最高の夏休み 2
男チームは、ゲーセンの一角に固まっていた。
「よし、作戦確認な」
翔が腕を組んで言う。
「まず、柊が取る。以上」
「雑すぎだろ!」
響が即ツッコミを入れる。
「でも事実じゃね?」
翔が筐体の中を覗き込みながら言う。
「さっきから見てるけど、柊、成功率おかしい」
「……普通にやってるだけだぞ」
柊は淡々としているが、すでに手元には二つの景品がある。
キーホルダーと小さなフィギュア。どちらも一発取りだ。
「いや“普通”の基準が狂ってんだよ」
響が頭を掻く。
「俺なんか、五百円溶かしてアームに触れもしねぇぞ」
「それは狙いが悪い」
「どこがだよ!?」
柊は無言で一つの筐体を指差した。
中には、箱型の景品。
四角くて重そうで、明らかに“持ち上げる”タイプではない。
「これ、押し出し系だな」
翔が言う。
「角を落とす感じか?」
「そう。アームは弱いけど、位置はいい」
柊はコインを入れ、迷いなく操作を始める。
アームは景品の箱の角を、ほんのわずかに押す。
ゴトッ。
「……動いた」
「え、今の一回で?」
「もう一回でいける」
二回目。
箱が前にずれ、落下口の縁に引っかかる。
「来てる来てる!」
響が思わず声を張り上げる。
三回目。
アームが箱の角を押し、重心が崩れ――。
ガコン。
「はい」
柊が淡々と景品を取り出す。
「……マジで意味分かんねぇ」
「才能だろ、それ」
翔は苦笑しながら言った。
「才能じゃない。転載なんだよ」
「同じだよ!」
◆
「よし、次行くぞ」
翔が周囲を見渡す。
「荷物増えてきたから、響は袋持ちな」
「なんでだよ!」
「一番体力あるから」
「理不尽!」
文句を言いながらも、響は袋を受け取る。
「で、次どれだ?」
翔が指差したのは、少し離れた場所にある大きめのぬいぐるみ筐体。
「これ、女チームが狙いそうなやつだろ」
「先に取っとく?」
「それありだな」
柊が頷く。
「ただし、これは持ち上げ狙いだ。アーム弱い」
「じゃあ無理じゃん」
「いや、揺らす」
柊は筐体を見つめ、数秒考えてからコインを入れる。
一回目。
アームでぬいぐるみの胴体を軽く掴み、すぐ離す。
「え、今の意味あった?」
「ある」
二回目、少しだけ位置をずらす。
三回目、ぬいぐるみが傾く。
「……来てね?」
「あと二回」
四回目、傾きが大きくなる。
「マジで計算してやってるのかよ……」
響が呆然と呟く。
五回目。
ぬいぐるみが、ゆっくりと前に倒れ、落下口へ。
「落ちろ……!」
ガコン。
「っしゃあ!」
翔が思わずガッツポーズをした。
「よし、これは戦果としてでかい!」
「女チームに見せびらかせるな」
「それはする」
「するな」
◆
その後も、男チームは効率重視で筐体を回った。
柊が取り、翔が判断し、響が盛り上げて袋を抱える。
「なあ」
響がふと聞く。
「俺、役に立ってる?」
「盛り上げ役としてな」
「雑!」
でも、三人とも笑っていた。
袋の中身は、確実に増えていく。
「……これ、勝てるんじゃね?」
翔が言う。
「油断するな」
柊が即答する。
「女チーム、数で来る」
「うわ、嫌な予言すんな」
でも、その通りになることを、この時の男チームはまだ知らなかった。
◆
女チームは、男チームとは少し離れたクレーンゲームエリアに陣取っていた。
「よーし!まずは作戦会議な!」
結衣が拳を握って言う。
「気合いと根性で取る!」
「それ作戦じゃないよね」
夏樹が即座に突っ込む。
「まず、何が“取れやすいか”を見ないと」
「そんなのやってみなきゃ分かんなくない?」
「分かるよ」
夏樹は筐体を一つずつ見て回りながら言った。
「お菓子系。箱が軽くて、落とし口が広い。あと、アームが強め」
「……」
菜々は、黙って一つの筐体の前に立っていた。
中には、個包装のお菓子がぎっしり詰まっている。
「菜々?」
結衣が声をかける。
「ここ、いけます」
断言だった。
「アームの可動域が狭いですけど、逆に狙いが定まります」
「お、珍しく強気」
「勝負事ですからね、一応」
そう言って、菜々はコインを入れる。
一回目、慎重に位置を合わせる。 アームが下がり、お菓子の袋の端を掴む。
「落ちた!」
「……はい」
二回目も同じように。
「また取れた!」
「ちょ、菜々やばくない?」
「数を稼ぐなら、これが一番効率いいです」
夏樹が感心したように頷く。
「なるほど。数勝負なら最適解だね」
◆
一方、結衣は別の筐体の前で腕を組んでいた。
「私はこれ!」
中には、少し大きめのキャラクターグッズ。
「結衣、それ難易度高くない?」
「だから燃えるんだろ!」
勢いよくコイン投入。
一回目、アームがスカる。
「は!?今の掴んだじゃん!」
二回目、ズレる。
「ちょっと待って、この機械性格悪すぎ!」
「落ち着いて」
夏樹が後ろから言う。
「それ、持ち上げるんじゃなくて、奥から手前にずらすタイプ」
「え、そうなの?」
「うん。ほら、影の位置見て」
「……マジだ」
三回目、言われた通りに操作。
景品が、ほんの少しだけ動く。
「お?」
四回目。
さらに前へ。
「来てる来てる!」
五回目。
ガコン。
「取れたーーー!!」
結衣が両手を上げる。
「見たか!私だってやれるんだよ!」
「はいはい、すごいすごい」
夏樹は笑いながら拍手する。
「ちゃんと分析聞いたからね」
「うっさい!結果が全てだろ!」
◆
しばらくして、女チームの袋は、すでにかなり膨らんでいた。
お菓子、キーホルダー、小物類。
「……これ、数で勝てるね」
夏樹が言う。
「男チーム、たぶん大物狙ってる」
「バカだな〜」
結衣がニヤッと笑う。
「勝負は“個数”って言ったのに」
菜々は袋の中を見て、静かに言った。
「……翔さん、びっくりしますね」
「するする」
夏樹は一瞬だけ、遠くで筐体を囲む男チームの方を見る。
柊が真剣な顔で操作していて、響が騒いで、翔が苦笑している。
「……楽しそう」
ぽつりと、誰にも聞こえない声。
結衣は気づかず、声を張り上げた。
「よーし!最後にもう一個いくぞ!」
「もう十分じゃない?」
「ダメ!勝ちは確実にしないと!」
◆
集合時間。
女チームは、袋を二つ抱えて戻ってきた。 一見すると男チームより少ない。
だが、中身はぎっしりだ。
「……勝ったな」
夏樹が静かに言う。
菜々は、袋の持ち手をぎゅっと握った。
「はい。数は、こっちです」
その言葉が、後の“結果発表”で炸裂することになる。
◆
結果発表。
集合場所に戻ると、自然と全員の視線が集まった。
「……で?」
響が、両腕に抱えたパンパンの袋を揺らしながら言う。
「そろそろ結果発表といこうぜ」
男チームは三人。 響は両手いっぱい、柊も一袋、翔は小さめの袋を一つ。
対して女チーム。 袋は二つ。
見た目だけなら、明らかに男チームの圧勝だった。
「はいはい、解散解散」
響が笑う。
「見たか?量が違うだろ量が」
「ちょっと待て」
結衣が即座に噛みつく。
「勝負内容、覚えてるか?」
「覚えてるに決まってんだろ!」
「じゃあ言ってみろ」
「……」
一拍。
「一時間でどれだけ“取れるか”だろ?」
「そう」
結衣はニヤッと笑った。
「“何袋分”じゃなくて、“何個”な?」
「……は?」
翔が嫌な予感に眉をひそめる。
「ちょ、待て待て待て」
響が袋を見下ろす。
「個数って……まさか」
「はい、数えまーす!」
結衣が勢いよく女チームの袋を開ける。
中から出てくるのは、小袋のお菓子、キーホルダー、細かい景品の山。
「一個、二個、三個……」
「ちょ、早い早い!」
「黙れ!」
結衣は止まらない。
「二十……三十……」
翔の目が見開かれる。
「そんな入ってたのかよ……」
「お菓子は正義です」
菜々が淡々と言う。
「個数を稼ぐなら、効率がいいので」
夏樹が頷く。
「最初からその前提で動いてたよ」
「……お前ら最初から騙す気だったろ」
響が呻く。
「“戦略”だよ」
結衣が即答する。
「頭使えって言っただろ?」
◆
次は男チーム。
「よし、いくぞ!」
響が自信満々に袋を開ける。
クマのぬいぐるみ。 フィギュア。 そこそこ大きい景品が並ぶ。
「一個、二個……」
柊が数える。
「……八」
「は?」
「全部で八個」
「嘘だろ!?」
「大物ばっか狙ったからな」
柊は冷静だった。
「一個あたりの消費時間が長い」
「いやいやいや!」
響が叫ぶ。
「袋三つだぞ!?絶対もっとあるだろ!」
「袋の“体積”は関係ないです」
菜々が静かに刺す。
「勝負は、個数なので」
「くっ……!」
響が頭を抱える。
「不正だろこんなの!」
「どこが?」
結衣が肩をすくめる。
「ルール通り。むしろそっちが脳筋」
「誰が脳筋だ!」
「お前だよ!」
◆
結果。
女チーム、三十七個。 男チーム、八個。
圧倒的。
「……完敗だな」
翔が苦笑する。
「翔まで裏切るのか!」
「いや、これは無理だろ……」
夏樹が小さく笑った。
「でも楽しかったでしょ?」
その一言に、響はぐっと詰まる。
「……まあな」
「じゃあ、それでいいじゃん」
結衣が満足そうに言う。
「勝ちも負けも、夏休みだし」
菜々は、袋を抱えながら、翔をちらっと見る。
「翔さん、どれ欲しいですか?」
「え?」
「好きなの、どうぞ」
その一言で、翔の胸が少しだけ温かくなった。
勝敗は決まった。 でも、誰も本気で悔しがっていない。
騒がしくて、くだらなくて、 それでも確かに――楽しい時間だった。
「よし!」
結衣が手を叩く。
「次!フードコート行くぞ!」
その声に、全員が一斉に動き出した。
夏休み最高の一日は、まだ始まったばかりだ。
◆
フードコートに入った瞬間、空気が変わった。
昼時。 家族連れ、学生、カップル。 騒がしさと油の匂いが混ざった、いかにも“夏休みの昼”という空間。
「よし、手分けすっぞ!」
結衣が即座に仕切る。
「響、あんたはハンバーガー担当な」
「なんで俺が」
「並ぶの苦じゃなさそうだから」
「理由雑すぎだろ!」
そう言いながらも、響は素直に列に並ぶ。 結衣はその隣に立ち、メニューを見上げた。
「期間限定バーガーか……」
「あ、そういうのに弱い女ね」
「迷うだろ普通!」
列は長い。 でも、退屈はしない。
「てかさ」
響が前を見たまま言う。
「今日さ、楽しくね?」
「は?」
結衣が即座に睨む。
「今さら何言ってんの」
「いや、なんつーか」
響は頭をかく。
「翔も元気そうだしさ。クレーンゲームもバカみたいに盛り上がったし」
結衣は一瞬だけ、視線を逸らした。
「……当たり前でしょ」
「ふーん?」
「なに」
「いや、結衣が普通に笑ってるの珍しいなって」
「……うっさい」
メニューが決まる。
「私はチーズ増し」
「俺は一番デカいやつ」
「絶対溢すなよ」
「誰に言ってんだ!」
注文を終えて、トレーを受け取る。
ポテトの匂い。 炭酸の冷たさ。
「こういうの、久々だな」
響が言う。
「勉強とか仕事ばっかだったし」
「私は部活も好きだけど」
結衣はトレーを持ちながら言った。
「こういう“何も考えない時間”も、悪くない」
その言葉は、少しだけ本音だった。
◆
一方その頃。
デザートコーナーの前で、夏樹と菜々は並んでいた。
「種類、多いですね」
菜々がショーケースを覗き込む。
「ね。全部甘そう」
夏樹は楽しそうに言った。
「翔くん、甘いの好きだっけ?」
「普通、だと思います」
「じゃあ、飲み物は甘さ控えめにしよ」
何気ない会話。 でも、二人とも自然に“翔基準”で選んでいることに気づいている。
それを口には出さない。
「私はタピオカでいいかな」
「私も、それにします」
注文を待つ間、少し沈黙。
人の流れを眺めながら、夏樹が言う。
「ねえ、菜々ちゃん」
「はい」
「今日さ……」
一拍。
「楽しい?」
菜々は迷わなかった。
「はい」
即答。
「とても」
夏樹は少しだけ驚いて、それから笑った。
「そっか」
「はい」
菜々は、指先をカップに添えながら続ける。
「私は……こういう時間を、大事にしたいです」
「うん」
「奪い合うんじゃなくて、一緒に過ごす時間を」
夏樹は、菜々の横顔を見る。
(この子、強いな)
そう思った。
静かで、控えめで。 でも、折れない。
「……負けないね」
夏樹が小さく言う。
「はい」
菜々も、同じ声量で返した。
二人は、同じ方向を見ている。 けれど、立っている場所は違う。
それでも、今はそれでいい。
カップを受け取り、トレーに並べる。
「行こっか」
「はい」
二人は、並んで歩き出した。
◆
ラーメン屋の列は、意外と落ち着いていた。
「やっぱ昼はラーメンだよな」
翔が言う。
「重くね?」
柊が即座に返す。
「フードコートでラーメンは賭けだぞ、響達どーせハンバーガーとか買ってくるぞ」
「でもうまそうじゃん」
「まあ……否定はしない」
メニューを見ながら、柊が言う。
「翔」
「ん?」
「今日、楽しそうだな」
唐突だった。
「……そうか?」
「自覚ないタイプか」
柊は鼻で笑う。
「前まで、もう少し硬かった」
「……」
翔は返さない。
柊はそれ以上踏み込まない。
「別に理由は聞かねぇけど」
「助かる」
「ただな」
柊は前を見たまま言う。
「こういう日…ずっとは続かねぇぞ」
「……分かってる」
でも、今は。
「今は、楽しんどけ」
「……ありがとな」
注文を終え、ラーメンを受け取る。
湯気が立ち上る。
「うわ、熱っ」
「当たり前だろ」
二人は並んで席に向かった。
◆
フードコート中央。
全員が集まる。
トレーが並び、テーブルが一気に賑やかになる。
「おっ、バーガーでか!」
「そっちはラーメンかよ!」
「デザートもありますよ」
「最高か」
笑い声。 箸とフォークの音。
誰も急がない。 誰も置いていかない。
食べ終わった頃、結衣が言った。
「次どうする?」
響が即答。
「映画だろ!」
「賛成」
夏樹が頷く。
「じゃ、映画館行こ」
翔は、みんなの顔を見渡して思った。
(……最高の夏休みだな)
そして一行は、次の場所へ向かう。
――物語は、まだ続く。




