第1幕
いい天気だ。日がよく差し込む。こんな日を洗濯日和と言うのだろう。賑わう街中を人々は闊歩する。時折、出店の商品を物色しては今日の晩御飯は何にしようかと考えている。人々がいきいきと生を謳歌するこの街の中で一際賑わっているところがあった。そこには…
???「皆様方、準備はよろしいですかな?それでは、開演と参りましょう!」
怪しげな衣装に身を包み、不敵な笑みを浮かべた仮面をつけた道化師が道の端で大道芸をするようだ。紳士のような一礼の後にそれではと数本のクラブを取り出す。高々と掲げたそれらを小慣れた手つきでジャグリングさせる。そのうち足の下を潜らせたり、背面で投げたりと常人では成し得ないような芸当を披露する。偶然通りがかった人々はそれに視線を奪われ、争うことのできない魔の手によって引き寄せられてしまう。すると今度はクラブの本数を増やし、先ほどと一切変わらぬ様子で容易くジャグリングさせてしまう。分かりやすく失敗しそうな演技をしたり、おかしな喋りを混じえたりとあらゆる方向から観客を笑わせる。そして全てのクラブを宙に放り投げ、さも分かっているかのように両手を左右に掲げる。するとクラブは吸い込まれるかのごとく次々とその手の中に収まっていく。そうして全てをキャッチし終えると歓喜の声が上がる。凄まじい拍手でその者の芸当を賞賛する。
道化師「ありがとうございます。しかし、まだまだショーは始まったばかり。これよりのもっと…もーっとすごいものをご覧に入れましょう!」
とショーは続いていくので合った。
そうしてショーが終わり、最後に一礼し終わると最初とは比べ物にならないほどの拍手喝采が巻き起こる。見れば、最初の時よりも人が見るからに増えていた。それはなかなかに人の往来が激しいこの道の半分を観客の輪が埋めているくらいである。
道化師「これにて今日のショーは閉幕とさせていただきます。ご覧いただき、誠にありがとうございました。皆様方が素晴らしい1日を過ごせるように、これからもショーをここで開演し続けます。皆様方に末長く笑顔溢れんことを。それでは…ごきげんよう。」
その言葉を引き金に観客たちはいつもの日常へと戻っていく。その際、道化師の前に置かれた入れ物の中に気持ち程度のお金を入れていく。道化師も小道具を片付け始めるだろう。片付けている最中でも観客だった者たちからの賞賛に対し、一礼は欠かさない。それが見てくれた彼らに対する最高の感謝であるから。そうして片付け終えた道化師も彼の日常に戻っていく。はずだった。そこで誰かに声を掛けられる。
???「なぁ、あんた。」
そのものは道化師と大差ないくらいの体格で少し目のキリッとした青年であった。
青年「あんたに頼みがある。」
そう青年は言った。
道化師である自分に対して頼みとはなんだろうと不思議に思い道化師は
道化師「いかがいたしましたか?」
と尋ねた。すると青年は思いもよらないことを口にする。
青年「俺をあんたの仲間に入れてくれ。」
一瞬思考が停止する。生まれてこの方、そんなことを言われたことがなかったのだ。ずっと1人でやってきた道化師にとって理解し得ないその頼みは仮面の下の表情を曇らせた。
道化師「あなたが私の仲間になる。それはつまり私とともにショーをするということですか?」
青年「ああ。」
道化師の質問に対し、間髪入れずに答える。その目に一切の迷いはなかった。真剣な眼差しで道化師を見つめる。迷いのないその意志に自然と道化師は身構えてしまう。
道化師「ほぉう。そうですか。しかしながらそれはあまりオススメできませんね。」
青年「なぜだ?」
道化師「逆に問いましょう。あなたはなぜ私の仲間になりたいのですか?」
率直な疑問をぶつける。自分はただ道端で大道芸を披露しているだけ。別に金が稼げるといった訳でもない。なのにどうしてこの青年はこんなにも真剣に私の仲間に入りたいと言うのだろう。しかし、その疑問も速攻で打ち砕かれる。
青年「俺はあんたのショーをずっと見続けてきた。それこそやり始めたくらいからな。そのうち俺はあんたと肩を並べたいと思った。だから、ショーを見た後家に帰って何度も練習した。そしてあんたのところにこうして来た。それだけだ。」
金を稼ぎたい訳じゃない。かといって他人の幸せのためになりたい訳でもない。この青年は純粋に自分と肩を並べたいのだと悟った。その姿をどこかで昔の自分に重ねてしまった。曇らせた表情から思わず笑みが溢れてしまう。邪な心がある訳でもない。堅い正義を持つ訳でもない。ただひたすらまっすぐな心に道化師は心を打たれてしまったのだ。
道化師「いいでしょう。歓迎しましょう。今日からあなたと私は仲間です。あなたのお名前は?」
青年「ロンだ。」
道化師「ロンさんですね。相手が名乗ればこちらも名乗るのが当然のこと。私はジャックと申します。以後お見知り置きを。」
ロン「ああ。よろしく頼むよ。ジャックさん。」
こうして突如として1人の仲間ができた。彼らが歩む未来は果たしてどのようなものであるのだろうか。それを知るのはまたずっと後の話である。