第4幕
朝日が顔を出す。
おはようと独りぼっちの彼に言ってくれているようだ。
ゆっくりと天に昇る太陽の日差しが家の窓に差し込むにつれて、彼もまたゆっくりと目を覚まし、その体を起こす。
少し体がだるい。
昨日の“アレ”が原因だろうか。
夜中起きているのはあまり健康なことではない。
それでもいつものことであるから体が慣れているはずなのに、どうして今更になって疲れているのだろう。
とそんなことを言っても世界の1日が始まったのだから、こちらも自分の1日を始めなければならない。
そう彼は重い腰を上げて顔を洗いにいくのであった。
今日は昨日のショーで2人とも疲れているだろうと、ショーを休むことにした。
ロンはまだショーを初めて一日しか経っていない。
そんな彼に次の日から打ち合わせや練習,リハーサルをさせるのは少し酷だとジャックが言ったのだ。
そういうわけで今日はゆったりと過ごせる日になった。
いつも慌ただしく身だしなみの確認や本番前の練習を行なっていた彼にとって今日はとてもゆったりと過ごせる日になってしまった。
確かに時折休みたいと思うことがあったが、いざ休みの日になると逆にいつもの慌ただしさが恋しくなってしまうものだ。
まだむず痒さを心に残したまま、彼は優雅に朝食をとり、着替え、背筋をグッと伸ばすと靴音を温かくも寂しい家に残し、玄関の扉を開けて外に出るのであった。
とある事情から彼は顔を隠さなければならなく、黄ばんだ包帯を顔にぐるぐると巻いた彼を街の人々は不思議そうな目で見る。
見慣れた光景である彼は気にせず大通りを闊歩する。
そうして彼は街の商業地帯の一画にある店へと入っていくのであった。
〈〜店の中〜〉
ここは少し変わった店である。
食料品店でも洋服店でもない。
道具屋ではあるのだが、取り揃えられた品々が普通の道具屋に売ってあるようなものではない。
そうであるからか大道芸で使うようなものもあり、彼はここの常連となっていた。
入ると気だるげにカウンターで垂れた少女が彼を迎える。
綺麗な黄色い髪を無造作にカウンターに投げやり、目の下に隈をつくった少女は気持ちよさそうに寝ている。
扉が開く音で目を覚ましたのか、眠たそうに目を擦り、垂れた細い目の間から赤い瞳を覗かせる。
店の少女「いらっしゃっせ〜。」
ジャック「相変わらずだね、シャーリーちゃん。」
ジャックが声をかけるとシャーリーと呼ばれた少女はハッと顔をあげ、口元から垂れた涎を手で拭ってこちらに向き直る。
シャーリー「包帯の人。また来たんだ。」
ジャック「ああ。店長さんはいらっしゃるかな?」
シャーリー「店長は今いませーん。いっつも通りの寝坊でーす。まったく…いい迷惑ですよ。」
ここの店長は朝が苦手らしく、朝の時間帯は大抵このシャーリーともう1人の店員が店を回しているのだ。
シャーリー「それで今日はどんな御用で?」
ジャック「ちょっと新しいものをね。」
シャーリー「そうなんですね。毎度思うんですけど、何をしてらっしゃるんです?この店に来るのなんてちょっと気になったって言う人ばっかですし、こんなに頻繁に来て変なもの買っていって一体何に使うんです?」
ジャック「んー、内緒かな。大人には秘密の三つや四つは持ってるものだよ。」
正直なところシャーリーに話してもいいとは思うが、隠していてもそれはそれで面白いだろうとあえて道化のことは話さないでおくことにした。
いまいち腑に落ちないシャーリーはそのまま気だるげにカウンターに垂れるのであった。
ジャックはいつも見ている棚のところへ行き、並べられた品々を物色する。
あらかじめある程度の目星をつけていたものも含めていくつか商品を買おうとカウンターへ向かうとカウンターの後ろの扉がガチャリと開く。すると中から艶のある黒い長髪を後ろで括り、上品なメガネをかけた青年が出てくる。
青年「シャーリー、またそんなふうにして。客が来たらどうするんだ。」
シャーリー「もう来てるよー。」
とシャーリーはカウンターに伏せたままこちらに向かって指を刺す。
青年はジャックに気づくと慌てた様子でこちらに向かってくる。
ジャック「やぁ、レインくん。元気そうで何よりだよ。」
レイン「ああ、包帯の人!すみません、うちのシャーリーが。」
シャーリー「おいおい、なんだね。それじゃあ、まるで私が悪いみたいじゃないか。」
レイン「どっからどう見ても悪いだろ。」
ジャック「いやいや大丈夫だよ。それにあの方がシャーリーちゃんらしいじゃないか。」
シャーリー「ふっ、どうだ。包帯の人からのお墨付きをもらったぞ。」
レイン「もらったぞじゃない。包帯の人が優しすぎるんだ。それを他のお客さんの前でやったらタダじゃおかないからな。」
シャーリー「はいはーい。ムニャムニャ…。」
レイン「まったく…。あ、会計は僕がやります。」
ジャック「ああ、頼むよ。」
レインは先ほど言ったもう1人の店員だ。
見ての通り根は真面目で仕事もできる。
ジャックが持ってきた商品をテキパキと会計をし、袋に入れる。
レイン「以上ですね。またのご利用お待ちしております。」
ジャック「ありがとう。相変わらず仕事が早くて助かるよ。さすがだね。」
レイン「いえいえ、僕なんてまだまだですよ。」
ジャック「それじゃ、また来るよ。」
と言ってジャックは振り向きざまに手を振って店から出るのであった。
〈〜街中〜〉
一応今日の目的は達成されたわけではあるが、それでもまだまだ日は昇ったばかりでこれから何をしようかと頭を悩ませていると、あるものが目に入った。
年季の感じられる荘厳と佇むそれはオーラを放ちながらも少しこちらを手招くあたたかさも感じられた。
正面にはアンティークの外灯が門番のように入り口を見張る。
ジャックはここに入ることを躊躇う。
しかし、特にやることもなくどこか惹かれるものを感じたジャックは俄然興味が湧いてきたので意を決してその扉に手をかける。
開けるとカランカランとベルのなる音が彼の来訪を店の中に伝えるのであった。
〈〜店の中〜〉
中は暗いダークウッドの内装にカウンターに沿って端正に設られた椅子がジャックを歓迎する。テーブルも丁寧に拭かれているのがわかるほど光沢を放っていた。
カウンターの後ろにはスノードームや綺麗な装飾が施された皿などの様々な種類の置物が陳列されている。
見ると店の中にはすでに何人かの先客がおり、優雅にコーヒーを楽しんでいる。
するとこんな声が聞こえてくる。
???「それにしてもすごいよね、ロンくん。まさかあの道化の人と一緒にショーをやっちゃうんだからさ。」
×××「本当にね〜。」
◯◯◯「恐縮です。あの人とやるのが夢でしたもので。」
???「それに加えてお父さんの手伝いもしてるなんて、私感激しちゃうよ。」
◯◯◯「ご冗談を。お姉さんたちの方こそ、いつも仕事頑張ってるじゃないですか。俺なんかよりよっぽどすごいですよ。」
???「あら〜、本当に口が達者なんだから。」
×××「ロンくん絶対モテるよ〜。イケメンだし、優しいし。」
何やら聞き覚えのある名前と声が聞こえてきたものだから、ふとそちらの方に目をやるとそこには昨日一緒にショーをやったロンがコーヒーを入れていた。
先ほどの会話から察するにこの店はどうやらロンの父親の喫茶店らしい。
ロンの奥の方を見ると、凛々しくも優しい表情を浮かべた男性が別の客の接客をしていた。その顔つきはロンにとても似ており、ロンの父親だろうということは容易に分かった。
するとベルの鳴る音に気づいていたのかロンがこちらに向かって声をかける。
ロン「あ、いらっしゃませ。お好きな席にど…」
と言いかけて彼の表情が変わる。こちらに驚いたように口を開けた彼が放った言葉はジャックにとって予想外のものだった。
ロン「あんた…、こんなところで何やってんだ?今日は休みのはずだろ?」