27話 エピローグ
◆マーナ(夜顔)
京師サントロヴィールは蛮族バルバルの大侵攻と祖国軍の内部分裂で滅茶苦茶になっていた。そのあおりを食い、逃げ場を失った大多数の市民は、錯乱して荒れ狂い、バルバル族に同化して暴徒に転じ、目前の動くものすべてに危害を加えた。
でも、そんな中でも頑なに軍律を守り、統制を保って抵抗を続ける一団が居た。
サントロヴィール兵団、第5隊所属の少年兵たち。リーダーはベンくんだった。
彼ら一隊は東門エリアを見下ろせる城塔に拠り、数倍の敵を相手に奮戦。見事に侵攻を防いでいた。
当初はバルバル族も躍起になって攻撃を加えていたそうだが簡単には落とせないと判ると他に目を移し、放置するようになった。
何よりもバルバル族は統率者だった万人長ステファニーの不在で組織体としての軍事行動の精彩を欠き、目的意識の無い作戦や略奪行為に明け暮れ、無秩序な消耗戦の継続で疲弊するばかりになった。わたしたちが入城して丸20日経った現在では、双方の痛手を舐め合う奇妙な共存関係が生まれていて、傷病人の看護所が開設されたり、俄か市場のような露店も立ち、お互いにその施設を利用しだし、不安定ながら最低限の治安が維持されている。
その機にわたしは内街を回り、目についたはぐれ子や要介護者を東塔の仮設棟に案内した。
そして2日に一度、城市を出てアンと探し物を見つける冒険に出る。
「マーナ。有ったよ、赤紫鈴」
ある荒れ果てた、馬も居ない駅舎で、小さな事務机の上に丁寧にそれらが並べられていた。
「……5つある」
その意味をアンは理解したようだった。
「きっと。ソンブルも鈴になっちゃったんだね……」
適当な言葉が見つからず、そうね。と短く返事した。しばらく待ったが昼顔は現れなかった。
「アン」
「なあに」
「わたしたちもこれ、――飲んでしまおうか?」
アンは赤紫鈴を眺め黙った。
これまでに七人の魔女の力を得た者はさらなる強さを求め、わたしの言う事を半信半疑のまま実行した。つまり、飲んで七人の魔女の力を増幅させたいと願望したのだ。
実のところはそんな事をすればドールは赤紫鈴と化し、ドール主は命を奪われる。憐れで欲深いドール主は後悔しながら地上から消えていく。
わたしはこれまでに5回、それを繰り返し目の当たりにしてきたのだった。
「6番目の赤紫鈴になる? アン?」
もしアンがそうしようと言えば、わたしはすぐさまそれを実行する。そう心に決めて彼女に訊いた。他人に生死を託す。わたしはズルくて弱い人間だから。
それにアンはきっとこう返事する。「そんなのダメだよ、マーナ」それを期待している。
「マーナ、それホンキで言ってるの? だったら止めないけど? でもわたし、マーナとしたい事があるからウンって言いたくない」
「分かってるよ、アン。昼顔を見つけたいんでしょう? でも多分もう彼は……」
アンは「ウーン」と腕を組み、
「どこかでオウチを建てて暮らすんでしょう? マーナとわたし、そんでその、もひとりのマーナも一緒に住もうって。約束したよね?」
「……それ、わたしが言い出した話だったわよね。忘れてないよ。でもそれじゃあ、その前に……」
「その前に?」
「七場目の七人の魔女を見つけ出して赤紫鈴にしなきゃ」
「えー」
口をとがらせるアンの眼は愉快そうに笑っている。
最後の魔女探しの旅。
もちろん手掛かりはない。なので当面向かう当てもない。それに何年かかるか分からない。今回みたいに転生や人格障害を起こすかも知れない。……でもやるしかない。
「仕方ないわね。わたし、アンを人間に戻すまで諦めないわ」
「ウン。その意気だよ、マーナ!」
見上げた北の空に、黒く重たそうな雲が勢力を広げようとしていた。
そのはざまから、一本の光のすじが大地にのびていた。
とりあえず、あれを目指すか。
アンの手を取ろうとしたら、先に彼女から手を握ってきた。
「昼顔さん。きっと生きてるよ」
「仕方ない。ついでに彼も探してあげるか」
わたしたちは大股で第一歩を踏み出した。
(了)




