春のミミズ
私小説っぽい気がします。
起承転結ほぼなしです
桜が咲いてしまった。
生ぬるい風が吹く。それを吸い込めば、どこか胸が苦しくなる。
思い返す記憶なんて何もない、空っぽな私なのに、どうも懐かしい気持ちになるのは何故だろうか。何も用事がないのに外に出るのは久しぶりだ。欠伸をして力を抜く。
肩にかけたのは一眼レフ。詳しい使い方は分からないけれど、何だか良い写真が取れる気がする。こういうのは自分にどれだけ酔えるのかが大事なのだ。
どこへ向かおうか。そう悩んでいると、ポケットに入れていたスマホが震える。画面を表示すると、友達からの連絡だった。
その瞬間、心地よい身体の軽やかさが掻き消えた。
友人からの連絡でこんなことを思うのもどうかと思うが、現実に引き戻された気分だった。
友人といると、いつでも自分がどう思われているのか気になってしまう。相手にはたくさんの友達がいるのに、自分と関わっても何にも得られないのに、なぜ仲良くしてくれるのだろう。哀れまれているのだろうか。いつか呆れられるのではないか。
自分がどう思われているか気になることが、寧ろ自己中心的であると薄々気づいている。相手をどう思うか、考える余裕がない。自分の意思で繋がりを保とうとしない。これでは友が少ないのも当たり前だ。
ふらふらしている自分に嫌気がさす。"自分" を見せないと、きっといつか限界が来る。でも自分の、短気で理屈っぽくて言い訳がましい部分なんて誰にも見せられない。
自己肯定とかそういうのがやたら耳に入ってくる。そりゃ良いところがある人は認められるだろうが、自分は短所を懸命に埋めようとするあまり、長所を伸ばす余力がない人間なのだ。普通を演じるのに精一杯で、自分や他人の良い悪いが何も見えていない。目の部分に穴の空いていない仮面を被っているような人生。目の前は真っ暗だ。
ふと顔を上げると、急に目の前を自転車が通り過ぎた。申し訳ない。連絡が来て歩道で突っ立ってしまっていた。
画面を閉じて、ポケットにしまう。伸びをする。一つ深呼吸をすると、私はレンズを覗き込む。
花が咲いて、鳥が鳴いて、虫たちも暗い土の中から出てくる頃だ。桜の木の下の土にレンズを向けると、もぞもぞと何かが這い出てくる。ミミズだ。
何ともビジュアルは良くないが、必死に外へ向かうこの姿勢は好きだ。どこへ向かっていくのだろう。誰かに見せるわけでもないから、一枚写真に収める。
現像する頃には、私も明るいどこかへ向かえるようにと願いながら。




