本の読み方
棚に平積みになっていた自己啓発本が目に入ってイラついた。
"あなたは悪くない" そんな文ばかり並ぶ。
本は好きだ。知らない知識を教えてくれる。閉塞感のあった時期も、本を読めば本の世界を旅することができた。
俺が求めるのは慰めではなく逃げ場なのだ。
しかし、一度こういう本を読むべきなのか。
この本は自分が抱える嫌な罪悪感をなくしてくれるだろうか。自分の人生を何も知らない人に断定されたところで楽になるものなのか。
棚の前でしばらく考え込んでいると、いつの間にか隣に人がいた。迷惑そうな顔をしている。
「すみません」
そう言ってその場を去った。
先日、全寮制の職場に母が訪ねてきたらしい。
家出をする前、俺の稼いだ金をひたすらおねだりで余計なものに換えたあの女。
そのおねだりを拒否できない俺も俺だが。
ひどい夫に捨てられたことに同情しないでもない。夜働きで俺を養ってくれたことも感謝はしている。正直生活レベルを下げればそんなに働かなくても済むんじゃないかとは思ったが。
けれど、俺が稼ぐようになり、どんどん依存されていくのが怖くなった。
朝から晩まで働き、家ではおねだりか愚痴を聞かされる。出かけようとすれば、どこへ行くのか詰められる。それが息苦しかった。
夜逃げのように家を出て、新しい職場には誰か訪ねてきても何も言わないよう頼んだ。けれどもう居場所がバレている。
ため息をつきながら外の喫煙所で一本吸う。煙で肺を満たせば気分が落ち着く。ぼーっと地面を見ていると、喫煙所のドアが開いた。
隣に誰か座る気配がする。それもかまわずただ頭を空っぽにしていると、隣から声が聞こえた。
「すみません、ライター借りても...あ」
「あ、あぁ。どうぞ」
それは自己啓発コーナーにいた人だった。
ライターを手渡すと、既に煙草を銜えるその人はくぐもった声で感謝の言葉を言った。
なんとなく気まずい。そろそろ出るか。そう思っていると、その人が話しかけてきた。
「あれ。買わないんですか」
「...ああいうの、いいもんですか」
「まぁ、ボチボチ。納得することもあるし、何言ってんだってツッコんで馬鹿にするのも一興ですよ」
俺は思わず笑いがこぼれた。言動を笑ったわけではない。俺にとって、本とは“教えてくれるもの” だった。なのに、馬鹿にするなんて読書があったのか。
「一人で悩むよりは、人の価値観に触れた方がいいって最近思うんで」
その人はそう付け加えた。
「確かに、その通りだ。」




