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23話 ひねくれ男 


◆マーナ(昼顔(アンベシルバンディ)夜顔(ニュイラモワティエ))


 夜顔(ニュイラモワティエ)のマーナが言う。


「この子は七人の魔女ファントーシュソルシエールに憑りつかれていたの。覚醒する前に赤紫鈴(せきしりん)にしておくべきなの」

「え? 赤紫鈴? この子が?」


 赤紫鈴なるアイテムはまさに今夜、オレが盗もうとしていたものだ。それが実は生身の人間、ましてや女の子だったなんて思いもしていなかったし言っている意味がいまひとつ理解出来なかったので、とっさの反対はしなかった。


 彼女が修道女の恰好をしていたので教会関係者が言うのならという盲目の信頼心もあったように思う。


 が、まじないの途中で彼女の様子がおかしくなった。

 アタマを抱え、呻き始めたかと思うと、突然、アンの首を絞めだした。


「どうしたんだ?!」


 遠慮気味にだったが、しかし異常事態を見過ごせないので声を荒げ言い咎めた。


 すると今度はオレに飛びついて来たじゃないか。オレの首に手を回し、唸り声を上げ、涙を垂れ流し、どう見ても尋常じゃない。何よりも、女の腕力じゃない。手加減していたら、本気でオレを縊り殺しそうだった。

 短剣で彼女の腕をつつき、怯んだスキに転がり逃れた。


 このときオレはある事に気付いて背すじを凍らせた。

 倒れていたはずのアンの母親が消えていた。

 ……いや。

 夜顔の後ろにボンヤリと立っていた。そう見えた。


「幽霊……」


 そう口走ったら余計に恐ろしくなり、震える膝を反転させて逃げかけた。――が、その背に夜顔が縋りついた。


「お願い。わたしごと、この女と、そこの気を失ってる女の子を始末して! その剣で! 出来るでしょう?!」

「ち、ちょっと。いきなり何言ってんだ、そんなのはカンベンしてくれよ! オレは人殺しするためにここに忍び込んだんじゃねえんだ」

「そこに倒れている子、アンっていうの。本当はわたしの子。わたしが本当の母親なのよ。悪魔付きだって言われてこの教会に連れてこられたの。でもそうじゃないのよ! だから一時的に赤紫鈴にして、それから有名な魔道士を探して解呪してもらって……」


 ち、ちょ、何だって言うんだ!

 早口でまくし立てるな! オレは無関係! 厄介ごとはゴメンだ!

 だいたい子供を殺してくれって母親が何処の世界にいる?!


「後ろの人はわたしの姉。アンを自分の子として育ててくれたの。なのに……なのに……」

「事情はいい! オマエらの都合なんて聞きたくもないッ! 何と言われようと同情なんてしねぇ!」

「聞いてよ! 七人の魔女ファントーシュソルシエールを世に放つと何か起こるか分からないわ! わたしは娘と心中することにする。憐れだと思って助けて頂戴」

「人殺しなんてしたら一生後悔しちまうし、下手すりゃ死刑だ」

「違う。これは人助けなのよ。もしかしたら世の中のためになるかも知れないわ。たくさんの人たちを助けることになるかも知れないわよ」

「オレはオレが一番可愛い! 他人を思いやる気持ちなんてクソだ! 反対に他人を蹴落として、利用して。自分の事だけで精いっぱいなんだよ!」 


 助けを乞うた相手がオレみたいなヤツで、本当にアンラッキーだったな。


「その短剣でわたしを刺せばいいだけなのよ? この人でなし!」


 ――罵倒する夜顔(ニュイラモワティエ)

 分かっているから、もうそれ以上言わんでくれ。


「冷血男! 早く刺しなさいよ!」


 もう黙れって!


「薄情者! 刺せっ、早く!」


 チイィィ!


「だあぁぁ、ウルセエよ!」


 怒鳴り返したオレは、急反転して短剣を――……。


「あ……あ……!」

「そう、それでいいのよ。やろうと思えば出来るクセに。ホントに無駄に考えすぎるバカな泥棒ね」


 胸に短剣の柄を生やした夜顔が眉を寄せて唸った。

 苦しそうなのにまだ悪態をついて来やがる。


「す、すまねぇ!」

「近づかないで!」


 押されたオレは、不意の衝撃に目をしばたたせた。膝ががくんと折れた。

 ぬめり……とカオがぬるつく。どういうことか、当てた手が赤黒いし全身が痺れる。


 彼女の背後から延びて来たナタがオレの額を割っていた。


「ヒイイィ!」


 カッと血が上った。また人の良さが裏目に出たと憤った。


「コンノォッッ!」


 どこから湧いた気力なのか。オレはナタを持った相手の腕を引っ張り、床に引き倒して首を絞めにかかった。「グッ」と息を詰まらせたのは、女の子――アンだった。それでもオレは気が触れたように手に力を込め続けた――。


 長い回想はそこでプツン……と途絶えた。



◆◆



 あのときナタでオレの額を割りやがったアンが、今はニコニコとアタマを撫でてきた。


「――もお。ボンヤリして。……だいじょうぶ?」


 ビクッと身体を震わせたオレに、アンは首をかしげてハグをしかけた。


「オレは……もうオマエとは一緒に行動できない」


 耳元で告げられたアンは当然聞き返す。


「え? どうしたの? ソンブルたちに何か悪さされたの?」

「……オレはもう……。いやスマン。何でもない」


 いやいや、何でもないことは無い。何でも、ある。

 オレはビビっている。

 教会での出来事を思い出し、この怪奇体験から一刻も早く解放されたいと願い始めている。アンが可哀そうな境遇なのはよく理解した。が、オレにはどうしてやることも出来ないし、やってあげれる自信もないし。そもそも、その気が失せてしまった。


 何故ってそれはオレがごくフツーの人間だからだ。ただの気弱で、小ずるくて、ゲスな男だからだ。結局親切そうにしているのは、良い顔をして相手に礼を言われて自己満足したいだけだったからだ。自己欺瞞のカタマリだったからだ。


 なので、何よりも大事なのは多分オレ。自分自身。

 要はオレだけが無事で楽しくあり続けることが重要なんだ。可愛い自分だけが良けりゃ、それでいいんだ。


 だったらよ、この状況。

 どーするよ?


 そうだ。今はとりあえずコイツらに合わせて、適当な所で姿をくらまそう。コイツらの目が逸れたところで一抜けして、どこか遠くに逃げよう。そうしよう。それがいい。


「あのよ……」

「いいわ、アン。そんな子置いといて、早く京師サントロヴィールに向かいましょう。そこの七人の魔女ファントーシュソルシエールもついて来るのよ」

「わたし。マーナを置いて行くなんてイヤだ。両方のマーナとも連れて行く」


 アン。オレが二人になってんのに動じないのか? 柔軟性のあるヤツだな。だがそういうのがオレには恐怖なんだよ。分かってくれ。


「オレはお前が来いと言うならついて行く。行こう」


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