夢の中
─── 息が切れる。気管が痛い。ふくらはぎが悲鳴をあげている。でも足を止めちゃいけない。追いかけられてる。誰に?分からない。
一つだけ分かるとすれば、これが夢ということだ。夢から覚めろ、夢から覚めろ。そう唱えながら走り続けている。
ここはどこだ。床も壁も天井も冷たい灰色。迷路のようでどこへ行けばいいのか分からない。でも夢のわたしは知っているようで、体は勝手に道を選ぶ。壁に寄りかかる鉄パイプを倒しているあたり、夢のわたしの方が冷静だ。
止まらず走り続け、口に血の味がへばりついた頃、目の前にハシゴが出てきた。夢の中のわたしはここを登ったほうが良いと判断したようで、一気に駆け登る。
「あそこだ!!!」
そんな声が聞こえてきて、焦りながら登る。それは建物の外へ繋がっていた。ボロボロなトタン屋根に不安を覚えながらも、なんとか穴から体を滑り込ませ出口の蓋を閉めた。
一息吐いて四つん這いになると、もう動けなかった。屋根に頭をつける。しかしまだ終わりではない。完全に撒けたどころか居場所はバレている。きっと彼らはすぐに建物から出てくるだろう。問題はいつ夢から覚めるかだ。
どんなに危機的状況でも全く夢から覚めない。いっそ飛び降りでもしたら覚めるのではないか。
屋根の下を睨む。……無理だ。自ら飛び降りるとなるとさすがに怖い。
とりあえず逃げなければ。
もう動きたくないと我儘を言う体に鞭打って立ち上がる。
「えっ」
やっとの思いで立った視線の先にあったのは、銃を持った白衣の男だった。
「チェックメイトです」
破裂したみたいな音がする。その瞬間、お腹のある一点が熱くなり始める。少し落ち着いた息がまたあがり始める。心臓がバクバクする。体が倒れる感覚がする。
そこまできてやっと自分が銃で撃たれたことが分かった。
熱い、熱い、痛い、痛い
意識が遠のく中、震える手をそっとお腹のあたりにそえる。
手にはしっかりとヌメっとした血液の感覚が伝わった。
目が完全に閉じるまで考える。
本当にこれは夢なのか
「大丈夫ですか?」
優しい声で目を開ける。
そこには見慣れた医者の顔があった。
「あの、あたし」
あたしが話そうとすると、医者はポッケから取り出したハンカチであたしの汗を拭いながら言う。
「悪夢でも見ました? 大丈夫です、ここは病院ですから。
ちゃんと、お腹の止血も済んでます。」
意識があまりなかったが、どうやら逃げきれたようだ。
一安心して、あたしはベッドへ沈んだ。