15話 アン以外のドール
◆マーナ(昼顔)
オレは出発前のトリストン隊長の話を思い出した。
◆◆
「――いいか、貴様ら。千人長を殺ると言っても力づくじゃねぇぞ?」
「どう言うイミですかっ、隊長?!」
「そう急くな。いいか、なんせ相手は千人長だ。まともに戦って勝てるか?」
「いいや……それはどうですかね」
トリストン隊長配下の者ども、カオを見合わせる。
それすなわち「自信ない」と言っているのと同じだ。全員一致の見解だ。議論の余地ねぇ。
つーか、オレの記憶だとその意見はさっき出てたよな。
「無謀だってオレら最初に言ってましたよね? やっぱそういうコトなんでしょう?」
オレとアンは大人しく輪に加わっているが、諸先輩方の抗議には強く同感だ。
が、トリストンのヤロー、落ち着き払って煙草を吸い出しやがった。もういいから。その溜めイラつくからヤメてくれ。
「今夜狙うバルバル族千人長は野心家だ。あわよくば上役の万人長に取って代わろうと企んでいる。それとナナギ司令。あの方は万人長と懇意でな。時々顔を合わせている間柄だ」
そう聞き、横の古参兵が顔をしかめて小声で教えてくれた。
「……サントロヴィールの資財をバルバル族に横流ししているのはナナギ司令ってウワサだ。そりゃ大層仲良しになるだろうさ」
隊長が続ける。
「今回、万人長の依頼で、オレらはその野心家の千人長を誅殺する」
「な、なんだって?!」
「万人長は謀って、千人長に命じた。『サントロヴィールの東城門をこじ開けよ』。そしてナナギ司令を紹介した」
「……司令と千人長はどんな話をしたんで?」
「『バルバル族の作戦に手を貸すサントロヴィールの精鋭を連れて来い』と言われた」
「な、なんだって?! じ、じゃあオレらにサントロヴィールの裏切者になれと?!」
「あー待て待て。ちゃんとお終いまで話を聞け。すべて万人長と司令が立てた筋書きだ。――この話を受けて千人長に会えば、労せずしてお近づきになれるだろう? 違うか?」
「そ、それは……まぁ確かに」
「お近づきのシルシに千人長の頸をお土産に頂ければ、そりゃもー願ったりだろう?」
兵士ら、互いに見合って頷く。未だ半信半疑だが。
「後な。千人長は本気で東城門を打ち破る気らしい。万人長を出し抜き、バルバル族の中で入城一番槍を果たして点数稼ぎを目論んでいる。――そこでマーナとアン、貴様らの出番だ」
何なんだ。
イヤな予感しかしねーし。
「アン、千人長の相手をし、貴様の力を見せつけてやれ。マーナ、貴様はアンに逐一的確な指示を行なえ」
ゲホゲホ。顔近づけてしゃべるな。
「――アンをより効果的に働かせるには貴様の手綱さばきが不可欠だ。この2日間でよーく分かった」
営倉へ旅行に出かけていた間、アンを乗りこなそうとしてたのか。ナットクだぜ。
オレの存在価値がそれか。さんざ人をコケにしといてそれか。まぁ精々彼女の尻をひっぱたく事にしますよ、アンタのご期待に応えてね。
◆◆
――――!
女千人長が血の海に沈んだ。
あれほどの猛者が、一撃で――!
所期の目的は達したものの、予想していた展開では無かった。このまま推移すれば、オレたち30人の烏合の衆では百戦錬磨の女千人長は倒せなかっただろう。
だがアンなら。
彼女ならもしかすると互角の勝負に持ち込めるかもしれない。そして隙を衝き、オレたちの中の誰かが横槍を刺せば……。
ところが事態は急転し、万人長自らがお出ましになり、その所有物たる七人の魔女が一刀の下に女千人長を屠った。
衆目からすれば、突如現れた雲上の同志が自分たちの上司を目の前で成敗したのである。何が起こったのか理解が追いつかぬはず。驚きと動揺、そして身に覚えのない罪の連座を怖れただろう。実際、場か一時騒然とし、うち一人の恐慌の悲鳴が大きな悲鳴の連呼へと移行した。
「静まれい! 勇士どもッ!!」
一喝したのは無論万人長だ。
その小さな身体から耳を割りそうな怒号をどのように起こさせたのか。恥ずべきオレは全身をすくませ「わッ」とちびりかけた。
おかげで瞬間的に静寂の暗がりが戻った。
「貴様らたちは千人長自らが処刑人を務めた公開処刑の目撃者だ。だか千人長は判断の甘さから不覚を取り処刑人から一太刀浴びてしまった。――そうだな?」
おや?
今なんつった?
「もう一度言おう。千人長は不名誉にも、罪人と相討ちを遂げた」
――万人長の言葉が終わったとき、彼女の七人の魔女が動いた。
ジャラリ……と鎖がすれた音が鳴ったと思ったら。
「う、う、うわあぁぁぁ――!」
サントロヴィール兵士、捕虜の同胞らが地に伏していた。全員、首元に深手の傷を受けており既に絶命している。
「さ、30人……だぞ……そ、それを一瞬で……!?」
七人の魔女がオレの頸を掻く寸前で静止していた。アンに妨害されていた。