25話 真の力量
◆マーナ(昼顔&夜顔)
疾駆するアンの首にかけられた皮袋は夜顔が与えたものだった。そこに例の赤紫鈴が入っている。
夜顔が自分で持たずにアンに預けたのは何故か?
それはアンが赤紫鈴を体内に取り込む必要があるからだと説明された。いつでも取り込めるようにと。
その言い分は先程聞いたワケと辻褄が合っている。
そう。一見、合っている。
だがオレは気が短いからイチャモンをつける。
「夜顔さんよ。さっさとアンに鈴を食わせてやれよ」
「何、その夜顔って」
「不快ならマーナって呼ぶよ。オレは……」
「ならあなたは昼顔でいいわよね。それと、わたしに指図しないで」
「指図じゃねーよ。非合理的だと助言してんだ」
「バカじゃないの、余計なお世話」
荷物みたいにアンの脇に抱えられ、お互い足をブラブラさせながら言い合っている。冷静に考えると格好悪いにも程があるか。しかも同じ姿かたちをした者同士だ。格好悪い上に傍目にかなり不気味に映るだろう。不毛な口論になりそうだし、大人なオレの方からさっさと切り上げた。
呼応するようにアンが足を止めた。オレらを立たせて前に出た。
「あの岩場の陰にステファニーが隠れてるよ。どーする?」
「万人長だけなのか? ドールの気配は?」
万人長も大概強いが脅威なのはドール・ソンブルだ。短銃を抜き岩場付近に照準を定めた。
夜顔は辺りを見回して「フッ」とほくそ笑んだ。
「昼顔さん。その銃はどこで手に入れたの? ステファニーさんの持ち物だったでしょう?」
「何が言いたい? ……ああ、そうだよ。あの子からくすねた物だ」
勇者パーティに属してるよりも、コソドロ稼業の方が向いてるさ、どーせ。悪かったな。
「何拗ねたカオしてるのよ。そんな高性能な武器があといくつ必要かなって思って、つい可笑しくなっただけよ」
夜顔が指した先にバルバル族の一群がいた。ざっと――2百人はいる。
アンがその反対方向を指差した。
「ソンブルだ。こっちを睨んでる」
そして正面に万人長・ステファニー。
いつの間にか岩場から姿を現し、こちらを眺めている。
「悪い事は言わん。赤紫鈴を渡せ。そうしたらドール以外は見逃してやる。わたしは今日、すこぶる機嫌が良いんでな」
彼女の後ろで炎上する京師、サントロヴィールがおあつらえむきの大写しで演出をしていた。
忘れるところだったがステファニーは万人長だ。蛮族バルバル1万の大群を指揮する万人長だ。
意のままに配下を操るのは彼女の専売特許。当然の対抗策。
「アン」
「なに?」
「もうアンは人殺しをしたらダメ。このままどこか遠くに逃げましょう、……ね?」
「イヤだよ。だってマーナ、ベンくんを助けるって言ったじゃん」
夜顔の困ったカオ。
「大人しく赤紫鈴を渡したらどうだ? そんなのを持ってるから目をつけられたりすんじゃねーの?」
「あなたはしゃべらなくていいわ」
チッ。こっちは助け船のつもりで発言してんだぞ。
「もう分かった、了解だ。だったらお前の言う通りに動くから作戦を言え。早くしないと手遅れになる」
「作戦も何もないわ。ただ逃げるだけよ」
「……まったく困ったヤツだな。逃げるにしても逃げ方を決めなきゃまた同じ事の繰り返しになっちまうぞ。それにお前とアンとで意見が分かれてるのも良くない。どうしたいかハッキリ決めろ。直ぐに」
赤紫鈴とやらがマジモノならここで「じゃあ仕方がないわね。赤紫鈴を使いましょう」となるだろうし、例えば夜顔が本来の力を隠しているのなら、または、アンに引き出せる余力があるのなら、同様に「そうしましょう」と居直ってくれるはずだ。
だが。
「わたしが交渉するわ。なんならこの赤紫鈴を渡してしまってもいいし」
「な、何でそうなる?! よく考えろ、それがもしホンモノだって言い切れるんだったら、それは最後かつ最高のカードになる。簡単に手放そうとするんじゃない!」
「あなた……自分を守るためにそこまで必死になれるのね」
「何とでも言え。アン、お前は京師に戻りたいんだろ? お前はもう一度あのソンブルと戦って、勝つ自信はあるのか?」
「……あるよ。その鈴を使ってくれたらもっともっと戦えるようになる」
「ちょっ……! アン?!」
口がすべったってか、アンが。そんなの薄々気づかれてるぞ?
「使ってくれたら戦えるんだな。――夜顔、アンの言う通りにしてやれ。この状況で一切戦わずに逃げ切るという選択肢は無いという事だ」
ギュッと目をつぶる夜顔。苦悶に口を歪ませている。約2秒逡巡の間を経た後、彼女はアンの首から下がっていた皮袋を取り、中の物を出し、オレに突き付けた。
「4つ。すべて丸呑みしなさい。そしてアンに命令するの。『ソンブルを倒せ』って」
「お、オレが?! オレが呑むの?! アンじゃなくって?」
「ドール主の魔力の高さでドールのレベルが変わるのよ。さ、早く!」
待てッ、唐突に重要事項ゲロった挙句に急かすな。そんで人任せにすんなッ。
「それならお前が呑まないのか?! お前、もともと魔女だったんだろう。適正じゃないか!」
「そうしたいのはやまやま。だけどわたしが夜顔になった時点で魔力はあなたの方が上になったのよ」
「魔法なんてオレ、使えんぜ?!」
すると夜顔はこう言った。
「自分の力を見せつけるだけが魔法じゃない」
あなたはアンの力を引き出す事に長けている。だからこの場合の選択は一択だ。――と。
夜顔は硬い表情で微笑むと、「お願い」とうつむいた。悔しそうに。




