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12 キミとともに

 俺は緊張のあまり身体が強ばっていたが、セレブロは妙にリラックスしていた。


「しかしわたくしたち、いつまで経っても消えませんね?」


「あ、ああ、死ぬ直前ってのはそういうものらしいぞ。時間がとても長く感じるらしい」


「へぇ、そうなのですね! さすがはミカエル様! 勉強になります!」


「だからヒマつぶしのために、しりとりでもするか?」


「えっ? 死ぬ間際なのに、しりとり、ですか……?」


「い、いいじゃないか! 俺、実を言うとしりとりが趣味だったんだよ!」


「そうだったのですね! 実はわたくしもしりとりは得意なのです!

 ひとりでいるときに、ずっとひとりでしりとりをしておりましたから!」


「そうなのか? それじゃセレブロからスタートだ!」


 するとセレブロは、ウンウンとかわいい声で唸りはじめる。

 最初の単語なのだからなんでもいいはずなのだが、どうやら思惑があるようだった。


 頭上には、『すごい言葉を出せば、ミカエル様もわたくしをお好きになってくださるかも……!?』と浮かび上がっている。

 やがてその文字が、ピコーンと光ったかと思うと、


「いきますよ! 『みかん』!」


 セレブロは知ったばかりの知識を披露する幼い子供のように、急ききって言葉を続ける。


「『みかん』ってご存じですか!? 果物っていう木の実の一種で、甘酸っぱくてとっても美味しいらしいですよ!

 あっ、よく考えたら、ミカエル様と『みかん』ってなんだか似てますね!」


 この期に及んで突っ込みどころ満載な天然ボケをかましてくれるセレブロ。

 しかし俺としりとりができるのが嬉しいのか、まわりのことなどぜんぜん目に入っていない。


 空を見上げると、風穴の出口まであと数百メートルというところまで来ていた。

 しかし、ここで新たなる問題が発生。


「なんだかまわりが明るくなってきましたね? いったいなにが……?」


 空から降り注ぐ光が強くなり、あたりを見回そうとするセレブロ。


 俺はすかさず彼女の後頭部と腰に両手を回し、ガッと押さえつけた。

 頭を胸に押し込めるようにして抱きすくめる。


「そ、そろそろ天国に行くんだよ! まぶしくなるから、こうしてなさい!」


「えっ、わたくしたちは魔王なのに、天国にいくのですか?」


「そうだよ! いいことをいっぱいしたからね!」


「そうなのですね! うわぁ、楽しみです!

 わたくし、天使さんといちどお話してみたかったんです!」


 頭上に『わくわく』と文字を浮かべているセレブロ。

 彼女は人を疑うことを知らない子なのではないかと思っていたが、まさかここまでとは。


 でも今はそれが有り難かった。

 おかげで俺たちの身体はついに、『竜の堕とし子』から地上へと出る。


 空は雲ひとつない青空で、真上にはさんさんと輝く太陽。

 人工的な円錐状の大穴のまわりは、光あふれる草原だった。


 風が吹くたび、草たちはツヤとともに揺れる。

 みずみずしい匂いが、俺たちの間を抜けていった。


「おや? なにか匂いがしてきました。これは、草の匂い……?」


「い、いや! これは俺のワキの臭いだ!」


「そうなのですか!? わたくし、この匂い大好きなんです!」


 積極的にワキ臭を嗅ぎにいくセレブロをよそに、俺は思案する。


 どうやって、草原まで飛び移ろう……!?


 セレブロは無意識のうちにここまで上昇してきたが、水平移動はほとんどしていない。

 最後の最後でタネ明かしをしてがんばってもらうという手もあるが、それは最後の最後の最後の手段にしたい。


 代替案はすぐに出た。


 俺が、セレブロの腰に巻き付けたままのロープの存在に気付いたからだ。

 そっと彼女の腰からロープを外すと、投げ縄にして振り回し、穴の縁から飛び出ている岩に引っかけた。


 ゆっくりとたぐり寄せると、俺たちの身体は岩に結び付けられた凧のように移動する。

 最後はバレるのもいとわず、思いっきりロープを引き寄せ、身体ごと草原めがけてダイブした。


「えっ!? きゃあああーーーーーーーーーーーーーっ!?」


 風に流れるセレブロの悲鳴。

 ケガだけはさせないように、しっかりと抱きしめたまま大地を転がる。


 そして……。

 俺たちはついに、地上へと舞い戻ったっ……!


 手を繋いだまま、草原に大の字に寝っ転がる俺とセレブロ。

 セレブロはウットリしていた。


「きれい……ここが天国というものなのですね……」


「いや、ここは天国じゃない。地上だ」


 「えっ?」と身体を起こすセレブロ。

 そう躾けられているのか、きちんと足を揃えて座り直していた。


「天国でないのでしたら、こちらはどちらなのでしょう?」


「地上だよ。俺たちは『竜の堕とし子』から脱出したんだよ」


「えっ……? どのようにして、ですか……?」


 キツネにつままれたような表情のセレブロ

 その背中には、蝶のような羽根がゆっくりとはためている。


 本気で気付いていないようだったので、指さして教えてやると、


「えっ!? えっ!? えっ!? えええ~~~~っ!?

 は、羽根が生えてますぅぅぅぅ~~~~っ!?!?」


 セレブロは目を白黒させて悶絶していた。 


「これもお前が、俺との『愛』に目覚めてくれたおかげだよ。

 そしてお前は今も、この俺に愛を与えてくれているんだろう」


 セレブロは白黒させたり赤くなったりと大忙し。


「ど……どうして、おわかりになるのですか?」


「だって、俺のレベルは0のままだ」


-------------------


ミカエル・イネプト

 LV 0

 HP 1

 MP 1


 ●ルシファー

   ビギニング

    アブソーブ


   ブレイン

    マインドリーダー

    NEW:ブレインクラッシュ


   ロストパワー

    シャドースライム、キャノタウロス、イフリート、フローズン、女帝蜂、ブレイン・イーター、ゴブリン


 ●光速レベルアップ


-------------------


 俺は「さて、と……」と立ち上がり、大きく伸びをした。


「それじゃ、そろそろ行くとするか」


「えっ? どちらに行かれるのですか?」


「そんなの決まってるだろ。封印されたキミを、助けにいくのさ」


「わたくしを、ですか……?」


 セレブロは目を丸くする。


「そうだ。俺は、キミと結婚したい」


「きゃうっ!? なっ!? ななっ、いきなり、なにをおっしゃるのですか!?」


 両手をふりまわしてわたわたするセレブロ。

 それはパニックに陥ったときの彼女のクセだが、今は羽根のばっさばっさした動きも加わっている。


「できれば今すぐプロポーズしたいところなんだが、それは本当のキミにすべきだと思ったんだ。

 だから封印されたキミが揃うまで、プロポーズはおあずけだ」


 俺は座り込んだままの彼女に、手を差し伸べる。


「俺はいま、レベル0という最悪の状況だ。堕ちる前より酷くなっちまった。

 しかし気分は最高なんだ。

 だってキミがいれば、俺はまたレベル10000に……。

 いや、それ以上にだってなれる気がするから。

 この力で、キミの真の姿も取り戻してみせる。

 だから……この俺に、ついてきてくれないか?」


 彼女の返事は、強く吹いた風によってかき消された。

 しかし、聞き返す必要なんてない。


 だって返事以上のものが、青い空に白い雲のように浮かび上がっていたから。


『もちろん、喜んで……!

 これからもずっと、ずっとずっと……!

 ずっとずっとずっと、ずぅぅぅぅぅ~~~~~~っとおそばにいさせてくださいっ!!』

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