プロローグ
新作です。より多くの方に読んでもらいたいです。
「ふあぁ。……どーしたの、マーナ。ハーハー息が荒いよ?」
間の抜けたアンの欠伸。
せっかく被せてやった鉄兜を「重い」の一言で打ち捨ててしまい、戦場だと言うのに呑気にウトウトしていた小娘がようやく目覚めての第一声……それがこれだ。
古い地下水道から、20人ばかりの少年兵が一丸となって敵中深くに侵入できたものの、肝心の指揮を執るはずの大人が何処かに消えてしまった。
進退の決断に窮したまま、既に半日が経過していた。
この異常かつ切迫した状況下で、トボけた言葉を交わすゆとりなんて、無い。
「伏せろ、アン」
あろうことか、立ち上がろうとするコイツのアタマをムリヤリ抑えつけてやるのが、今構ってやれる精一杯だ。
何とか、自分の置かれた状況を察したアンは、素直にオレに倣って再び腹這いになった。大人しく前方を見詰めだしたのは彼女なりに戦闘本能を研ぎ澄まし始めた証拠だろう。
その手に魔法棒を握らせた。要らないと首を振ったが「持ってろ」と再度言い聞かせた。
周りの子たちはよく訓練されているものの所詮、街の浮浪孤児の寄せ集め。
統制など取れるはずもなく、しびれを切らせた勝気な者らと、その反対に人一倍憶病な者たちの混成、足して10人ほどが、とうとう地上から這い出し、敵陣に先制を仕掛けた。
「や、やりやがった!」
仲間の半数が、ついに行動に出たのだ。
オレはその点、勇気と無謀は違うぞと己を戒めていて(本当はビビっているだけだが)、そいつらを止めもしない代わりに、援護しようとも、後に続こうともしなかった。
「マーナ。わたしたちは攻めないの?」
「バカッ。タイミングを間違えたら、汚い泥の中に肉片を散らすだけだろ」
「でもマーナ。手柄を立てないと、いつまで経っても内街に入れてもらえないよ?」
分かり切った理屈を素朴な質問でぶつけて来るアンを、オレはキリキリした眼で睨みつけ、先行部隊の様子に五感をフル動員で注視した。
周囲の(オレらを含めた)居残りたちは、一様にその場で縮こまっている。
旧式の先込筒銃を構え息を殺す時間の、何と長い事か。臭くて暗い地下のあなぐらの入り口で、芯から震えながら耳をそばだてて堪えている恐怖心の、何と辛い事か。
やがて地上で銃声と刃のぶつかり合う金属音が起こり、それはすぐに止み、下卑た哄笑と幼い悲鳴が聞こえだした。
「またか……やっぱりだ。――アン、行くぞ」
彼女の手を引っ張り、他の子が一目散に逃げ散っていく方向と正反対、つまり今しがた先行隊の10人が突入した敵のいる地上へ、オレは向かった。
ただ、飛び出した先行隊とはまた違う出口から身をを出したオレらは、わき目もふらずまっすぐ紅色のテントを目指した。
汗と淫靡な匂いの混じる寝床にためらいなく数発の弾を撃ち込み、鮮赤に染まった厚手の布を引き剥がした。眼を剥いた男女の、全裸死体が転がっていた。
オレは粛々と女の方の首を持参のナタで斬り落とし、アンが腰にぶら下げている袋に放り込んだ。
「アン。オマエが鉄兜を捨てた場所にオレをオンブして走れ」
「あーい」
道すがら、戦友だった子供らの末路に手を合わせた。
残酷に首を落とされる者、女の子だとバレて乱暴される者、悪ふざけした蛮族共に袋叩きにされている者……。
「チッ」
背後から馬数頭が追って来た。
「脚力を上げろ、アン」
「あーい」
速度を上げたアンと馬の距離がグングン開いた。怒号と共に銃弾が飛来したが、左右にかわすアンに翻弄されムダうちに終わった。鉄兜の落ちていた付近に井戸があり、オレらはそこに飛び込んだ。
こうして今日も生き延びた。
出だしのうちは日を置かず投稿し、数話後に週一くらいのペースの投稿にしていきます。