机上の空論
私小説風の作品です。
あまり起承転結はない、だらっとしたものになります。
少しずつ溶けていくようだった。
机の上に転がった氷を眺めていた。
溶けたのは時間だった。
もうどうしようもないのだ。少しずつ積み上げていたものなんて、ささいなそよ風にすぐ吹き飛ばされる。
溶けたのは自分だったのか。
何が嫌になってしまったのか、言語化できるならとっくにしてる。
溶けたのは目ん玉かもしれない。
氷と一緒に蒸発してどこかへ行ってしまえばいいのに、塩だけ残すならきっと意味はない。
溶けたのは机上の氷だけだった。
いつか私は不器用な女の子だった。
あの頃に比べれば、私は随分うまく笑うようになった。
随分うまく生きていけるようになった。
随分うまくいろんなものを食べられるようになった。
私が成長したのか、それとも大人になったからなのか。
怒られることが少なくなった。
それがもし、ただの失望だったとしたら。
それがもし、感情を隠すのが上手い人に囲まれているだけだとしたら。
そう考えるだけで足が竦む。
"もっと自信をもって" という言葉が、本当にそういう意味なのだろうか。
それとも、相手が欲しい言葉を提示するのが上手いだけの人なのか。
それとも、全部嫌味で裏返しの意図を持っているのだとしたら。
察しが悪いとさんざん言われてよく考えるようになった。
よく考えて、この世の選択肢の多さに絶望した。
人は社会を形成して生きる社会的動物なのだという。
私たちに近いサルだって群れで生活している。
あぁそういえば、小さい頃に“どうして動物園のサルは人間にならないの”と聞いたことがあった。
その返答は“面白いことを言うね”だった。
人間の先祖はサルですと言ったのは誰だろう。
同じ先祖の分岐先に人間と今のサルがいるんだと教えてくれればよかったじゃないか。
どうせ元は同じなら、私もサルになりたかった。
動物園で群れからはぐれて、滑稽だと笑われるだけでエサが欲しかった。
現実はそうもいかず、社会からはぐれようがしがみつこうが、働かなければ金はもらえないし金がなければ食べ物が買えない。
あぁ滑稽だ。
この世界を外から見ている誰かがいるとして、その誰かが地球に水をやり作物が育つ環境を整えていたらどうしようか。
やっぱり私の悲劇は檻の外の喜劇なのか。
あぁやっぱりサルじゃだめなのだ。私は氷になりたい。
溶けて消えてどこかへ行ってしまいたい。
誰にも知られず、誰かを救い誰かを殺す、そんな無機質で冷酷な氷になりたい。
こんなことばかり考えて、やっぱり溶けたのは時間だった。