21話 燃える京師
◆マーナ(昼顔)
万人長の凶刃から逃れに逃れ、アンが転げ落ちてった坂に辿り着く。胸に抱く、まだぬくもりが感じられる彼女の頭部を庇い、「もう止めてくれ」と懇願した。オレが作戦をOKしたせいでコイツはこんな事になった。
「ザコはもう死ねよ。そのドールの主はわたしが引き継いでやるよ」
「ルセエ! アンとオレは一体なんだろッ! オレが死ぬときはコイツも死ぬんだろッ」
半ばヤケになって急斜面に飛び込む。天地がグルグル入れ替わった先にアンの首無し体が横たわっていた。
抱えていた頭部を急いで胴体に押し当てる。
すぐにモソモソと、触手のような糸か針金が幾筋か延び出て、互いが結び付いた。
ハーッと息が漏れた途端にポロポロ涙が垂れた。
……おい。なんだよコレ? この感覚は。アンが普通の人間じゃなくって良かったっていう安堵感。頼もしさ。それと、少しばかりの怖気。そんな気もするし、まったく違う気もする。
すぐ背後に迫った気配に、振り向きざま短銃を抜き、放った。最終最後の抵抗のつもりだった。
弾は相手にかすりもせず逸れ消えた。至近距離だったってのに!
「クソッ!」
両膝付きで手を挙げ覚悟を決めた。
――が正対したのは見知らぬ女だった。――違う。よく識っている女だった。
「す、済まん。万人長かと思ったんでな」
「確認してから撃ちなさいよ!」
ソイツはキーキー声で拳を振るいやがった。
もうひとりのオレ、夜顔のマーナだった。
全身に冷汗を帯びて縮こまっていると、腕ごと引っ張られた。彼女の関心はオレになく、背後の敵……にあるようだった。「逃げるわよ」と誘ってくれたので誤射の詫びもそこそこに従った。
万人長とソンブルはオレらの存在を無視したのか、それとも別に関心の的が移ったのか、追ってこようとしなかった。それを察した夜顔マーナは走るのを止め、まだ首の据わらない、失神状態のアンを地面に横たえた。
「アイツら……。とんでもない連中だわ」
アイツら、とは万人長らの事らしかった。
噛み殺しそうなほどの憎しみのこもった声音だった。今しがた「逃げる」と宣言した彼女はズカズカと斜面を登っていく。
「待て! 何故戻る?! ヤツラの気が逸れているうちに逃げるんだろ?! それにアンをどーすんだ?!」
「アンはあと2分もあれば復活するわよ。それよりあの連中の性根を叩き直さないと気が済まないわ」
「ば、万人長たちの事か?! 正気か?! 気が済まないって、何が気が済まないんだ」
夜顔のマーナは答えもせず斜面を上がって行った。オレは――、仕方なくアンをその場に残し追い掛けた。
「きゃはは、いいないいな!」
万人長が飛び上がりそうな勢いで歓喜している。
何事かと身構えれば。
――遠方で街が、ごうごうと赤黒く揺らいでいた。
「京師サントロヴィールが燃えている」
つい声を出してしまったオレに万人長は目線を向けたが、襲い掛かる事もせず、腹を抱えてわめく。
「はーはっは。見てみろ、愉快だろ? みんな死ね、全員死ね。ぜーんぶ焼き尽くして滅び尽くせ」
「あなた狂ってるの?」
夜顔のマーナが怒鳴ると万人長がさらに嗤った。
「ははは。とっくに狂ってるよ。蛮族も高貴な御方たちもカンケイ無い。バカな人間同士、殺し合い、消し合いしてしてこの地上から居なくなればいいのよ。わたしはそれしか考えてない」
「オマエ。ひょっとしてトリストンをけしかけたのか?」
万人長は返事もせず、ソンブルに肩車をしてもらい、街の業火にキャッキャッと手を叩いた。
「きっと商船団の入港に合わせてバルバル族が街に乱入したのよ」
「バルバル兵は北門に集まったと聞いていたが、火災は東側で起こっている。恐らくトリストン隊長あたりが策を弄して東の門から侵入したんだ」
同じカオを突き合わしての会話は何だか気味が悪い心地がする。
「その通りだ。トリストン隊長には京師サントロヴィールを呉れてやると言ってやった。今頃躍起になって攻め込んでるだろうさ。ま、一方で、京師側には攻撃日時を伝えてあったから流石にそれなりの抵抗をしているだろう。死闘だ、死闘。わっはっは」
「……この魔女、相当なイカレ女ね。さ、助けに行くわよ昼顔のわたし」
「た、助けにって」
「だから、ベンくんたちをよ」
オレたちが言い合っていると万人長がふと、こっちを振り見た。
「そーいやオマエら……。双児魔女なのか。厄介だな。さっさと消しておくか」
とてつもなくイヤな響きでつぶやいた。




