稿してきた。
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酒カスヤニカスおじさん『え。ナツキさんって、男なの?』
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・・・・この人ナツキくんを女だと思って絡んでたのか。
僕の心が少しザワついた。配信をしていると、どうしてもこういう詮索をしてくる視聴者が現れる。
自分も何度かそういう質問をされたことがあって、答えに困った経験がある。
それに声もアバターも、どう見ても男だろ。
何より、そのリスナーの異性とだけ仲良くなりたいという姿勢にもモヤモヤした。
配信は出会い系アプリじゃないのに・・・
その時、ナツキくんが落ち着いた声で言った。
「今どき性別聞くのとかナンセンスだと思うよ。
少なくとも僕の配信では年齢も含めて詮索するようなこと聞かないでくれないかな。」
その言葉に、遼は驚いた。
先ほどまでとは違う毅然とした態度、そして、穏やかにでもハッキリと意思を示すその姿。
自分がいつも言えないでいた言葉を、ナツキくんは自然に、そして堂々と言ってのけたのだ。
「すごい…」
僕の心に、尊敬と憧れが同時に芽生えた。
気づけば、画面に映るナツキくんのアバターに釘付けになっていた。
「この人…すごく素敵だな…」
僕はふと、自分が「花野はるか」として配信を始めたときのことを思い出した。
自信を持ちたかった。もっと自分を表現できるようになりたかった。
そのために「はるか」としての活動を始めたはずなのに、まだどこか怖がっている自分がいる。
──この人みたいに、もっと堂々と、自分を出せるようになりたい。
「よし…フォローしよう。」
遼はスマホを手に取り、震える指でナツキくんのアカウントをタップした。
さっきは誤タップだったけれど、今度は違う。
しっかりとした意思を持って、ナツキくんのフォローボタンを押した。
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【花野はるか がフォローしました】
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その通知がナツキくんの配信画面に表示された瞬間、ナツキくんが笑顔を浮かべた。
アバターは配信者の表情を読み取って動くから嬉しそうにしているのがよくわかる。
ちょうどナツキくんもフォローしてくれていたみたいだったけど、
これから仲良くなれるかもしれない人に憧れていると言うのは恥ずかしかったから、
『声が好きなのでフォロバします(⁎˃ᴗ˂⁎)』とだけ伝えた。
ハスキーで聞きやすい、好みな声をしていたのは事実だった。
今度、僕の配信にも来てくれるらしい。
ナツキくんが来た時にも恥ずかしくないように、これからはもっと勇気を出して
自分の言いたいことを言えるようになりたいと思った。