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近寄る期末テスト

陽菜の告白から、数日。


世界がひっくり返ったわけでも、 空の色が変わったわけでもない。


朝は来るし、授業は始まるし、腹も減る。


ただ――


俺の中だけが、ずっと落ち着かなかった。

それなのに。

結衣も、夏樹も、菜々も。

何事もなかったみたいに、いつも通りだった。

それが一番、怖い。



朝。


教室に入るなり、響の声が飛んでくる。


「翔ー!優勝者ー!」


「うるせぇ。いつまで言うんだよ」


「え、だってまだ五日くらいしか経ってないし」


「五日も経ってんだよ」


柊が机に突っ伏したまま、死んだ声で言った。


「お前ら、元気すぎ。朝から声出すのしんどい」


「いや柊、お前最近ずっとしんどそうじゃん」


「人生が常にしんどい」


「重っ」


結衣が横から口を挟む。


「柊、今日の一発目それでいいの?」


「いいんだよ……どうせもーすぐ期末だろ?」


菜々が俺の隣の席に荷物を置いて、淡々と言った。


「柊さん、期末テストの範囲、見ました?」


「見た。見た瞬間、見なかったことにした」


「すんごいじゃん」


夏樹がくすっと笑って、俺の机の横にストンと腰をかける。


「ねえ翔、期末の勉強してる?」


「……してるような、してないような」


「してないね」


「決めつけるな」


「してる人の目じゃない」


俺が反論しようとしたところで、担任が入ってきて教室が落ち着く。


ホームルーム。


担任が、いつもの調子で黒板を叩いた。


「はいはい、朝の連絡なー」


嫌な予感しかしない。


「来週から期末テストです」


一斉に「うわぁ……」が漏れる。


「あと、テスト期間に入るので部活停止な」


さらに大きい「うわぁ……」。


響が机に突っ伏す。


「部活停止って……終わった」


「お前、部活じゃなくて人生が停止しそうだな」


柊のツッコミが冴えてるのが逆に怖い。


結衣は腕を組んで淡々と言った。


「テストはまあ、やるしかない」


「強い」


夏樹が頷く。


「ねー。結衣こういうとこだけ真面目」


「“だけ”って何」


菜々はいつも通り、ノートを開いて小さく息を吐いた。


「……範囲広いですね」


その声だけが、妙にリアルだった。



昼休み。


いつもの六人で、空き教室に机をくっつけて昼飯を広げる。


購買パンの匂い、コンビニの弁当、カップスープの湯気。

なんでもない昼。


響が唐突に言い出した。


「なあ。期末ってさ、やる意味ある?」


「あります」


菜々が即答した。


「現実として、内申に関わります」


「現実の圧が強い……」


柊が箸を止めてぼそっと言う。


「俺、数学の範囲見て死んだ。葬式していい?」


「セルフ葬式すんな」


俺が言うと、夏樹が楽しそうに笑う。


「じゃあさ」


嫌な予感第二弾。


夏樹が、指を一本立てた。


「期末の合計点で勝負しよ」


結衣が目を細める。


「中間でやったやつか?」


「うん。第2回、合計点いちばん高かった人」


夏樹は、さらっと言った。


「夏休みデートの主導権ゲット」


空気が一瞬止まる。

俺は思わず、口を開けた。


「……ん?」


結衣が、普通に頷いた。


「リベンジマッチだな」


菜々も、あっさり。


「2連覇目指しましょうか」


響が手を挙げる。


「ちょっと待て待て待て!」


そして一気に畳みかける。


「それ男性陣にメリットなくねー!?」


菜々が、さらっと反論する。


「知りませんよ、翔さんにハンバーガーでも奢ってもらったらどうです?」


「おい待て」


俺が反射で言った。


「デジャブ……」


夏樹が笑う。


「何が?」


「いや……前に似た流れが……」


「気のせいじゃない?」


結衣が平然と言う。


「翔、こんだけの美人達がお前とのデートを奪い合うんだ。光栄だろ?」


「やかましいな」


菜々が俺の目を見ながら言った。


「翔さん、私次は動物園行ってみたいです」


「あ、すっごい流石第一回王者、もう勝った提で話進めてらっしゃる」


「当然です」


結衣が、さらっと刺す。


「男性陣が優勝したら女性陣が飯奢ってやるよ。逆も然りな!もしかして、逃げるの?」


響が机を叩いた。


「逃げねぇよ!」


柊がぼそっと続ける。


「俺たちの民主主義どこ行った」


夏樹が、にっこり笑って言った。


「民主主義って、数が多い方が勝つでしょ?」


「人数同じでは?」


「気持ちの数はこっちが多い」


「あ、もういいです…」


結衣がパンをちぎりながら、さらっと言った。


「じゃあ決まりね。やる」


「飛んだ巻き添いくらっちまった」


柊が遠い目をする。


響が俺の肩をバンバン叩きながら言った。


「翔!俺ら勝つぞ!金欠だから奢りはキツい!」


「世知辛いなお前」


菜々が小さく笑った。


「頑張ってください」


その笑顔がいつも通りなのが、逆に胸に刺さる。

結衣も、夏樹も、同じだ。

いつも通りの何も変わらない平和な日常。



放課後。


帰りの準備をしていると、教室は「期末だるい」の空気で満たされていた。


響が机に突っ伏したまま叫ぶ。


「帰って寝たい!!」


「はい、奢り確定ですね。ありがとうございます」


菜々が淡々と言う。


「マジでキツイなぁ…」


柊がうめく。


結衣は教科書を鞄に突っ込みながら言った。


「とりあえず、今日から範囲潰す」


「真面目」


夏樹が頷きながら、俺の顔を覗き込む。


「翔は?」


「……やる」


「うさんくさ」


「やるって!」


笑いが起きる。


――本当に、いつも通りだ。


その時。


教室のドアが開いた。

空気が、ほんの一瞬だけ固まる。

入ってきたのは――陽菜だった。


副部長。


いつも冷静で、距離感が正確で、無駄のない人。

その人が、まっすぐこちらに歩いてくる。


俺は反射で背筋が伸びた。


「翔 」


「はい」


敬語が口から出る。

陽菜は、俺の前で立ち止まった。


「期末、始まるね」


「はい」


「ちゃんと寝て、ちゃんと食べて」


「……はい」


周りの視線が痛い。

陽菜は気にしない。

いつも通り淡々と、でも――

そのまま、とんでもないことを言う。


「頑張れ」


一拍。


「夏休み、二人でどこ行くか」


一切ためらわず。


「また予定、立てよ」


言い切って、踵を返す。

そしてそのまま去っていった。


教室のドアが閉まる音が、 やけに大きく響いた。



沈黙。


誰も、声が出ない。

……出ないはずだった。


「は?」


最初に動いたのは結衣だった。

顔が引きつりすぎて、逆に笑いそうになる。


「今の、聞いた?」


夏樹が、ゆっくり息を吸った。


「……聞いた」


菜々は、無言で手を握りしめている。


響が、空気を読めずに言った。


「え、なに?副部長ってああいう人なん?」


柊も同じ顔で頷く。


「悪意が無いのがあの人のズルいところだな」


結衣が地面にカバンを叩きつけて叫ぶ。


「なんであの人、そんなストレートに言えるんだよ!」


夏樹が、笑ってない笑顔で続ける。


「ズルくない!?

私たち、どんだけ回り道してると思ってんの!!」


「回り道って言うな!」


結衣がツッコむけど、ツッコミが弱い。

菜々が、小さく呟いた。


「……羨ましいです」


その一言で、空気が変わる。

夏樹が、菜々を見る。

結衣も、菜々を見る。


そして――


三人の視線が、同時に俺に刺さった。


「……翔」


「……翔くん」


「……翔さん」


響が面白がって口を挟む。


「久しぶりの三人同時詠唱だ」


「黙っとけお前は」


柊が即座に口を塞ぐ。


俺は、言葉が出なかった。

いつも通りの一日。

いつも通りの昼休み。

いつも通りの帰り支度。

なのに最後に落ちた爆弾が、全部を変えていく。


期末テストは、もう逃げない。

夏休みも、もう逃げない。


そして――


俺の周りの「いつも通り」が、いつまで保つかも分からない。

変わらないふりをしてるだけで、 ちゃんと、動き始めてる。


とりあえず今は――勉強しますかぁ!!!

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