16話 敗北のアン
◆マーナ(昼顔)
な、なんてコトだ……コイツの能力を侮った……!
「あ、アンッ! 逃げろッ!」
手を引っ張る! ――がビクとも動かない。
「やっ、殺られるッ、周りが動揺してる間に早く……!」
――と。見るとアン、顔をくしゃくしゃにして……な、泣いてる?!
「い、痛いかッ? やられたかッ?!」
「仲間がぁ、全員ーっ、死んじゃったああぁぁ……うえぇぇぇん」
「な、泣いてる場合じゃねぇだろッ! お、オレらもこのままじゃ殺されちまうぞ……」
「そう言うけど、マーナもすっごいカオして怒ってるじゃあんー。うえええぇん」
お、オレが? 怒ってる?
苦笑し肩をすくめた万人長。履物からコンパクトミラーを探り出し突き付けた。女神の彫り物のある超高級品だ。それはいい。
――一見別人かと思うほど、鬼の表情。昔どこかの教会で見た鬼神の座像に似ていた。しかし唯一違うのはオレの方には目から垂れ流れている涙が追加されているって点だった。
「まさか」
声が出た。それにビックリした。
オレの中にそんな人らしい感情があるなんて思っても見なかったからだ。疑いしか抱けない性格なのに。何故ならオレは他人を蹴飛ばしてでも自分が幸せになりたいタイプだから。
なのでこう考えた。きっとこの偽善な怒りはもうひとりのオレが発しているものだと。
「イクゾ、アンッ!」
無理やり姫様ダッコでアンを担ぎ、惨劇の見世物会場を出た。追って来る者は無かった。
アンはされるがまま、オレの腕に抱えられ、オレの方は不思議なバカ力で敵陣中を駆け抜けた。
ふと雨空の合間の星が目に飛び込んだとき、折れ曲がりそうになった足がもつれ、ふたりして地面に転がった。
口の中に飛び込んだ泥土と雑草を吐き出し、顔を上げた先に、七人の魔女と、万人長が佇んでいた。
七人の魔女の手の平の上には、ご丁寧に司令の頸が乗っかっていた。
「でかしたな。アン。マーナ」
聞き馴染みの男の声が背中に当たる。
「トリストン隊長……」
そっか。
ああ、オレバカ。
常日頃だまされて虐げられて利用されて。もう随分鍛えられて簡単には人を信じないぞとそこそこ自信を持っていたが。
まーた嵌められた。
まー見事だ。あーそー来たか。
成り上がるとはそーゆーコトか、トリストン隊長さん?
前世コソドロ稼業してたオレごとき、アンタの足のつま先の爪の先端にも及ばねーよ。
「万人長にも貴様とアンの力は充分示せれたぜ。これからはバルバル族で楽しくやろーや」
「新しい千人長の下でバルバル族のために役に立ちなさい。七人の魔女の使い手として」
「……もし役に立たなければ?」
「オマエを殺し、別の持ち主にすげ替えるだけよ。魔女を手なずけられる別の誰かにね」
腕の中に抱えていたアンが「スルリ」と抜け出した。
聞き取れない早口で何か叫び、万人長に殴りかかった。
万人長、避けもしない。
何故ならアンが、むこうの木まで逆にブッ飛んだから。手を出したのは万人長付きの七人の魔女。
じゃらんと鎖を鳴らした。
「アンーッ!」
「動くなッ」
万人長の大喝にビクッとしてしまった。
「アレには少々立場を教えなければならない」
◆◆
――オレとアンは光も届かない薄暗い穴の底で横たわっている。
寝たくて寝てるんじゃない。
全身ボロボロで微塵も動かせないのだ。辛うじて息だけしてるに近く、このまま眠りにつけばひょっとすると目覚めはお花畑か雲の上……いや、冗談じゃなく。
――マーナ&アンペアは、万人長&魔女ペアに挑み掛かって返り討ちに遭った。そりゃもうコテンパン。最後は泣いて許しを乞うたが万人長が「止めろ」と命令するまで魔女はアンを殴打し続けた。
あの人形ヤローめ。
「マーナぁ。生きてる?」
「無論だ。こんなんで死んでたまるか」
オレ、こんなに熱血漢だったっけ、悔しくてたまらない。
もうオレは認めていたし、そこそこ確信していた。
オレとアンは最強コンビだと。
「なぁアン。済まねぇな、オレの指揮がヘタクソで」
「……あんなに強い女の子がいるんだね。ゼンゼン歯が立たなかったよー」
アンには残念だとか悔しいって気持ちは湧かないのだろうか、その分がオレの内に移行してるんじゃないだろうか。アンの物言いで益々怒りが募った。
「次はゼッタイ勝たせてやる! あんなガキどもにオマエが負けるわけねェ! これは夢だ。だからもう寝ろ! 明日起きたらまた戦い開始だ」
「夢なんだ? 悪夢かな? 明日は勝てるかな?」
「あの女……名前忘れたが……」
「ステファニーとソンブルだよ」
「よく覚えてるな」
「マーナが忘れっぽいだけだよ」
笑ったつもりが力が出ない。
このまま意識失ったらもうひとりのオレはどうするだろうな。
目が覚めたら知恵しぼってあなぐらから脱獄してやるぜ。
万人長、トリストン隊長、それと七人の魔女。
見てろよー?




