逃避行
登下校だけ自由になれる女子大生の話
電車の車窓から見える知らない町を見ていた。
自転車が道を走り抜けていく。制服が揺れる。
知らない町の知らない人の人生について思いを馳せるのが好きだ。学校は楽しい?つまらない?友達とはどんなことを話す?今日はどんな日?
…… こうして人の人生について考えれば、自分について考えなくて済む。これは逃避行だ。ただの通学の道中、どこにも逃げられない私の、一瞬の、日常からの逃避行。
一人暮らしをしてみたい。大学の友人たちみたいに。でも、家を出ることで、裏切り者のようになるのでは と思ってしまう。
人として正しくありたい。けれど、人としての正しさが何なのか分からない。考え始めると止まらなくて、いつも現実から目を逸らす。
トンネルを抜けると海が広がっている。
サーフィンをしている人がいる。とぼとぼと1人で歩く人がいる。この時間に海なんて、どんな仕事をしているのだろう。こんな時間の電車に乗ってる私みたいに、大学生か。それともシフト制の仕事か。もし、あのサーフィンの人と一人歩いている人が出会ったら?何か起こるだろうか。
電車はただ真っ直ぐに進んで、その妄想は途切れた。
音楽を聞こう。そうすれば何かスッキリするかもしれない。
そう思って音楽アプリを開いても、どうも今聞きたいものがない。暗い曲では余計暗くなりそうだし、明るい曲には生気を吸い取られる気がする。気のせいだが。
『まもなく ××駅です。お出口は左側です』
アナウンスが聞こえてきて手を止める。
大学の最寄り駅に着いてしまった。
電車を降りると、日常に戻ってしまう。
ただ大学へと向かう。ただ歩きながら考える。私はどう生きればいいのだろう。
正しくありたいことが、正しいことなのかも分からない。
自分をもって、肯定して。そんな言葉ばかり蔓延る中で、私はどう生きればいいのか。
妥協して流した音楽に耳を委ねる。
歌詞が頭に入ってこないが、好きな曲調ではあった。
今まで歌詞に込められている意味ばかりを気にしていた。
でも、これはこれで良い。
リズムを刻みたくなる。歩道でそんなことをしたら不審者なのでやらないが。
さっきまで乗っていた電車が横を通り過ぎる。
もしかしたら、あの電車の中に、リズムを刻むのを一生懸命こらえながら真顔で歩く大学生を妄想している人がいるかもしれない。
そんなことしてたら、ちょっと面白い。
更にそれが事実だから、もっと面白い。
少しだけ笑いを堪えながら、私は走り去る電車を見送った。