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1話 貞操死守のため入隊


 大帝歴(ドニプトー歴)555年が明けたが内街は陰々としたままだった。


 昨年の冷夏による不作が秋を経て冬にまで影響しているせいだ。


 往時の半分以下になった帝国の支配圏は、異民族によって年々削がれている。内陸だけでなく海域さえも蝕まれている。当然ながらそれと連動して税収も減り続けているだろう。


 港を出発する商船は()()()()()()に遭遇し、そのほとんどが戻らない。よって他国からの物資供給もおぼつかない。


 内街に確保する僅かばかりの耕地は、市民の腹を満たすには余りに頼りなく、作物だけでなく取引されている百貨品の値がジェジュクリの生誕祭から新年祝日(ニベラネ)にかけて年越し急騰中。


 ちかごろは荒む一方の中層階級以下の市民どもが生きるための犯罪に手を染めだしていて、平穏な暮らしを死守したい自警組織と、そもそもの生存欲求を満たしたい本能集団の間で奪い合いと破壊が頻発し、侵害と報復の連鎖が日常化していた。


 とにかくとんでもない街だ。


「これがかつての花の都、京師サントロヴィールの成れの果てか」


 崩れかけの時計塔から眺め見る街の景色に、思わず独り悪態をついた。


 転じてオレの視線が城壁の外へ移る。センスの欠片も無い汚らしい、黒字に赤のまだら模様が、大地すべてを包み隠し、まるで陸の海のようになびいているのが仰ぎ見える。


 あれが彼の異民族国家バルバルの大群だ。ヤツらの遠征幕舎や兵団の旗幟がそのような異様な光景をオレら内街の弱虫連中に「これでもか」と見せつけてるんだ。


 京師の壁外、陸側はすでに完全に異民族の手中に落ちており、他の都市への往来はおろか、外壁に住まう領民さえも取り込まれてしまっているという事実。


 もはや京師(サントロヴィール)の王、ヘルムゲルト9世麾下サントロヴィールの名誉ある精鋭兵は、ヤツらを追い散らす力も術も有していない事を世間に公言している。


「マーナ。オヤジが呼んでるぞ」


 オレの兄貴分を気取っている20過ぎの男が、オレのアタマに手を載せた。

 力づくでそれを払い除け、黙って先に階下に跳んだ。


 実に不快千万。そして怖気走る背すじ。そろそろここで暮らすのも限界かと思った。


「マーナ。お前、サントロヴィール兵団に志願しろ」

「了解だよ、オヤジ殿」


 オレは、頭部の総毛が抜けた小デブオヤジの命令を快諾した。


 オヤジは酒屋と薬屋の兼業を称しているが、実際は違法薬物のブローカーだ。


 壁の内外でそれをバラまき私腹を肥やしている。兄貴はそれをいつか我が物にするためにオヤジの懐に入ろうと常時媚を売っている。


 その兄貴に、オレは目をつけられていたのだ。


「マーナに兵は務まりませんよ。なんせこんな貧弱な身体です」


 無遠慮な兄貴に胸のあたりを揉まれた。


 ……コイツ、オレの正体にとうに気付いている。


 オレは常日頃、男の恰好をしていた。

 その理由はわざわざ言わなくても分かるだろう。つまりオレは身の危険を察知し、逃げ場に縋りついたのだ。


「貧弱でも何でもいいんだよ。徴兵に応じりゃ、一人当たり銀貨一枚の恩給が出るんだ。こんなにオイシイ話はねぇ」

「だけどオヤジ、コイツは……!」


 女だと言いたいんだろう?

 しかし残念だったな。オヤジはな、女にはまるで興味が無いんだ。興味があるのは金と……。フフフ。


 よく考えろよ兄貴。()()()()()()()、オレに女名のマーナを名乗らせてるイミをよ。

 オマエがチクらなくても、このオヤジはオマエと同じくとっくの昔にオレの秘密に気付いてんだよ。


「オヤジ、コイツには兵にするよりもっと別の使い道が……」

「テメエ、儂に逆らうのか? 儂の考えが間違ってるって言うのか?」


 イッた目をしたオヤジの言う事が正しいわけが無いだろ? いい加減気付けよ。

 それと一言クレームをつけておく。


 オレの価値は銀貨一枚ぽっちしか無ぇってんのか!

 実に不快千万!

 あと、それ以上オヤジに知恵をつけるな。別の、もっとサイテーな就職先を思い付かれるだろ!


「兄貴。名残惜しいがオレ、国のために兵士になるよ」

「よく言った。それこそ儂が拾ってやったガキだ。とうとう育ての親に孝行するときが来たんだな」


 そうだ、1年前。

 思い出したくも無い。


 そこそこ名の知れた盗賊団のリーダーだったオレは、ある女魔法使いと相討ちになり死んだ。


 次に気付いた時には、この街の路傍で野垂れ死に掛けてた。マジかと思ったね。


 たまたま小用を足していたこの腐れオヤジにすり寄り、物乞いし、()()()()()()()()()()この家に囲われたというわけさ。


「3日以内にここを出るよ。港の商工所で徴兵検査を受けて絶対合格する。これまで育ててくれて有難う。兄貴もな」


 別れの挨拶をしておき、3日以内どころかその日の昼過ぎにはこっそり家を抜け出し、商工所に身ひとつで飛び込んだ。兄貴の悪あがきを警戒したのである。


 案の定、商工所の入り口で中を覗き込む兄貴の、焦ったカオが滑稽すぎて、ついほくそ笑んだ。


 男の邪な欲望は前世で散々経験してるんだよ、バーカ。


「あばよ兄貴。ダイッキライなアンタに貞操奪われなくてホント良かったよ。後な、今夜からは自分の貞操の心配しておけよ」


 ヒラヒラと手を振って徴兵検査場へ。


 得意の身軽さを売り込んで、その日のうちにオレは寄宿舎付きの見習い兵になれた。


 翌日には基礎的な体術と攻撃魔法を教えられ、さらに次の日には初任務を仰せつかった。こりゃ大抜擢して頂いた事で光栄だ。


 だが兵団の内実はこの後に知ることになる。


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