偽善を善と呼べない俺は
「私は自分で人生を取り戻した!! 何を今更正義ぶって!! 私が苦しんでたときも!!」
叫んでいた女が今度は嘲笑った。
「あいつが私に殺される前にも、助けられなかったじゃない」
無機質な部屋。長机に向かい合う椅子。そこに座るのは、容疑者の女と先輩。俺は目の前のパソコンに女の発言を打ち込む。
取調室には静けさが戻っていた。女の息切れしか聞こえない。
痴話喧嘩の末の殺人と聞いていたが、深い事情があるのかもしれない。
女の腕や足には治りかけのアザが見えていた。
「犯行動機は」
先輩は淡々と女を詰めていく。
女は先輩を睨みつけ、不器用に笑った。
「それを話すことに、何のメリットがあるの?」
「情状酌量の余地があるとして、刑が軽くなるかもしれない」
「どうでもいい。死刑にでもすれば?」
女の目には、諦めに似た覚悟が宿っていた。俺はあの目を知っている。
カッターナイフを握りしめ、夜の教室に忍び込んだあの子を思い出す。
―――「なにやるの」
そう俺が言っても、言葉は返ってこない。
教室の窓の鍵が一つ壊れているのは、周知の事実だった。
そこから彼女は教室へと忍びこみ、あいつらの机にカッターを突き刺し、傷つけていた。
俺は彼女を止めようとした。けど、机や椅子に傷をつけ、それらを蹴とばしひっくり返している彼女の顔は、12年という短い人生では見たことがないほど、壮絶な表情をしていた。俺は止められなかった。彼女の行動も、そのもっと前の、彼女へのいじめも。
“今日は卒業式! 楽しい思い出をありがとう!!”
先生がみんな下校した後に書いたであろう、黒板の文字が目に映る。
あらかたの机や椅子が荒らされた後、彼女は黒板の前の教卓を思い切り倒した。
静けさが戻る。
「南海くんは止めると思った」
振り向いてそう言った彼女は、驚くほどに穏やかな顔をしていた。
そして、彼女は続けた。
「私のこと、先生にチクっていいよ。
もう、怒られようが罰受けようがどうでもいい」
あの日の彼女の目を、俺は忘れられなかった。
そんなこと言ってほしくなかった。諦めないでほしかった。でも俺は何も言葉をもっていなかった。
ただ一つ言えるのは、俺はこの子を救うことができなかった。それだけだった。
弱い者を救うために警察官になった。でも、俺は何一つ変わっていなかった。
結局お前は誰も救えない偽善者なんだと、そう突きつけられた気がした。
目の前のパソコンに打ち込む言葉すらないまま、ただ時間だけが流れていった。




