14話 万人長とドール
◆マーナ(昼顔)
「フーン。なかなかに重いパンチであるな」
女千人長、ぬぐった口からの血を観察して独白した。
「ガキ。オマエはその……小僧の、いーや、小娘の何なのだ?」
「小娘じゃない。マーナだ」
「マーナとやらの何なのだ?」
即答するアン。
「友だちだ」
「ほぉ。友だち……」
口の中で反芻した千人長、小さく頷いた。
「……どれ。もう少し試してみようか……」
言い切らないうちにアンの頭上に斬撃が伸びた。
アン、それを避けずに千人長の懐に潜った。
「なにィ?!」
腹部に痛烈な一撃を受ける千人長、数歩退きざま、大ナタを横に払い。
しゃがんだアンはそのナタの柄を「グイ」と引き掴み、そのまま力仕合いとなった。
今しがた浴びた痛打で本来の怪力が出ないのか、千人長の方が先に土俵を降りナタを手放す。手に残ったナタを惜しげもなく返すアン。
遠慮なく一旦奪われた武器を拾い上げた女千人長は「ふ」と苦笑し、再突進を図った。しかしもはや勝負はあった。突風の如き連打を幾ら繰り出そうと、アンに只の一撃も喰らわすことができなかった。女の息が上がったところで両者の動きが止まった。
「わかった、充分だ。もうこれ以上試す必要も無い」
――と、独白女の殺気。
それを向けた相手はアンではなく、――お、オレ?!
女がペロ……舌を覗かせたと思ったのは一瞬。気のせいか?!
理由はいざ知らず、攻撃の矛先が転じたと敏感に察知した。オレはとにかく女から遠のいた。――それなのに、殺気が瞬時に追いついた。
「うわああッ?!」
「ふふ。お嬢ちゃん、悪いね。あの人形、引き取ってあげるからね」
女千人長の指がオレの頬に這った。
バルバル族ギャラリー席の一角でどよめきが起こる。
我らが千人長さまが形勢を巻き返したから……というわけではなさそうだった。それは彼女が急停止して直立不動の姿勢をとったことで見て取れた。明らかに潮が変わった。
「何事かしら、千人長」
オレの真横で茫洋な問い掛けがなされた。
「うっわ!」
――誰だッ?!
思わずビビったが、見たところ声の主はオレと変わらん少女だった。地味めな灰色のクロスアーマーを着ているが、髪は相対して神々しいほどのブラチナブロンドをなびかせている。それが、どことなくおっとりした瞳で千人長を眺めている。……で誰だ?
「……は。万人長。これはほんの座興です」
ば、万人長?
万人長……だと?! こ、こんなガキがか?!
「座興? 弱っちい奴隷どもをイジメての座興か。千人長程度の貴様らしいゲスゲームですね」
「……クッ」
アンがオレの盾になってくれるように間に立った。
「へえぇ。七人の魔女ってわけ。この子以外のお人形さん、初めて見たわ」
手をかざした先に新手の少女。――首輪をつけ、鎖でつながれたこの子らしき子が突っ立っていた。シルクの薄着から青白い肌を覗かせている。
……いつからそこにいたんだ? などと聞くのも恐ろしい。人形と例えられたワケがひしひしと伝わる。なんせ表情が無い。眼は閉じられたままだし。
万人長を称する少女が、年上の千人長の顎を掴んだ。
「だいたい読めましたよ。さしずめこの頼りなさげな小娘を殺して自分が七人の魔女に取って代わって持ち主になり、わたしと張り合おうとした。そんなところでしょ?」
「わ、悪いですか?」
「あー悪いですねぇ」
女千人長、カオに朱を注ぎ、
「立志する者が高みを目指すのに、何のためらいがあろうか!」
「七人の魔女を使いこなすのは、あなたにはムリだ。なぜなら、あなたはおばさんだから」
「なっ?!」
「欲まみれの年増さん。今の身分が天井ですよ。男も金も別に不自由してないでしょう? それともまだ下剋上を夢見ているの? 愚かね。だからあなた、上からも、下からも、みんなから嫌われているのよ? 分をわきまえなさい」
ドヨドヨ……と会場の空気が淀んだ。女千人長のヤツ、万座の中でこれでもかと恥辱を受けている。同情してやろうにも、そんな義理はない。
「幾ら万人長でもあんまりです。前言撤回してください」
「撤回? ナゼ? わたしはあなたに説教しているのよ? 指導に撤回はあり得ないじゃない?」
「……もういい加減に――!」
「ごめんなさい。メンドーくさくなっちゃった」
女千人長の上半身が、下半身から滑り落ちた。




