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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

僕は、戦争を望んでいるのかもしれない

作者: 神凪

離れたくないよ、ギン。たった一秒も離れたくない。ねぇギン、ギンはどう思ってる?

もし僕が死んだら。もしギンが死んだら。

僕は生きている時間が苦しいと思う。だってギンと離れてしまうから。

だから、僕は。絶対にしてはいけないけれど。本当は思うべきではないのだけれど。



ねぇギン。僕は、「戦争」を望んでいるのかもしれない



お風呂から上がった僕は、ほかほかする体を冷ますために、半袖シャツに半パンでスリッパを引っかけ外に出た。

山端から夕日が茜色を振りまいている。あともう少しで太陽は全部沈んでしまうだろう。

庭に出ると、芝生が一面を覆っていた。きちんと刈られていて高さは均一に低い。それでも一本一本が強くしっかり上に伸びているから、踏んだらフサフサなそれに持ち上げられるような感じがする。

柔らかな風が茹でタコのようだった僕をゆっくり冷ましてくれる。

常温になりつつある僕の体の中で、足だけが妙に冷たかった。下を向くと僕の素足が見える。その指の先っちょがてらてらしていた。

改めて芝を見れば、それらもてらてらとオレンジ色に光っていた。視線を上に向ければどの花も、どの葉も、どの木も一様にてらてらと赤みを帯びている。


意識して見渡せば、庭全体茜化現象を実行に移したギンが、ホースを持ったまま庭に面した大きな窓に腰掛けていた。

方胡座を掻いて空を眺めているギンの眼鏡も、淡く茜色に染まっている。

そぉっと近づこうとしても、芝生のざわざわとした音ですぐに気づかれてしまう。ギンの濃紺の瞳が僕に向けられた。

僕は今度は何も意識しないでギンの元へ行き、彼の隣りに無造作に腰掛けた。

少し横に寄って僕のスペースを作ってくれたギンは、僕だけに聞こえるほど小さな声で、クソ寒そうな格好しやがって・・・と呟いた。

だって暑かったんだもん。と、僕もギンしかに聞こえないほどの小さい声で返す。ギンは少しため息をついてホースを前方に投げた。そしておもむろに自分の羽織っていたカーディガンを脱ぐと、僕の背にかけてくれた。

ギンの体温が移ったソレはとても温かくて、自分の体が意外に冷えていたことを思い知らされる。

ありがとう、と小声でお礼を言ってギンを見ると、白い七分袖を着ている彼と目があった。無表情だけれど、目は柔らかい光を持っていた。

もう少し早くカーディガンを脱がせていたら、その白い七分袖も、日焼けしていない彼の首筋さえ茜色に染まっただろうかと考えて、いつの間にか日が沈んでいたことを自覚した。

改めて山を見れば、輪郭だけに萌葱を着せている他は、薄い紺で染まっていた。既に緑と紅と黄の区別も付かない。


「・・・・良かったな、ペン」

「?何が」

急にギンが話しかけてきた。

「明日は、晴れる」

上を向いて呟いているギンの、視線の先には一面紺色の空が広がっている。

・・・・否、紺だけではない。

紺色のカーテンで覆われてしまっているように。そのカーテンに針で穴を開けてでも、万人の目に己が姿を見せつけたいかのように。

頭上に小さな光の点が散らばっていた。

「うん、晴れそうだね。良かった、明日試合ちゃんと開催されそう」

「勝てそうか?」

「わかんない。ギンも応援しててね」

「家からでも良いのなら」

「もちろん」



幸せだった


だんだんと闇を纏う空を、二人で寄り添って眺めることが出来るのが。


幸せだった


あんまりに幸せだから、つい壊れてしまったらと考えてしまう。


怖かった


今の幸せが壊れてしまうことを考えてしまうのが。


怖かった


この幸せが壊れてしまう、その原因を考えてしまったから。



この幸せが壊れてしまうこと


つまりそれは  「死」  を表す


恐かった


いつかは訪れる「死」という現象が。


恐かった


その現象のせいで、どちらか一方が一人になってしまうことが。











それほどに


ぼくは


ギンが


好きだった



「ねぇギン」

「どうした?」


頭の中に、嫌な考えばかりが渦巻いてしまう。

心につぶされそうになって、パンク寸前な脳みそに揉みくちゃにされそうになって。

知らないうちに、言葉が出ていた。


「戦争が、起きればいいのに」

「どうして」


言ってはいけないことのはずなのに、ギンは僕を怒らず、宥めもせず、ただ冷静に続きを促した。

だから僕も慌てずに、僕をつぶしたがる心のままに、パンク寸前の脳みそのままに、言葉を紡いだ。


「ギンと、離れたくないから」

「前後把握が出来ないな。つまりそれは、俺とずっと一緒にいたいわけではなくて」

「ギンと一緒に死にたいから。そしたら、ひとときも離れずに済む」

「世界で最も迷惑な心中方法だな」


そういって、ギンは笑った。

真っ暗な空の下、小さな光に照らされたそのギンの笑顔は、とても綺麗だった。

(部屋の電気、消してきて良かった)

外に出るとき、部屋に誰もいなかったから消していたのだ。

節電がモットーなこの家で付いた癖が、家計簿以外で初めてとても役に立った。ような気がした。



「俺はな、ペン」

「うん」



「俺は、戦争は起きて欲しくない。沢山の人が亡くなるから、とか言ったら格好いいんだろうが、そんなんじゃなくて」

「うん」

「俺は、死ぬときに、お前の血を見たくない」

「・・・・・・」

「たとえ俺が先に死のうと、お前が先に死のうと、俺はお前の苦しむ顔は見たくない」

「・・・・・ギンがさ、先に死んじゃったら、僕は絶対に泣いてしまうよ」

「泣いてくれるのは、凄く嬉しい。最後の最後まで、お前が俺のことを考えてくれた証だから。そうじゃなくて、戦争とか、火事とか、強盗とかで、お前が苦しんでいるところを見ながら死ぬのは、嫌だ」

「・・・・・・・」


「わからねぇかな。俺はな、お前と離れるのは辛いけれど、離れた後でお前が幸せならそれでいいんだ」

「僕だって、ギンが離れた後、ギンが幸せならそれでいいよ。でも、残ってしまった方は、一人じゃ絶対に苦しいと思う。僕だったら耐えられる自信がない」


「・・・・・たとえば、俺が死ぬとしよう。その時、お前が最後に見た俺は、苦しんでいて欲しい?幸せでいて欲しい?」

「もちろん、幸せでいて欲しいよ!」

「なら、俺が幸せな顔をして死んだとしよう。お前は、離れてしまった俺が苦しんでいると思う?幸せでいると思う?」

「幸せで・・・いて欲しいよ」

「変な答えだな。じゃぁ、そう望むのなら、俺にどんな顔して死んで貰いたい?」

「・・・・・・・・・幸せそうな、顔をしていて欲しい」

「俺もそう思う」



「だから、俺は戦争は起きて欲しくない。戦争をしていたら、周りのみんなも苦しそうな顔をするだろう?でも最後が幸せそうだったら、俺は死んだ相手が幸せでいると思える。俺は、お前がたとえ死んだとしても、死んだお前が幸せなら俺も幸せでいられるから」

「・・・・・・・・そっか」

「だから、もう戦争したいとか言うなよ?俺も今回は正直返答に困ったからな。まぁ、意味不明な発言は、今に始まったことじゃないから、つかえたりはしなかったけれど」

「ギン、僕に失礼とは思わないかい?」

「悪い。全然思わなかった」


ギンのゆったりと語りかけるような言葉に包み込まれるような感覚に陥りながら、僕はただ頷いた。


腕を伸ばしてギンの腰を抱く。そっと自分の方に近づけると、ギンは胡座をといて僕の頭を撫でてくれた。

そのまま僕の額にギンの唇が触れる。

その動作は、僕の暴れる心と掻き回された脳を落ち着けるには充分すぎた。


僕らの上で星が瞬いている。

頭に乗ったままのギンの手を取れば、その手が余りに冷えていたことにとても驚いた。


「ギンの手、冷たい」

「そりゃぁ、な。もう秋になるんだ。夜は冷えて当然だろ」

「もう家に入ろっか」

「そうだな」






美しい空の下、小さなリンゴの苗が風に揺れていた






―――ギンが倒れる一年と三ヶ月前の小さな、とても小さな出来事

この後よろしければ、「春霞の幻」をご一読ください

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― 新着の感想 ―
[一言]  「りんごの木」を読んで、後書きに書いてあったのでこっちを読んでみた者です。    軽くはまっちゃいそうです。  「りんごの木」とは少し違う感動がありました。  というか、「りんごの木」を…
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