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ドタバタから始まる文化祭

中間テストが終わり、一週間。


父親の件以来、俺はなんとなく視線や物音に敏感になっていた。

けど、学校に来るとやっぱり空気は明るい。

柊と響が、昨日のことなんて無かったみたいにいつもの調子で騒いでいるのが救いだ。


「翔〜昨日の宿題写させて〜」


「人に頼む前に鼻血止めろ。お前1週間も経ってるのになんでまだ血出てるんだよ」


「それはそれ、これはこれ!」


どんな元気だよ響。ほんとタフなやつだ。


そんな他愛のない会話をしていると担任が教室に入ってきた。


「よーし全員席につけー!今日は大事な発表がある」


クラスがざわつく。

黒板に書かれた文字は――


『文化祭 出し物決め』


よし来た、イベント回だ。


朝陽が丘高校 文化祭通称陽華祭(ようかさい)

毎年行われる三日間の大祭典。

初日は一般開放の模擬店と展示、二日目は校内自由巡回とステージ企画、それに加えて1日目の模擬店継続

最終日の後夜祭は花火が上がり表彰式等が行われる。

生徒による投票・来客数・SNS反響などを踏まえ

もっとも優れた企画には 《最優秀企画賞》 が授与される。

三日間だけの青春が、今、幕を開けようとしていた。


「まぁ意見を出せ!やりたいもん言え!挙手制!」


次々と案が飛ぶ。

「焼きそば屋台!」「ホラー迷路!」「演劇!」「ライブ!」「脱出ゲーム!」

なんだこの欲望のカオス。

けど議論が白熱しだした頃、ひときわ大きな声が響いた。


「――喫茶店!メイド服で!」


誰よりも素早く手を挙げているのは菜々。

背筋ピン、目はキラキラ。準備してましたよって顔。

「いいなそれ!」「女子のメイド見たい!」「絶対人気出る!」

男子が一瞬で賛同。チョロいなオイ。


次の瞬間、結衣が更に前のめりで手を挙げた。


「私、厨房とメニュー考える!翔には絶対接客やってもらおうぜ!」


「ちょっと待ってください!翔さんは給仕じゃなくて――私とペアで店長です!」


「なんでそっちが店長!?私の方が向いてるでしょ!」


火花バチバチ。

まだ決まってないのに翔の扱いで揉めるあたり、もう不穏でしかない。


「じゃあもう決めようぜ。多数決で喫茶店票一番多いし、ほぼ決まりだろ」


柊の一言で拍手が起きた。


今年の文化祭=喫茶店に決定。

そこからは仕事内容割り振りへ。


菜々 → 店長(自称)

結衣 → 厨房チーフ(やる気MAX)

翔 → 接客 & 看板モデル(勝手に決められた)

夏樹 → 装飾担当+衣装係(センス良いらしい)

響 → 力仕事

柊 → 仕入れ監督&会計


そして自然と役割が決まり、自認店長さんの指示の元準備期間が正式にスタートした。



放課後――教室に残ったメンバーで準備会議をすることに。


ホワイトボードに菜々が丁寧に書き出す。

腹立つほど字が綺麗だなこの自認店長さん。


「えっと、メニューは…クッキー・パンケーキ・紅茶・コーヒー……あと翔さん特製ドリンク!」


「いや俺だけハードル高くない!?なんで特製!?」


「翔さんが作るから価値があるんですっ」


「翔の汗が混じったりしてな。俺買うぞ」


「お前出禁な」


響は即刻ブラックリスト入り。


結衣はスマホでレシピを調べながら呟く。


「パンケーキは彩り重視…苺・ブルーベリー・粉糖。

 翔くんにはホイップのせてもらいましょう!

 手が触れたらラッキー!」


「最後のいらん!」


夏樹は衣装のデザインをノートに描いていて、


「菜々は黒メイド、結衣は白メイド、私は青リボン!翔くんはチャイナドレスね!」


「なんで俺だけチャイナ!?男メイドは?」


「却下ァ!翔はチャイナドレスが似合う!てか似合え!」


独裁政治が始まった。

いや決まるの早くて助かるけど。



ドタバタ会議終了後。


装飾担当のため夏樹と結衣と俺で色紙や布の買い出しに行くことになった。


最初は普通に雑談して笑っていたけど、帰り道の信号待ちでふいに空気が変わった。


「翔…」


結衣が横から俺の袖を掴む。

菜々みたいな遠慮の無い掴み方じゃない。

弱いのに、離す気がない握り方。


「文化祭、楽しみ。

 ……二人で準備できる時間、たくさんあるよね?」


横顔は伏せ気味。

耳だけ赤い。

いつも勝気な結衣にしては珍しく女の子のような言葉遣い。女の子なのには違いないのだが。

言葉は柔らかいのに、奥に熱がある。


「もちろんだ。厨房チーフ頼りにしてる」


俺が笑うと、結衣は一瞬目を大きく開き、

すぐ俯いて小さく笑った。


「……ずっとこうだったら良いのに」


声が小さすぎて、夏樹は気づいていなかった。

でも俺には届いた。

胸の奥が少し熱くなる。

菜々とは違う形の想いが、確かにそこにある。



夜。家に帰ると先に帰宅していた菜々が台所で夕飯を作っていた。文化祭のメニューの研究に早く取り掛かりたかったみたいだ。

振り返ると花が咲くみたいに笑う。


「翔さん、今日も一緒にお風呂入りますか?」


「いや入らないからな!?毎回聞くな!」


「確認ですので〜♪」


素で楽しそうで、こっちまで笑ってしまう。

テレビをつけ夜が進む頃、母さんも混ざりメニュー相談。

笑い声だけが響く部屋。

こういう日常がずっと続けばいいと思った。


けど――


玄関の外。

電柱の影。

足元に落ちている吸い殻一本。


銘柄は、昔親父が吸っていたやつと同じだった。

背筋に冷たいものが走る。

俺は拾い上げて見つめ――

ポケットにねじ込んだ。


菜々には何も言わない。

母さんにもまだ。

今は文化祭がある。

逃げずに、前を向いて過ごす。


「絶対に…壊させねぇよ」


呟きは夜の空気に消えていった。

そして、文化祭まで残り三週間。

笑って過ごせる日々と、静かに迫る影の両方が――

確実に近づいていた。


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