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期末テスト 結果発表

期末テストが終わったその翌日。


俺たちは一度「終わった」顔をした。 唐揚げ定食とハンバーグで、世界の理不尽を胃に流し込んで、 ドリンクバーで糖分という名の正義を摂取して、 「平和」とかいう幻を口にした。


――でも。


結果発表ってやつは、逃げられない。


朝の教室。 空気が、いつもより重い。 誰もが分かってる。


(今日で、いろいろ決まる)


机の上には、筆箱と消しゴムと、シャーペンの芯。 この並びだけで「戦場」が始まる感じがある。


柊はすでに死んでいて、 響はもっと死んでいて、 結衣は腕を組んで前だけ見て、 菜々は静かに教科書を閉じて、 夏樹は――笑ってるのに、目がギラついていた。


「……お前ら、顔やばくない?」


俺が小声で言うと、響が机に突っ伏したまま返す。


「俺、今日で人生の方向性決まる」


「テストで人生決まらねぇよ」


「決まるだろ!赤点は死刑だろ!」


柊がぼそっと追撃する。


「夏休み時刻の補習になるな…」


「おいおいおい」


結衣が低い声で言った。


「うるさい。集中切れる」


夏樹がすぐ乗る。


「はいはい、静粛に。今から“公開処刑”が始まるんだから」


「自分で言うなそれ!」


響がツッコむ。 でも笑いは短い。すぐに消える。

菜々が小さく息を吐いた。


「……結果は結果ですから」


淡々。 いつも通り。 それが逆に怖い。


(こいつ、絶対強い)


そう思ってしまう。 いや、実際強い。


そこへ担任が入ってきて、教室の空気が一段固まった。


「はい、席つけー」


黒板をコツコツ叩く。


「期末テスト、採点終わった。返していくぞ」


一斉に「うわぁ……」が漏れた。


担任はニヤッと笑う。


「発表順は国、数、英、理、社。五教科だ。副教科はまた後日な。あと――」


ここで、俺は嫌な予感を感じた。

担任が言う。


「今回は、学年で点数勝負してるやつがいるらしいな?」


全員の視線が、俺に刺さる。


「……誰だそんなバカ」


俺がぼそっと言うと、結衣が即答した。


「私らだよ」


夏樹が肩をすくめる。


「先生、協力してくれるの?粋じゃん」


「協力はしない。だが――」


担任がニヤニヤする。


「中間の時同様、面白そうだから、5教科合計上位3名は名前を読み上げてやろぉ!」


「やめろォ!!」


響の悲鳴。

柊が小声で呟く。


「大丈夫だ響、お前の名前が上がるわけがないんだから」


担任が咳払い。


「まず国語。返すぞー」



国語の答案が配られていく。 紙が擦れる音だけが、教室を満たす。


俺は受け取って、ゆっくり裏返した。


(……よし)


思ったより悪くない。 危険域は回避。ちゃんと点が取れてる。


横を見ると、菜々は表情一つ変えずに答案を閉じていた。 一瞬だけ点数が見えたが――高い。さすが。


結衣も悪くない点。 夏樹も、にやっとしてる。結構取ってる。


響は――


「……俺、生きてる?」


「生きてる」


柊が淡々と返す。


「生きてるけど、息してない」


「息しろ」


俺が言うと、響が机に突っ伏した。


「国語でこんなに疲れるの、人生のバグだろ」


担任が黒板を叩く。


「次、数学」


教室が一斉にうっ、と顔をしかめた。



数学。


返されるまでの数秒が、長い。 俺は受け取って、ゆっくり点数を見る。


(……っ)


悪くない。悪くないけど、満足じゃない。 ギリギリのミスがある。悔しい。


隣の結衣は、舌打ちしてる。


「……くそ」


「お前でもミスるんだな」


俺が言うと、結衣が睨む。


「うるさい」


夏樹は答案を見て、少しだけ息を吐いた。


「……よし」


それだけ。 でも、声に出ない“確信”があった。

菜々は――静かだった。 点数を見たあと、ほんの一瞬だけ視線が落ちる。 でもすぐ戻る。


(……あれ?)


菜々が落ち込むとか、そういうのじゃない。 ただ、“完全じゃない”気配がした。


担任が次を言う。


「英語」


ここで俺の胃がきゅっと締まった。


(俺の地獄教科)



英語。


答案を受け取る手が、少しだけ震えた。 裏返す。


(……は?)


思ったより高い。

いや、正確には―― 「取れるはずの点」をちゃんと取れてる。


(……菜々)


脳内で、あの図書館の声が再生される。


『関係代名詞は出ます。例文で確認します』

『迷うなら主語見てください』

『罠は語順です』


うるさいくらいに聞こえる。 でもそのおかげで、俺はペンを止めなかった。


(すげぇな……)


思わず、横を見そうになって、やめる。


今ここで「ありがとう」なんか言ったら、 何かが崩れそうな気がした。


結衣は点数を見て、眉をひそめる。


「……ミスった」


「お前が?」


響が驚く。


「おい響、今の言い方ムカつく」


「いやだって結衣、英語強いじゃん!」


夏樹は、答案を見て笑った。


「……私、今回英語強い」


言い方は軽い。 でも、目が本気だ。

菜々は静かに答案を閉じた。


……高い。もちろん高い。


ただ――


(なんか、差が……)


縮んでる気がする。


担任が言う。


「理科、化学だな」


ここで教室が少しざわついた。


理科。


俺はそこそこ。 響は「俺の理科が息してない」と言って死に、 結衣は普通、 夏樹は――安定して高い。


菜々は点数を見て、一拍だけ止まった。


(……やっぱり)


一瞬だけ、菜々の指が答案の端を強く押した。

その動きが、妙にリアルだった。


(完璧主義、か)


負けてない。 でも、満足してない。

担任が最後を言う。


「社会、今回は世界史か」


教室が一気に静まった。


(ここで決まる)



社会。


答案が返される。 俺は受け取って点数を見る。


(……うん)


可もなく不可もなく。 勝負を決める点ではない。

結衣は、悔しそうに眉を寄せた。

夏樹は―― 答案を見た瞬間、笑った。

声は出さない。 でも、口元がほんの少し上がった。

菜々は点数を見て、静かに閉じた。 表情は変わらない。


担任が黒板を叩く。


「よし。五教科合計、上位発表するぞ」


「やめろって!!」


響が叫ぶ。


「だからお前は名前上がんないって」


教室が騒つく。

担任は楽しそうに言う。


「まず――三位から」


教室が一瞬静寂に包まれる。


「三位、暁 柊!」


「「「「は???」」」」


全生徒から疑問の声が上がる。柊本人はドヤ顔で腕を組んでいる。


「柊お前裏切ったなぁ!」


静寂を裂くような声を上げたのは響だった。


「最悪だ…柊にすら負けた説あるのかよ私…」


絶望する結衣。


「柊さん今回珍しく真面目でしたもんね」


「おーっと珍しくは余計だぜ菜々」


「柊…お前、裏金か?」


「シバくぞ翔」


まさかの三位の時点での大どんでん返しに、教室は異様な空気に包まれた。


そんな中、第二位の発表が行われる。


「五教科総合点数学年二位は――黒瀬 菜々!」


空気が一瞬止まった。


(菜々が二位……?)


菜々は、表情を変えない。 ただ、目だけが少しだけ鋭くなる。


結衣が唾を飲む。

夏樹が、息を吸う。


担任が、最後を言う。


「朝日ヶ丘高校一年、期末テスト五教科総合点数一位は――高橋 夏樹」


一瞬、世界が静かになった。


次の瞬間。


「え……?」


結衣の声が、かすれる。


「……マジ?」


響が目を見開く。

柊がぼそっと言う。


「勝ったじゃん……夏樹」


夏樹は、最初言葉が出なかった。

それから、ゆっくり笑った。


「……やった」


小さい声。 でも、確かに勝者の声。

そして次の瞬間、夏樹は俺を見る。


視線が刺さる。


結衣が歯を食いしばって言う。


「……次は負けねぇ。ってか私、柊に負けたのかよぉ…」


菜々が一拍置いて、静かに言った。


「……おめでとうございます、夏樹さん」


その一言が、妙に重かった。

夏樹は少しだけ驚いた顔をして、 それから小さく頷いた。


「……ありがと」


(こいつら、強いな)


点数で殴り合ってるのに、 ちゃんと“友達”の線は残してる。


……でも。


その“線”の中心にいるのは、俺だ。



放課後。


教室は「解放」の空気に包まれていた。 赤点回避組は泣き、 勝者は笑い、 敗者は悔しがる。


響が俺の肩をバンバン叩く。


「翔!俺、生き残った!今日から第二の人生始める!」


「お前、毎回それ言ってるな」


柊が遠い目で言う。


「人生は常にしんどい……でも、今日は世界が輝いて見えるなぁ!」


結衣は俺の横を通り過ぎながら、ぼそっと言った。


「……夏樹、油断すんなよ」


「油断しないよ。勝ったからって、終わりじゃないし」


夏樹が軽く返す。 軽いのに、芯がある。

菜々は鞄を持って立ち上がり、 俺の方を見た。


「……翔さん」


「ん?」


菜々はいつも通りの声で言う。


「お疲れ様でした。頑張ってましたね」


それだけ。 それだけなのに、胸がきゅっとなる。


(この子、負けたんだぞ)


なのに、俺を責めない。 感情をぶつけない。

それが優しさなのか、 それとも―― まだ何かを胸の奥に沈めているのか。


分からない。


そして、夏樹が一歩近づいた。


「ね、翔くん」


声は明るい。 でも、逃がさない目。


「約束、覚えてるよね」


俺は息を吸って、頷いた。


「……覚えてる」


夏樹が、にっこり笑う。


「じゃあ――デート、楽しみにしてるね」


純粋無垢なその笑顔に思わず心臓の鼓動が一段階あがる。


結衣は「ちっ」と小さく舌打ちし、 菜々が一瞬だけ視線を落として、 響が面白がった声を出す。


「結婚っすか!?」


「黙れ」


柊が即座に押さえる。


俺は思った。

期末テストは終わった。 勝負も、決まった。


なのに――


(本当の勝負は、ここからじゃねぇか)


点数で勝ったのは夏樹。 でも、心の勝負はまだ終わってない。

そして俺は、逃げ場のない中心にいる。


「……とりあえず」


俺は笑って誤魔化すしかなかった。


「夏休み、予定……考えとくわ」


夏樹が満足そうに頷く。


「うん。ちゃんとね」


結衣の視線が刺さる。 菜々の気配が近い。 そして、どこかにいる陽菜の影もちらつく。


夏休みが始まる。


――その前に。


俺の胃が、また嫌な予感で締まった。

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