開幕!チャイナとメイドのドタバタ文化祭!
文化祭当日の朝。
校門前には既に色とりどりの装飾と人の声が混ざり合い、普段の学校とは別世界が広がっていた。
模擬店の屋台、ステージのスピーカー演習、廊下に吊るされた紙飾り。
どこを見ても賑やかで、空気が甘くて、まるでテーマパークみたいだ。
そんな中、俺たち一年二組の教室は――
すでに戦場だった。
◆
「菜々!カトラリーの配置どこまで終わった!?」
結衣の声が教室に響く。
「テーブルクロスあと一枚!翔さん!看板前で呼び込み準備お願いします!」
それに応える用に菜々も声を荒らげる。
「夏樹ー!入口の黒板ポップとメニュー表、もう出していい?」
「ちょい待って!リボンの色バランスがまだ甘い!はいそこ赤じゃなくてネイビーね!」
夏樹は脚立の上で器用に紙飾りを留めながら、
片手ではマステ、もう片方ではペンキの乾き具合をチェックしていた。
「看板のフォント、こっちの方が写真映えするから。翔くんはあとでここでピースして」
「おっけい分かった。にしても指示が具体的だな」
「映えは正義なの。うちの喫茶、見た目から勝ちに行くんだから」
みんな全力だ。裏方も表も関係ないみんなで作り上げるんだうちのクラスの出し物は。
開店十五分前。
教室の前には既に列。想定以上に並んでる。
まだ開店してないのに、廊下の先まで人の波。
「おい翔、こっち」
柊が袋をドンと押し付ける。
「時間だ。着替えろ」
そう。今日の最重要タスク。
チャイナ接客・看板モデルは俺。
嫌でももう逃げられない。
カーテンで仕切られた更衣スペースで衣装を取り出す。
赤い絹の生地。深いスリット。
着るとヒヤッと肌に張りつく感触。
胸元は程よく締まり、腰はくびれる。鏡に映る自分は――
「……やっぱ、地味に似合ってんのが腹立つ」
普通に形になってる分、余計に恥ずかしい。
だが扇子を持ち、姿勢を正すと一気に雰囲気が変わった。
(やるか。今日だけだ。全力で)
カーテンを開け、一歩外へ。
「翔さんっ……っ」
菜々の目がまん丸になる。
結衣も息を飲んだ。
「……反則だろ、それ」
「か、完璧。看板どころじゃない、主役じゃん」
二人とも顔を真っ赤にして目を逸らす。
クラス全員が一瞬言葉を失って――
次の瞬間、爆発した。
「翔やっべ!なんでそんな色気あんの!?」
「てか女子より似合ってない?」
「当日限定モデル来たぞーーーーー!!」
歓声と悲鳴が混ざる中、響は笑いながら親指を立てた。
「翔、最強。今日、勝ったな」
「なにに勝つんだよ」
でも悪い気はしない。
むしろ――笑いが込み上げる。
俺は扇子を片手に、教室前へと立つ。
「――一年二組、喫茶《朝日》、開店です!」
チャイムと同時、列が一気に流れ込んできた。
◆
教室に入った瞬間、歓声とシャッター音。
「チャイナの人お願いします!写真撮っていいですか!?」
「一応言っておくけど男だぞ俺は!」
「翔さん指名で案内お願いできますか!?」
あ、これもう何いってもダメだわ。
開始三分で行列の九割が俺に視線を向けていた。
厨房の結衣が裏から見て、小声で呟く。
「……人気すぎでしょ」
少しだけ拗ねてる?
それとも悔しい?
わからないけど、視線が刺さる。
俺はトレイを持ち、扇子をカチンと閉じる。
「ご案内します。こちらへどうぞ」
低めの声で言った瞬間――女子が崩れた。
「キャァッッッ!?イケボ……!」
「色気バフかかってる!!」
SNSタグが飛び交うのが見える。
「#翔チャイナ #一年二組喫茶 #推し確定」
もう止められない。それに俺も何故か乗って来ていた。
◆
厨房では――結衣たちが地獄のように忙しい。
「焼き一枚追加!」
「ホットサンド三!甘味二!」
厨房にオーダー担当の人達の声が響き渡る。
「翔の指名多すぎ!回らない!!」
菜々は髪を結び直しながら息を整える。
「翔さん……ずるいですよ……!」
その声に俺は笑う。
「俺だけじゃ回らない。菜々のパンケーキ頼んでる人多いぞ」
「えっ」
「“黒瀬のスイーツが絶品”って噂出てる」
一瞬、菜々の目が潤んだ気がした。
でもすぐに笑顔が咲く。
「じゃあもっと作ります!」
結衣も横で腕まくり。
「翔の宣伝効果利用し倒すよ。厨房チーフの実力見せる」
鍋が鳴り、生地が焼ける音。
砂糖が溶けて甘い香りが店内へ流れる。
俺も客案内と接客でフロアを駆け回る。
何度も呼ばれる。
「翔さん写真一枚……!」
「翔さんに注文取りに来てほしい!」
「翔さんチャイナのまま近くにいてください!」
その度に苦笑しつつも、扇子を鳴らしながら応じた。
楽しい。
冗談じゃなく心の底からそう思えた。
◆
店内の温度が上がり始め、俺がフロア案内をしている最中ーー
会計カウンターから黄色い声が飛んだ。
「ねぇ見て!レジの人もチャイナじゃない?」
「青スリットの方イケメンすぎる…!」
「写真いいですか!?」
視線の先には柊。
青チャイナを着こなし、無表情でレジ打ちしている……なのに妙に絵になる。
長身、肩のライン、首元まで清潔感。
俺とは違う甘さじゃなく、落ち着いた色気。
(…こいつ普通にモデルみたいじゃん)
気づけば学生だけでなく他クラスの女子や上級生まで柊の前に並んでいた。
「支払いはこちらで。ありがとうございます」
淡々とした低い声。
そのクールさが逆に刺さったらしい。
「淡々としてるのが逆に良い!!」
「チャイナ×無表情=優勝!」
「翔くんが王子系なら柊くんは執事系だね…尊い…!」
なぜかいつの間にか柊の前にサイン待ちの列まで出来ていた。
サインを描けと言われ、困惑しながらも丁寧に「柊」と書いてるのがまた刺さる。
俺が声をかける。
「おい柊、人気出てんじゃねぇか」
「は?何で俺が?翔が看板なのに意味わかんねぇだろ」
「いや、そういうタイプのファン層もいるらしい」
「理解できねぇ」
不満げに見せながらも耳が微妙に赤い。
本人は気づいてないが、喜んでる。
そこへ男子グループが現れた。
「柊くん!ツーショットいい?男だけど!」
「兄貴って呼ばせてくれ!」
……そっちの人気も掴んでんのかよ。
「いや普通に断れよ…」
「なんか断れない空気だろ。おい男が肩組むな近ぇ!」
パシャパシャッ!!
柊、予想外の人気爆発。
翔チャイナ=華やかで視線独占
柊チャイナ=静かな色気で刺さる層に刺さる
二本柱が完成した瞬間だった。
菜々&結衣の視線が同時に刺さる。
「……このクラスチャイナ喫茶で良かったかもですね」
「あんな美形二人チャイナとか反則じゃん」
菜々と結衣がそんなことを言っていたが焼き場のバターが焦げる前に戻ってくれ、頼む。
◆
11時過ぎ。
外を見ると、廊下の曲がり角まで列が伸びていた。
店内は満席。
厨房は戦場。
柊は会計でパンク寸前。
響はドリンク運びで汗だく。
夏樹はというと、ホールと裏方を行ったり来たりしていた。
「エプロン一枚予備ちょうだい!ソース飛んだ!」
「はいはい、予備エプロン三番。リボン結び直すからちょっとこっち来てー」
菜々の腰のリボンをキュッと結び直しながら、夏樹はニヤっと笑う。
「菜々ちゃん、店長なんだから背筋シャキッとね。
今日一番写真撮られてるの、翔くんとあんたなんだから」
「そ、そんなことないですっ……!」
「あるの。だから“映え担当”として自覚持って?」
そう言いつつ、今度は入口のポップのズレを直し、
さらに厨房に顔を出して、材料残量のメモを書き込んでいく。
「バターあと半箱。生クリーム残り三。明日の分は後で買い足し決定ね」
夏樹が一周するたびに、教室の中の“乱れたところ”がひとつずつ整っていく。
完全に裏方の総監督だった。
「翔!追加で入口誘導たのむ!」
柊の声。
俺は扇子をくるりと回して返事し、廊下へ。
すると女子数名が廊下でざわつく声が聞こえた。
「……あのチャイナの人、何年?」
「一年って聞いたよ。噂の問題児クラス」
「さすが問題児はやることが違うね」
ぴたりと足が止まる。
心臓が一瞬だけ跳ねた。
(問題児クラス…?)
そこへ菜々が注文票を抱えて走り寄り、
「翔さん!戻ってきて下さ――」
俺と目が合い、ぴたりと止まる。
表情が一瞬陰る。
でもすぐ笑顔で隠す。
「ううん、なんでもないです。厨房戻りますね」
背中が小さく震えたように見えた。
同じように、結衣の視線も厨房の奥から俺を追っていた。
(……この文化祭が楽しいほど、俺たちのクラスは悪評立つのか?)
胸が締めつけられる。
けど――今は止まれない。
俺は扇子を開き、あえて笑顔で呼び込む。
「只今満席ですが、最高の料理をご用意してます!ぜひ!」
列がさらに増えた。
◆
クラス企画の追加で、午後は軽いステージタイムを組み込んだ。 「看板チャイナモデルが前を歩いて宣伝」という名目で、校内一周パレードへ。
結衣「本気でやるの?」
菜々「もちろんです」
柊「翔の逃げ道なくなったな」
響「俺は旗持つ!」
そして校舎を歩いた瞬間――
廊下が崩壊した。
「翔!!こっち向いて!!」
「写真いい!?ポーズして!!」
「スリッt—ひゃぁぁああああ!!!」
後ろの女子、前のカップル、他クラスの教師にまで写真撮られた。
菜々は頬を膨らませながらも笑顔で宣伝を続け、 結衣はやや嫉妬混じりに俺の袖を引いた。
「翔、行き過ぎ。モテすぎ。……迷子にすんな」
「迷子ってなんだよ」
「厨房戻ったら、ちゃんと私のところにも来い」
その声は小さくて、熱があった。
心臓が一瞬跳ねる。
午後以降のパレードでもー
「写真一枚!翔くんも柊くんも!!」
「青赤並ぶと画力高すぎ!」
「神々の並び…!!」
気づけば俺&柊、ほぼペアで引きずり出されていた。
「翔、歩幅合わせろ」
「お前が速いんだよ!」
罵り合いながらも、
並んで歩く度にスマホの列が起こり、
揉みくちゃになりながらステージ前へ。
柊はため息をつきながらも言った。
「……でもまぁ。悪くねぇな、こういうの」
小さく笑った横顔に、俺は思わず噴き出した。
「似合ってるからな。その服」
「お前の方が似合ってるだろ。ムカつくわ」
「それ俺の台詞だ」
二人して笑った。
バカみたいに。
でもそれでいい。
文化祭なんだから。
◆
16時。文化祭本日分クローズ。
ほぼ完売。
売上は前年度一年の記録を軽く越えた。
机に座り込みながら、俺たちは声を揃えて笑った。
「やり切ったーーー!!!」
「翔チャイナバフやばかったな」
「菜々のスイーツ、列止まらんかった!」
「結衣のホットサンド神だったろ!」
「装飾も大成功だね!」
夏樹が、入口のポスターをポンポンと叩きながら笑う。
「写真撮ってた子達、絶対SNS載せるよ。
《喫茶朝日》、今日だけで学校中に名前回ったでしょ」
「お前が色々いじってたあのポスターか」
「でしょ? だから言ったじゃん、“映えは正義”って」
得意げにウインクする夏樹に、クラス全員から自然と拍手が起きた。
息が切れる。
でも心地いい疲れだ。
この瞬間のために走ってきたんだ。
菜々がそっと俺の隣に座る。
「……翔さん」
「ん?」
少し躊躇してから、ゆっくり言葉を零した。
「今日、翔さんが笑っててよかった」
目をそらすように俯く菜々。
頬は淡い赤。
続いて結衣も椅子を引いて隣に座る。
「……明日も、隣で頑張っていい?」
「もちろん」
二人の間に少しだけ沈黙が落ちる。
けどその沈黙は、不思議と優しかった。
俺は深く息を吐き、天井を見上げる。
「――明日も最高の日にしよう」
そう言うと、菜々と結衣が同時にこちらを見て微笑んだ。
同じようで違う、熱のある笑顔で。
文化祭はまだ終わらない。
二日目は、もっと騒がしくて
もっと甘くて
もっと忘れられない――そんな予感がしていた。




