6話 夜のマーナとアン
◆マーナ(夜顔)
暗がりでも見通しの利くアンを先頭に優等生くんに案内してもらい、地下道の突き当りまで来た。岩盤が行く手をふさいでいてそれ以上は進めない。
「ちょうどこの真上に池があるようなんだ。ほら」
かなりの勢いで水が岩に垂れ落ちていて。
目を凝らすと、岩の表面にびっちりとコケが生えている。うわあぁ。
その岩肌にアンが耳を当て「確かに水の流れる音がする」と唸った。
「でも。これを割るのはいいけど、割った人は洪水に巻き込まれるんじゃない?」
「いや大丈夫。岩を完全に割る必要はない。ひび割れさえしっかりしておけば」
ベンくんの不敵な笑い。
◆◆
井戸の底と通路で激闘が展開された。だけどそれは短時間で終結した。
アンの情け容赦のない格闘攻撃とベンの果敢な突進に、どう猛なバルバル兵たちもタジタジになった。怒り心頭で、彼らはいったん背を見せた。
「来るよ」
一時退去した連中と入れ替わって何かの動物の死骸が井戸に放り込まれた。耐えがたい悪臭からドロドロ脂肪の塊だと悟った。次いで真っ赤に爛れた松明のような火種が投げ込まれ、地下通路に煙火が拡散する。
「生意気なサントロヴィールの死にぞこないども! 狭くて暗い地の底で燻されろ!」
呪いの罵声に合わせ、地上で下品な笑いがドッと起こった。
わたしたちは彼らの魂胆をとっくに察知していて、そんな低能級のあざけりをまともに受けず、目的地に向かって突っ走った。
「予想より煙の速度が速い!」
「任せて。このあたりで通路を閉鎖するわ」
振り向きざま、物理障壁を張った。――防煙壁。予定した行動だ。
熱に対抗するため、外層氷結波と呼ばれる魔法も施術した。これで二重構造の防火壁の出来上がりだ。
たちまち熱と煙が行き場を失った。
地下通路の温度、湿度が急上昇する。
「急げ。予定経路から突撃するぞ」
3人は一塊になって地上手前に到達した。
ここは先発隊が見切り攻撃を仕掛けた場所だ。アンが注意深く周囲を視認する。敵は井戸の方に戦力を固めていた。自らの鉄兜を使い池から水をくみ上げてそろそろ井戸の火を消そうとしている。
数人が一気に水を流し入れた所、熱湯が吹き上がった。全身に火傷を負った兵たちが狂ったみたいに地に転がった。
地下からの熱気がジリジリとわたしたちのお尻を焦がす。
「まだかな?」
アンも相当熱そうだ。下半身をモジモジしだした。
井戸と池がほぼ同時に熱水を噴射した。
「水蒸気の爆発だ。突沸現象も起こってる。――今だ」
ベンくんが冷静沈着に号令した。彼に言わせると単に緊張と興奮で我を見失ってただけなんだそうだけど。剣をかざす姿なんて、なかなかの勇士ぶりだと思う。
アンが暗闇を打ち破るように敵陣に跳んで行った。前方でかがり火が揺れ、倒れた。それと共に大量の断末魔が響いた。
「バルバルの蛮族共。お前たちは全員敵だな?」
「なんだぁ? このガキ、異常に強えぇ!」
十重二十重に取り囲んで多重攻撃を仕掛けて来る手練れの集団も、アンの猛攻を止められない。
神の攻撃を受けたと錯覚したバルバル兵は総崩れし、数十人単位の死傷者を出しつつ引き下がった。
それでもアンの掃討戦は徹底を極め、明け方には2本の足で立つ敵兵は見渡す限り皆無になった。救援の来着も遂に無く、この戦いはわたしたちの一方的な勝利で締めくくられた。
四肢や精神の状態はともかく、生き残った仲間たちは互いに肩を貸し合いながら内街へと帰還した。
「良かった。ふたりのおかげだ」
「いいえ。わたしたちはベンくんに従っただけ。ベンくんの知恵と勇気がもたらした当然の結果よ」
心からそう思った。
――もう一人のわたしは君の意思をムシしたかも知れない。
アンとどんないざこざを起こしたのかも、分かんない。
何とか無事に街に戻れて、本当によかった……。
「マーナ、おんぶしたげる。ゆっくり休みなよ」
「わ、悪いわ。アンだって疲れてるでしょ?」
にこやかに首を振ったアンはわたしの同意なしにわたしを背に乗っけた。
「行っくよー!」
走駆するアンの背中で、わたしはウトウトし始めた。
「ねぇマーナ! 見て、お日さまだよ! うわぁ。外の世界、ひっろいねー!」
夢心地で見渡す世界はたしかに広かった。
山も川も草原も、そしてわたしたちにも、ぜんぶにお日さまは平等に光を当てていた。
――どうしてわたしたちは、こんなに大きな世界があるのに小さくて狭い心しか持てないんだろう。憎々し気に奪い合いをするんだろう。
「ねえアン! わたしたち、どこか知らない土地に行って! ふたりで家建てようよ!」
まるで寝惚けた子供が、お母さんを呼ぶような声を出した。
風を切るアンが首を傾げた。
「内街じゃなくって外の世界にってコト?」
「そうそう。あんな街からはオサラバするの。それがきっと最高の選択なんだよ」
一人合点で彼女の背にもたれ掛かる。
……もう眠くてダメ。アンが何か言ってるようだけど……ごめん。
わたしは深い眠りについて行った。




