5話 昼夜で人格が入れ替わる
井戸の底は地下水路とつながっていた。
予め往路で見当をつけていたオレとアンは、井戸と水路を結ぶ経路に目印の鉄兜を放置していた。追っ手を振り切り井戸に飛び込んだオレたちは速やかにそこから転進し、内街へ帰還する予定だった。ところが。
「ねーマーナ。他の子たちを助けないの?」
例によってアンが尋ねて来た。当然オレはムシする。バカじゃなかろうか。……が再度詰問された。彼女の眼に底知れない不安を感じたが、ここは納得させて引き下がらせるしかないと腹をくくった。
「いいか。オレたちの今回の目的は何だった?」
「蛮族の女隊長を抹殺する事?」
「そうだ。そしてオレたちはその目的を果たした。アンが腰に下げているその袋だ。中味は間違いなく女隊長の首だったろ?」
うんと答えたアンは、わざわざ袋を覗き込んで確認し、
「眼が合っちゃった」
と不気味な発言で笑いを取ろうとした。いや、そういうつもりで冗談? を言ったんじゃないにしても、こっちはオマエのそういった底無しの無邪気さというか、天然な悪魔発言に心臓が凍え止まるくらい負担になってるんだよ。そろそろ気付いてくれよ?
「任務を完了したオレたちが、次にしなくちゃならんのは何だ?」
「えーと。内街の駐屯所に帰投して司令に報告」
「その通り。ちなみにオマエの左胸の上側についてる刺繍は、我らが精鋭、名誉ある京師サントロヴィールの選ばれし勇士の証だよな?」
「まーそうだけど、名誉とか勇士の証なんて、ちょっと大げさだね」
話の腰を折るな。咳払いひとつして流れを戻す。
「とにかく一刻も早く我々は司令に状況を伝え、次なる即応の一手を指示してもらわねばならん」
「よーするにマーナは早く家に帰りたいの?」
「ウ……」
――おっと。つい「ウン」と頷きそうになった。……コイツ、ボンヤリしてそうで意外としっかりしてやがるな!
「そーだが違う! オレが言いたいのは援軍要請だ。いずれすぐにこの通路は敵で溢れかえる。引き返して応戦し、味方を救い出すにはオレたちだけじゃ力不足だ」
ぬふ。とアンが不敵に目を光らせた。この時点をもってオレはアンへの説得作戦が失敗に終わったのを覚った。更には彼女に余計な火をつけてしまったのと悲嘆した。コイツは自らの一騎当千ぶりを誇示したいらしい。ペロリと舌を出し、頬を高揚させ始めた。
「あとは他の友だちを連れて帰るだけだね」
こ、この……疫病神め。アンの屈託のないセリフが、オレには『死にに行こう』にしか聞こえない。するってえと、疫病神じゃなく、もしかすると死神か? オレをあの世に送ろうとする地獄からの使者か? そう考えると辻褄が合うぜ……。
「待ってくれ。……あ、いや待ってください。アン」
「? どーしたの?」
オレには重要な欠陥がある。こうなった以上、それを打ち明けなければ事態は打開できない。本当は言いたくないがこうなったら止むを得ない。
「最近さ。オレ、陽が沈んだら寝ちまうんだよ。容赦無しに睡魔に襲われる。あとちょっとで刻限だ。その前に帰還したい」
「寝る? 眠くなっちゃうの? 夜になるから?」
「い、いや……」
知らん。理由は分からん。とにかくストンと落ちる。次に気付くのは朝だ。この状況下でそうなったらもうお終いだ。
「眠り病? いつから?」
「それは……言えん」
アン、オマエに出会った翌日からだ。……とは言い難い。言って何かを思い出されたら……恐ろしくて口に出したくない。自分の中では一応の答えは持っているが。
――呪いだ。死んだ魔女か、アン、オマエの掛けた呪い。
命を蝕んでいるのか心を締めつけているのか。心身への悪影響は今の所定かではないが、一日のうち、一定時間を奪われているのは間違いない。
「それおかしいよ? だってマーナ、昨日の夜もわたしとおしゃべりしてから一緒に寝てたもの」
「……なんだって?」
「船が難破して漂流生活した男の話、してくれたじゃん? マーナ、とってもお話上手だったよ? 今日も続きをしてくれるんでしょ?」
――……コイツ、何を言ってるんだ?
クラっとした。……来た、睡魔だ。いつもより早めに始まったぞ、クソ。
「頭が整理つかない。オレには記憶がないぞ? 漂流男の話なんて……!」
「マーナ、ボンヤリしちゃダメ。さ、行くよ」
「い、行くって」
「いいから任せて。敵はわたしが全滅させるから」
アンがニッと親指を立てた先に少年部隊のリーダーが立っていた。優等生坊ちゃんだ。
「アン。遅れてごめん。じゃあ行こう」
「行くって勝手に決めんなよ! アンと何を示し合わせてたんだ」
――ダメだ。朦朧としてきた。……眠い。地下道だから夜の到来に敏感になっちまってるのか暗さが辛くなっている。ジョークじゃねえんだ、オレは本当に寝落ちするんだ。だから早く……。……。
◆◆
「……アレ? アン。どうしたの? わたし何でこんな場所にいるの?」
アン、ちょっとキョトンとしてる。……わ、わたしのカオに何かついてる?
「……マーナ? 大丈夫?」
「え? ええ、ヘーキ。それよりここ、どこ? もう作戦始まっちゃってるの?」
ベンくんとアン、わたしを心配げに囲む。アンの手が額に触れた。
「作戦……はまだ進行中だ。殺された仲間はボクの知るところ5人。捕まったのは12人。後は戦闘中だ。なんとしても助ける」
「戦えそう? マーナ?」
「当たり前よ。早く仲間を救い出さなきゃ」
冷静さを装いつつ、胸に手を当てて考えてみた。
思い出せる事があった。
――わたしは悪党と、この身体を共有している!
わたしの内でオトコが眠りについている!
なんなの、これ?!