26話 終幕
◆マーナ(昼顔&夜顔)
前に進むと万人長。左はドール・ソンブル。
そして右には多数の敵兵。
オレは自分の決心を固めるためにうなづき、アンの手を取った。
「アン、命令だ。マーナを担ぎ200人のバルバル族の中に突っ込め。いちいち倒す必要はない。お前の目的は京師サントロヴィールに行くことだろ? ヤツらのキチガイめいた刃をくぐり抜け、一気に突破してヤツらの度肝を抜いてやれ。……そして夜顔、いやいや済まん、マーナ。お前はお前の望み通り逃げの算段をしてもらうが、その方向は今アンに指示した通りだ。敵に向かって逃亡してもらう。それがオレの考える最善策だ」
「でもあなたはどうするのよ」
オレは天を仰ぎ瞑目した。ふふ。さぁここが一番格好つけるセリフだぜ。
「……まいいわ。あなたの事は別にどーでも良かった」
「おいおいおいおい、そりゃないぜセニョリータ。オレはお前らの後ろを追い掛ける。絶対に生き残ってやりたいからな」
「だったらさっきみたいにわたしの腕に捕まりなよ?」
「あのなアン、両手ふさがってたら流石に抵抗できないだろが、お前」
「んーまーそーだけど」
不承不承ながら承知するアン。「ゼッタイついて来てね」と言い残しつつ、地を蹴った。うっお、速え! 慌てて追う。
「者共! そこのガキどもを捕らえよ! 殺すなよ!」
バルバルの猛者どもは突如の命令に目を白黒させたが「褒美は思うままぞ」と万人長が吼えると、「オオウ!」と気勢を上げた。
翼型に広がっていた隊形が錐状に尖り、アンをめがけて一点集中する。
「ええええいッ!」
先頭の男を弾き飛ばした勢いで5、6人を跳ねつけ、宙に跳躍する。アンの左側にぶら下がった夜顔が炎の弾を飛び散らかす。
危ない恐いでなく、子供がまさかの攻撃を仕掛けたのが驚きだったようで、バルバル族戦士たちは大いに声を荒げて騒いでいた。その混乱を更に広げるため、オレは後方から短銃を連射する。
「馬上の男を落としてくれ、アン!」
「あいあいさー」
片足で垂直跳びし、腰をひねって騎乗の槍持ちを打ち落とす。
その馬に飛び乗ったオレはドール・ソンブルの方角に転進した。
「じきに追いつく。先に行っててくれ!」
アンがオレの背中に何やら言葉をぶつけていたが構うゆとりはない。振り向きもせず馬を疾駆させた。そしてソンブルの手前で再度向きを転じる。
「赤紫鈴はオレが持っている」
そう告げての敵前逃亡だ。
思惑通り、ソンブルと万人長が追って来た。
そうだ。それでいい。
◆◆
はは。オレとしたことが。
しがらみや得体の知れん恐怖から逃げるんじゃなかったのか? 平々凡々な家庭でも築いて安穏に一生を終えたかったんじゃないのか?
あー、足が痛てえし動かない。腕も同じ。右手は少しだけ曲げられるが指の感覚が無い。眼は……雨雲が見える。ちょっと雨が降り出してるか?
万人長が見下ろしている。となりにはソンブル。……ちっちぇなぁ、お前ら。
ああ。
そんなに怒鳴らなくても聞こえてるぜ?
「おっさん。なかなか貴様、大したタマだな! 赤紫鈴、有難く貰ってやろう」
「おっさん? オレ、元の姿に戻っているのか?」
「頭を打ったか? ……まあどうでもいい。とりあえず赤紫鈴は手に入った。お前などもう用済みだ」
まぁ待ちなよ。せめてものお礼ぐらいしてもバチは当たらんぜ。
「200人の男どもを相手によく戦い、逃げおおせたと誉めてやろう。崖から落ちたのは不運だったがな」
「背中からお前らの矢弾を受け続けたんだから仕方ないだろ。――オレの聞きたいのはそれじゃなく」
「ああ。あのドールか? 京師の方に行ったぞ。貴様同様、後でゆっくり始末してやるよ」
――そうか。良かったな、アン。窮地を乗り切ったんだな。
「おいステファニーさんよ。ところでその赤紫鈴、ホンモノなのか? 使い方知ってんのか?」
からかい気味に聞いてやると、意外にも万人長は狼狽した。そう見えた。何故ならオレを蹴り上げ、苦痛を与えてからソンブルとヒソヒソ話を始めたので。
なので、
「飲み込むらしいぞ。ドール主が。そしたらソンブルの力が数倍になるそうだ」
オレの言った事だ。どーせ信じまい。夜顔の説明をそのまま話してやった。
すると万人長ステファニーは作り笑いで余裕を誇示し、オレの言葉通り、オレの目の前でそれを一気飲みした。
それから数呼吸を経て、彼女は目を剥き、「ギャア」と絶叫を残して一瞬で灰になった。
その間、ソンブルはみるみる小さくなり……やがて真っ赤な赤紫鈴になって地面に転がった。
「――……ああ、マーナよ……。作戦は上手く行ったぜ」
飲まなくて良かったな、オレ。へへ、また騙されるところだったぜ。なんてな。
全身の痛みに耐え、そこらに散らばった赤紫鈴をかき集めた。
「またひとつ、鈴が増えたぜ。なぁマーナ。これでオレはお役御免にさせてもらうぜ。済まねえな」
――アン。
お前は少し変わったヤツだったが、ホントの友だちになった気分もした。楽しかった。
有難うな。
次回が最終回です。




