Das Haus ── とある民宿で起きた恐るべき事件
ずんずずずんずずんずず!!
ずんずずずんずずんずず!!
民宿『ダス・ハウス』に三人の大学生グループが宿泊することになった。
三人は古くからの友人でそれぞれ名前を中村亮、告野春香、吉野亨といった。
そして重要なのが彼らはみな探偵小説のファンであるということ。また、幼いころ生死をさまよったという共通点が、この物語の行く末を暗示しているともいえる。
宿には夕方チェックインした。
昼は地方都市である○○市を観光した。
道中、中村が激しい片頭痛を訴え歩くことができず、一時間ほどベンチに座り込むといった出来事があった。告野や吉野は病院に行くように勧めたが、中村は拒否。
結局中村は、日ごろからお世話になっている占い師に体調について相談した。
占い師は電話越しに、いつもと違った口調で中村に死の宣告をしたのだった。
中村は戸惑って聞き返した。
「ちょっと待ってください。今言ったこと、よく聞こえなかったです。もう一度言ってもらっていいですか?」
「言いましょうとも・・・・」
沈み込むような低い声。
中村は固唾をのんで次の言葉を待った。
「今夜中に死ぬことになるでしょう」
「死ぬ!? おいらが?」
「はい」
中村は信じていないといった素振りを二人に見せたが、顔は青ざめ、手は震えていた。
ダス・ハウスについて三十分ほど経つ。夕食の時間。
告野と吉野は食堂へ入ったが中村の姿は見当たらない。
告野はあたりを見渡して吉野に言った。
「中村くんまだ来てないね」
「きっと散歩にでも出かけたんだろ」
吉野はなんてことないといった顔で答えた。
二人は着席した。
宿主がやってきた。
「もう一人のお方はどうされましたか?」
二人は首をふった。
昼は実質的にソフトクリームしか食べなかったので腹が減っている。
二人は先に料理を食べてしまうことにした。
「今日はね。普段とは違ってとても豪華な料理ですよ」
宿主は手をもみながらそう言うと小走りに厨房へと行った。
二人も宿主の言葉を聞いて、すっかりその気になってしまった。
「ビフテキだね!」
「うん、ビフテキ」
「ビフテキ! ビフテキ!」
「ビフテキ楽しみだな」
中村の存在をすっかり忘れていた。
二人は料理が来るのを今か今かと待っていたが、少し遅いようだ。
「どうしたのだろう?」
二人が不安になったその時、厨房のほうから大きなもの音がした。
それは何か大きなものが倒れたような音だった。
続いて叫び声が聞こえてきた。
何を叫んでいるのかわからない、誰の叫び声かもわからない。
しばらくして叫び声もおさまった。
二人は震えあがってしまった。
厨房で何が起こったのか二人にはわからない。
「何が起こったのか、見に行こう」
「そうね。何か事故が起こったのかもしれないし」
二人は立ち上がって厨房へと歩き出したのだが、やがてその歩みも遅くなり。
吉野が完全に立ち止まると、告野も立ち止まった。
厨房のほうから聞こえる、何かをすりつぶすような気色の悪い物音に気付いたのだ。
二人は怖気づいて後ずさって、そのあと一目散に逃げだした。
玄関を開け放ち外へでる。
夜の帳が下りた道を二人は逃げた。得体の知れない何者かから少しでも遠ざかりたかったのだろう。
吉野が足を滑らせて転んだ。
信じられないほどの砂埃が上がった。
黄色い街灯が砂埃を照らす。
「転んじまった!!」
吉野はすぐ立ち上がろうとするが出来ない。
砂埃が次々と吉野の体に吸い込まれて、吉野の体はどんどん膨らんでいった。
膨らんだ吉野の体は告野をも飲み込んで巨大化していった。
こうして二人はカニ星雲になったのだった。
ずんずずずんずずんずず!!
ずんずずずんずずんずず!!
それからちょうど十年後。
満月の夜、民宿『ダス・ハウス』の廃墟前に二人の人影があった。
「なんか陰気臭い場所ね。ねぇ、助手君」
名探偵、信貴野志保香はいつものように眠そうな顔をしていた。
「ちょうど十年前。この場所であの事件が起こったんですから」
信貴野に助手と言われた壇思念はそんな感想を漏らした。
「とりあえず中に入ろうね。さっさと事件の真相を暴いて、さっさと帰るに越したことはないもん」
「しかし変な依頼もあったもんだ」
二人はその家の扉を開き中へ入る。
廃墟特有のにおいがした。
中はすっかり荒れ放題のようだ。
二人は懐中電灯で照らしながら奥へとどんどん進んでいく。
「ここが食堂ね。だけど、まさかねぇ・・・・」
食堂についた二人は、そこにあるはずがないものを見つけてしまった。
テーブルの上にはたくさんの食器が並べられて、そのどれにも料理が並べられていたのだった。
助手こと壇が料理のにおいを嗅ぐ。
「腐ってない。どうも本物みたいですよ」
「そうね。誰かがわたしたちを待ち伏せている・・・・かもね」
その言葉を聞いて壇は食堂内を懐中電灯でくまなく探したが誰もいなかった。
「質の悪いいたずらですよ、これきっと」
「そうだといいんだけどね・・・・ここまで来ちゃったんだから厨房も調べましょ」
二人は厨房へ通じる扉を開けた。
二つの光線が厨房を照らしたが人影はない。ただの廃墟でしかないようだ。
「最近使用された形跡もないね」
「だとするとあの料理、気味悪いですよ」
「そうね」
十年前の事件の証拠が何か残ってないか、二人は調べまわったが、特にこれといったものはなかった。
「何もないっすね」
「そうね。次は二階を調べてみようね」
そして厨房を出て食堂へ戻る。
そこでは異変が起こっていた。
食器の上の料理がことごとくなくなっているのだった。
壇はいぶかしそうに食器を指で拭いてみる。
「汚れ一つつきません。まるで最初から料理なんてなかったみたいです」
名探偵、信貴野はただ黙って食器を見つめていた。
「誰かがひっそり料理を運び出して、それから皿を丁寧に吹いたんでしょうか」
「それは難しいと思う・・・・」
それからしばらくして二人はあることに気づいた。
食堂に自分たち以外の気配を感じたのだ。
部屋の隅の暗がりに誰かが立っているのだ。
二人はほぼ同時に懐中電灯で部屋の隅を照らした。
「あなたね、こんなことを・・・・」
信貴野の言葉が途中で途切れる。
顔を引きつった信貴野は壇にしがみついた。
壇もまた信じられない光景を前に、一瞬頭が真っ白になった。
そこに立っていたのは人にして、人に非ざる存在。
死んでいて、なおかつ生きている存在。
彼はただそこに突っ立っているだけだ。
それでも、彼の存在そのものが二人を恐怖させた。
彼は微笑んだが、それは最も恐ろしい微笑だった。
ジュゼッペ・アルチンボルドという画家は、果物や野菜で人の肖像画を描いた。
その彼はジュゼッペ・アルチンボルドの絵画のように、食べ物でできていた。
ビフテキやオムライス、トマト、エビフライ、彼の顔はそんな料理でかたどられていた。
「誰だお前」
壇は叫んだが、彼は答える代わりに「へへへ」という風に気味悪く笑うだけ。
ただ二人をおぼろな目で見つめ続けるだけで何を考えているのかわからない。
信貴野はしばらく壇にしがみついていたが、やがて離れた。
それでも難しい顔をして考え事をしていたのだが、どうやら考えがまとまったのか、いつもの表情に戻った。
「彼の正体がわかった」
「本当に?」
「そうね。九分九厘はあってると思う」
二人の会話を彼は左右に体を揺らしながら聞いているだけだった。
信貴野は彼のほうを見て語りかけた。
「ねえ、お料理人間さん。わたし、あなたの正体がわかってしまった。聞いてもらえる」
「オレのショウタイ・・・・」
彼はまた「へへへ」と不気味にわらった。
「あなたはわたしたちの同類。そうだよね」
「へへへ」
「真相を知るためにここに来た。そして知った。でも無事に帰れなかった」
「・・・・」
「あなたは・・・・あなたの正体は・・・・」
ここまで聞いて壇もやっと彼の正体がわかった。
「あなたの正体は十年前に行方不明になった中村亮さん。そうだよね」
「へへへ、へへへ」
彼は料理でできたからだを揺り動かした。
どうやら喜びを表現しているらしい。
「オレ、ナカムラリョウ・・・・オレ、ナカムラリョウ・・・・」
「やっぱり。ねぇ、中村さん。教えて、十年前に何があったか」
中村亮は静かに不気味な声で語り始めた。
その不気味な声はどことなく哀愁を漂わせたものであった。
十年前、中村がこの民宿を訪れた真の理由は、この民宿に泊まった人間が失踪する事件を解き明かすためだった。
宿主が事件にかかわっているという確信を持っていた中村は宿についてすぐ証拠を探し始めたが、それが宿主にばれてしまい殺害されてしまったのだそうだ。
気が付いた時にはばらばらの料理にされていたのだが、力を振り絞って宿主と戦い、宿主を倒した。倒したはいいものの、すでに他の二人は星座になってしまったし、自分はこの民宿から出れなくなってしまった。
宿主の死体は二階に運んだのだそうだ。
中村の証言通り二階には白骨死体が見つかった。
宿主が行方不明者たちを殺害していたという証拠も、中村が発見したものを確認した。
「これでこの事件は解決ね」
「でも、なんかすっきりしないな」
「へへへ、へへへ」
信貴野と壇はこの夜を民宿で明かすことにした。
事件の真相をしっても気持ちが晴れ晴れしないのはなぜだろうか?
信貴野は眠りに落ちるまでそんなことを考えていたが、眠くなってきたので考えるのをやめた。
ずんずずずんずずんずず!!
ずんずずずんずずんずず!!
この事件から得られる教訓は「暗い夜道を走るときは足元に気を付けるべき」というものだろう。
また、初対面の人と話すとき「へへへ」と笑うのも出来るものならなおしたい。とはいえ人間の癖をなおすのにも骨が折れる。無理は禁物だろう。