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厨房チーフの本気

今回少し長めの回となっております。

朝。いつものようにインターホンが鳴り、玄関を開けると――


「おはようございます翔さん!」


「おっはー翔!」


「おはよ、翔くん!」


朝早くから皆と会議があるからと急いで家を出た菜々を含め、安定のヤンデレ3人セット+笑顔フルスロットルで登場である。

まだ眠気でボケてる頭に、テンションMAXの3人のキラキラと眩しい笑顔が突き刺さる。すんごい嬉しいけどちょっとキツイもんがあるな。


「お、おはよう。なんか今日テンション高くない?」


そう言うと、3人は顔を見合わせてからニヤッと笑った。


「そりゃもちろん、文化祭準備本格始動の日ですから!」


菜々が胸を張ってそう宣言する。

制服の袖からメモ帳がチラっと覗いてる。絶対今日の段取りとか書いてあるやつだ。


「今日はメニュー案決めと仕込みの役割分担だよ?厨房チーフとしては気合い入るでしょ?」


結衣は自分の胸をポンっと叩いてから、俺をじろっと見る。

「翔、ちゃんと働けよ?厨房に顔出したら追い返すからな。あそこは私の城だ」


「いや俺の担当接客だからな?元々入る予定ないし」


「じゃあ、味見役としてだけ許可する」


「結局入るんだな」


やれやれと肩をすくめていると、最後に夏樹がニヤっと俺の襟をつまむ。


「翔はチャイナドレス担当だからね。ちゃんと体絞っときなよ?」


「だからなんで俺だけチャイナなんだよ!」


朝からツッコミフル稼働のまま、俺達は学校へ向かって歩き出した。



ホームルームが終わると同時に、担任が黒板の前に立った。


「よーし、朝日ヶ丘高校一年二組、文化祭準備を開始する! 出し物はメイド喫茶。みんなもう覚悟はいいな?」


「「「おーーーー!」」」


クラスのテンションは高い。

黒板にはすでに「厨房」「接客」「装飾」「会計・仕入れ」「宣伝」の文字が並び、それぞれ名前が書き込まれていた。


「じゃあ、細かいとこは担当ごとに決めてけ。厨房は――黒瀬と如月が中心な」


「はい!」


立ち上がった菜々と結衣は、同じタイミングで返事をした。

すかさず、クラスの何人かから「うわぁ…」「ガチなやつだ…」と小声が漏れる。

うん、俺もそう思う。


「厨房班のメンバーは、黒瀬と如月のところ集まれ〜」


数人の女子と、数少ない料理好き男子が菜々たちの席周辺に集まる。

結衣はノートを開き、さらさらとペンを走らせながら段取りの確認を始めた。


「えっと、アレルギーとか材料のコストとかも考えないとだし……

 うちのクラス、甘いの苦手な人が何人かいるから軽食もほしいな」


「流石結衣さん、視野が広いです!」


菜々が素で感心してる。

普段はバチバチなのに、こういうとこはちゃんと認め合うのな、こいつら。


「じゃあさ、スイーツ組と軽食組で分けようよ。

 パンケーキとかクッキーとか甘いのは菜々が得意でしょ? 私、パスタとかキッシュ作れるし」


「いいですね! じゃあ甘い担当、私が責任持ってやります!」


あれ? なんかちゃんと会議してる…?

いつもみたいに「翔さんに食べてもらう前提」で言い合いしたりしないの…?

そんな事を思いつつ見守っていたら――


「……と、いうわけで。翔さんが最初に食べるのは私のパンケーキです」


「早かったな本音出るの」


「じゃあ私は“二回目と三回目”狙いでいい。最後に残る味が私のってことで」


いやどこで張り合ってんだよ。

その瞬間、厨房班の女子たちは「はぁ〜〜」とため息をついていた。


「はいはい、そういうのはあとでやれ〜」


向こうから柊が手をひらひらさせて俺の方へ来る。


「翔、お前さ。今日の放課後、買い出しメンバーだからな」


「買い出し?」


「厨房の材料の見積もり。スーパーでどれくらいかかるか、一回見に行くんだとよ。

 で、菜々は仕切りとリスト作り。結衣はレシピ調整。

 お前は……」


柊がニヤッと笑う。


「結衣と一緒にスーパー巡りな」


「は?」


「荷物持ち&味のイメージ確認だとよ。厨房チーフ直々の指名」


そう言って、柊は結衣の方を親指でさす。

視線を向けると、結衣はわざとらしく目をそらした。


「べ、別に翔じゃなくても良かったけど!? …最初から知ってる人の方が頼みやすいだけで! 変な意味はないから!」


「誰も何も言ってねぇよ」


顔真っ赤にするなよ…。逆に意識するだろ。



放課後。


黒板に書かれた「文化祭準備」の文字の下、各担当ごとに移動が始まる。文化祭期間は部活は自主練となる為、しばらく部活はお休みだ。


装飾組は教室の後ろで折り紙と画用紙を広げ、

宣伝組は廊下でポスターのラフを描いてる。


そんな中、俺と結衣はスーパー用のリストを受け取り、昇降口へ向かっていた。


「響は?」


「なんか先生に呼ばれてた。運動部代表で何か手伝い頼まれてるっぽい」


俺の説得により買い出しメンバーに半ば強引にぶち込まれた響は、体育教師に捕まり、運動部の雑用に駆り出されていった。

そんなわけで、今日の買い出しはまさかの二人きりである。

柊の野郎…絶対なんか仕組みやがったな…。


「……なんか、久々だな。翔と二人で帰り道行くの」


並んで歩く歩幅が、少しだけゆっくりになる。


「毎日誰かしらいるからな。だいたいヤンデレセットか、柊と響付き」


「ヤンデレセットて言うな。それ私も入ってるんだが?」


「自覚はあるんだな」


「もちろん」


胸を張るな。

そんな他愛ないやり取りをしていると、駅前のスーパーが見えてきた。



自動ドアが開くと、冷房の風と一緒に、どこか油と惣菜の香りが鼻をくすぐる。


「うわぁ……なんか一気に“主婦感”する場所来ちゃったな」


「こういうところでテンション上がるようになったら、もう戻れないって感じするな」


俺がそう言うと、結衣はクスッと笑った。


「じゃあ、私もう戻れないかも。

 この棚の配置とか、特売シールとか見るの普通に楽しいもん」


「お前……」


なんか、嫁力高くない?

カゴを二つ取り、一つを結衣に渡す。


「じゃあ行くか。とりあえず粉とバターと卵と牛乳と……」


「バターは有塩と無塩どっちにする?」


「無塩じゃね? 焼き菓子用って書いてあるし」


「正解」


ちょっと嬉しそうに言う結衣。

なんだこの小テストみたいなやり取り。


「砂糖はグラニュー糖と上白糖、どっちメインにする?」


「パンケーキなら上白糖メインかな。グラニュー糖だけだと甘さが軽すぎるっていうか、ふわっとしないっていうか」


「お、詳しいじゃん」


「……まぁな」


口元だけニッと上げて、ちょっとだけ得意そうな横顔。

こういうところ、前の人生の結衣には見せてもらえなかった気がする。

もしくは、俺が気づいてなかっただけか。


「ね、翔」


砂糖コーナーを離れようとしたとき、不意に結衣が立ち止まった。


「文化祭さ。絶対成功させような」


「当然だろ。ここまで準備して失敗したら泣くわ」


「いや、そうじゃなくて」


結衣は少し俯き、カゴの取っ手をぎゅっと握りしめた。


「……普通じゃない私たちのクラスだけどさ。

 翔が、“楽しかった”って笑える文化祭にしたい」


いつもの勢いはない。

けど、言葉の中身はやたらと重い。


「なんだよそれ。俺、そんなに笑ってないように見えるか?」


「時々、ね」


そう言って結衣は前を向いた。


「だから、厨房チーフとして宣言しとく。

 私が作るの、全部――翔が笑って食べてくれるやつにするから」


その言葉に、胸の奥がきゅっと締め付けられる。

それと同時に始めてみる結衣の新たな一面に心臓の音が加速する。


「……じゃあ、こっちも宣言しとくわ」


買い物リストをひらひらと振ってみせる。


「当日、結衣が作ったやつ全部完売させる。

 看板係っていうか、接客係としてな」


「っ……!」


結衣の肩がビクッと震えた。


「な、何それ。そんなこと言われたらさ……

 ……頑張るしかないじゃんか」


耳まで真っ赤にしながら、けど口元は笑っている。

その笑顔を見て、俺も知らないうちに笑っていた。



買い物を終えて外に出ると、空は少しオレンジ色を帯び始めていた。


「このあと時間ある?」


袋を持ち替えながら結衣が聞いてくる。


「あるけど。なんか用事?」


「今日買った材料で、試作作りたい。

 厨房チーフとしては、ちゃんと一回練習しておきたいし」


「おー、いいじゃん。手伝おうか?」


「翔は……食べる係」


即答である。


「試食専門ってことね。悪くないな」


「でしょ? ……その、さ」


少し言いづらそうにしてから、結衣は続けた。


「ウチ、来る? 台所、少し使わせて欲しいってお母さんに言っとくから」


心臓の鼓動が一瞬だけ加速した。

結衣の家に行くのは、たぶんこれが人生二回目だ。

前の人生を含めても、ほぼ初めてのようなものだ。


「……邪魔じゃなきゃ、行く」


「邪魔なら誘ってないっつの」


少しだけ嬉しそうな、でも照れも混ざった笑い顔。

それだけで、さっきまでの疲れがどこかへ消えていく気がした。



如月家の玄関をくぐると、ふわっと甘い匂いと柔らかい空気が出迎えてくれた。


「お邪魔します」


「お邪魔します、じゃないだろ〜?もっと自然にしていいのに」


「いや、友達の家だぞここ」


「幼馴染の家でしょ」


結衣のお母さんも顔を出し、「いらっしゃい翔くん」と笑って迎えてくれた。

俺のことは小さい頃から知っているからか、妙に安心する。


「台所使っていいですか?」


「いいわよ〜。二人とも火傷だけはしないでね」


「気を付けます」


台所に立つ結衣は、制服の上にエプロンをつけていた。

淡いクリーム色の、そのエプロン姿が妙に似合ってる。


「何ニヤニヤしてんの」


「いや、似合ってるなって」


「っ……///」


分かりやすく固まるな。

耳まで真っ赤になった結衣は、慌ててボウルとホイッパーを取り出した。


「ほら、さっさと生地混ぜるよ! ボーっとしてると叩くよ!」


「暴力で軌道修正すな」


レシピを横に置き、小麦粉と卵と牛乳、砂糖を順番にボウルに入れていく。


結衣の手付きは慣れたもので、卵を片手で割る動作もスムーズだった。


「おー、かっけーな」


「女の子ポイント稼いでる?」


「まぁ、プラス二十点ってとこだな」


「満点いくまでやってやろうか」


ニヤッと笑いながら、今度は俺にホイッパーを渡してきた。


「混ぜるのは翔の番」


「え、俺?」


「さっき“試食専門”って言ったけど撤回。

 手伝ってくれた方が嬉しいから」


その一言に、変なところをぐっと掴まれる感じがした。

なんだよその言い方。


「……了解っす」


ボウルを抑える結衣の手と、ホイッパーを握る俺の手が近づく。

ふと、指先が触れて、結衣の肩がビクっと跳ねた。


「ご、ごめん」


「い、いや……全然。……ちょっと冷たかったからビックリしただけ」


うそつけ。

お互い顔をそらしたまま、生地を混ぜる音だけがキッチンに響いた。


やがて、フライパンにバターの香りが広がり、丸い生地が焼けていく。

こんがりとしたきつね色、ふんわりとした膨らみ。


「うまそ……」


「まだ味見しちゃダメ。全部焼いてから」


何枚か重ねて、ベリーソースと粉糖をトッピングする。

皿の上には、さっきスーパーで買った苺とブルーベリーが綺麗に並べられていった。


「よし。試食タイム」


小さなフォークを二本用意して、一つを俺に渡す結衣。


「いただきます」


一口サイズに切って口に運ぶと、ふんわりした生地とベリーの酸味、そしてほんのり甘いクリームが混ざり合った。


「……うまっ」


思わず素の感想が口から漏れた。


「お、いい反応」


「普通に店で出せるレベルだろ、これ。

 ってか俺の人生で食ったパンケーキの中でもかなり上位だわ」


「……そっか」


結衣はほんの少しだけ目を細めて、息を吐くように笑った。


「じゃあ、当日もこれ出そうかな」


「出すべきだろ。菜々に負けないくらいの看板メニューになるんじゃね?」


「……菜々」


その名前を出した瞬間、結衣の表情がほんの僅かに揺れた。


「どうした?」


「いや……なんでも」


フォークをくるくると回しながら、結衣は少し黙り込む。

そして、覚悟を決めたように口を開いた。


「翔」


「ん?」


「私さ。負けたくないんだよ」


「誰に?」


「誰にって……バカ。言わせんな」


きゅっと皿の端を掴んで、結衣は続けた。


「菜々にも。夏樹にも。

 あんたの周りの、全部の“特別”に」


言葉が、まっすぐ俺の胸に刺さった。


「翔にとって……私が、“幼馴染だから”って枠で終わるの、やだ」


そこまで言って、結衣は自分でハッとしたように口を押さえた。


「……あー! 今の無し! 忘れて! パンケーキうまいねって話!」


「いや無理だろそれは」


「忘れろって言ってんのに!」


フォークで俺の腕をつついてくる結衣。

だけど、その瞳はどこか不安そうだった。


「結衣」


俺は深く息を吸い、言葉を選ぶ。


「今すぐ答え出せるようなやつじゃないけどさ」


「……」


「少なくとも、“幼馴染だから”で雑に扱うつもりはない。

 だから、そんな顔すんな」


結衣の肩が、少しだけ震えた。


「……ずるいな。そういう言い方」


「そっちもだろ。急に爆弾投げてきて」


お互い変な顔になって、ふっと笑いが漏れる。

緊張が解けた空気の中で、皿の上のパンケーキはあっという間に消えていった。



帰り道。

空はすっかり暗くなり、街灯がぽつぽつと灯っていた。


「送ってくれてありがと」


家の角まで来たところで、結衣が立ち止まる。


「なんだよ急に他人行儀だな。いつもは勝手に入ってくるくせに」


「今日は……なんか、特別扱いされた気がするから」


「パンケーキ試食? あれ厨房チーフの仕事だろ」


「違うっての」


そう言って、結衣は前を向いたまま言う。


「ありがとね翔。

 今日のことがあるから、多分私、文化祭全力で頑張れる」


「おう。期待してる」


「当日、私の作ったやつ完売させてよ」


「任せとけ。看板チャイナとしてな」


「最後の一言いらない!」


笑いながら、結衣はひらひらと手を振って住宅街の街並みへと消えていった。



家に帰ると、リビングからいい匂いがした。

どうやら母さんと菜々が一緒に夕飯を作ってくれていたらしい。


「おかえり翔さん!」


「あら、遅かったじゃない」


二人に迎えられながら、俺は買い出しの袋をテーブルに置く。


「結衣ちゃんとこで試作してたんでしょ?」


母さんがニヤニヤしながら言う。

どこまで筒抜けなんだ情報網…。


「う、うん。パンケーキの試食してた」


「あらいいじゃない。文化祭楽しみね〜」


母さんはご機嫌で鼻歌交じりにキッチンへ戻っていった。

問題は――


「……どんなパンケーキだったんですか?」


菜々が笑顔で聞いてくることである。

笑顔なんだけど、目が全然笑ってない。


「ふ、ふわふわで、ベリーがのってて……」


「へぇ……それはそれは、美味しそうですねぇ……

 “翔さんが人生で食べたパンケーキの中でも上位”って感じでした?」


「聞いてたのかよ!」


どこまで情報漏れてんだよ結衣。


「ふふふ。厨房チーフも本気のようですね。

 なら、こちらも本気で行きますか……」


「な、菜々さん? なんか怖いんですけど?」


「いえいえ? ただ、翔さんの“笑顔の数”は、私も負けたくないなぁ〜って思っただけですよ?」


サラッと言うなそんなことを。

完全にさっきの結衣と同じこと言ってるぞこの子。

あー……

ほんと、俺の周りはどうしてこうも全力なんだろう。


「……ま、いっか」


文化祭まであと少し。

ドタバタと、甘くて、ちょっと怖くて。

それでも、今はこの賑やかな日常の中に浸かっていたかった。

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