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第一章 第四話

 賑やかな夕食からしばらくの後。

 一間に敷かれた布団の中ですっかり寝入った様子の真琴と春。

 そんな二人を見届けて、夏野は奥にある照賢の部屋を訪れた。


「熟睡です。夜中から歩き通しだそうだから、無理も無い」


 肩をすくめてそう言って、照賢の目の前に腰を下ろした。

 苦笑を浮かべて頷いた照賢は、茶の入った湯呑を夏野に差し出す。

 軽く頭を下げて湯呑を受け取る夏野。

 互いに言葉も無く静寂が続いた末に、照賢がそっと問いかけた。


「今回も任務の途中なのでしょう? 足枷になると分かっていながら人助けとは……世話焼きも結構ですが、本当に大丈夫なのですか?」

「この先で近く戦があります。その視察と報告を命じられておりますが、もともと那央(なお)と落ち合う予定だったので何とかなるでしょう。……いや、だって照賢様。あの状況なら、俺じゃなくても放っておけませんって。たまたま二人を拾ったのが俺だっただけなんですよ」


 夏野は二人との出会いについて照賢に説明した。

 彼は夏野の事情を知った上で助力してくれる、貴重な味方であった。


 夏野の話を聞き終えた照賢は、表情を変えることなく口を開く。


「あの山中には古くから神への信仰が非常に篤い民が暮らしている、という噂は聞いたことがありますが……それは本当だったのですね。そして今、その閉ざされた村で異変が起きている、と」

「ええ。詳細が分かりませんが、本当の巫女だという“真白”が消えたのは確かだと思います」

「無論。でなくば、あの少年……春が社を出てくる必要も無かったでしょう」


 夏野はじっと照賢を見つめた。


「やはり春は」

「彼の気配は、波があるものの間違いなく人外のもの。しかし悪しきものではあり得ません。社にいたということとあの幼さからすると眷属……社の神使なのではないかと思います」

「眷属……ですか」

 

 繰り返して呟く夏野。

 驚くより先に、出会った時から感じていた違和感に合点がいった。


「人が立ち入らぬ程奥深い山中にある村からたった数刻で、しかもあんな子供の足で俺がいた場所まで辿り着くなどおかしいと思っていました。その程度の近さにある村ならば、とっくに踏み荒らされていて当然です。春が何かしらの力を使ったのだと思います。……ただ、真琴はその不思議さにも気づいていないようでした。彼女は春の正体を知らないのかもしれません」

「どうでしょう。直接確認してみますか?」

「……?」


 照賢が襖の向こう、廊下に向かって声を掛ける。


「隠れる必要などございませんよ。どうぞお入りください、春様」


 夏野が振り返ると襖が開き、暗い廊下から春が姿を見せた。

 そして非常に不満そうに不貞腐れた様子で、襖のすぐ傍に正座をした。


 一方の夏野は驚きの眼差しで春を見つめていた。 

 生業上、人の気配を察知する能力にある程度の自信は持っている。

 だがそんな夏野でさえ、春の気配は全く感じ取れなかった。

 その気になれば、彼は人間には全く気取られずに行動できるということなのだろう。

 もっともその力も、照賢のように人外の気配を感じられる者の前では形無しのようだが。


「春、でいい。あんた達の言う通り、真琴は僕の正体を知らない。本当に僕をただの神官見習いだと信じているんだ。だから真琴の前で気づかれるような態度はとるな」

「では、失礼を承知で春とお呼びします。あなたは眷属ということで間違いありませんか?」


 照賢の問いかけに、春は無言で頷いた。


「真琴と共に真白を探すため、お社を出られたのですね?」

「…………そうだ」


 随分長い沈黙のあと、小さく呟いた春。

 その色白な顔が何故かとても心細そうに見え、夏野は思わず春の方に身を乗り出した。

 そしてその頭に手を伸ばし、柔らかい髪を撫でた。


「何するんだよ! 触るなって言っただろう!」

「いや、寂しいのかと思ってだな」

「……寂しくなんか無い! 無いから触るな!」

「分かった分かった。俺が悪かったよ」


 食事の時と同じような光景に、照賢は苦笑した。

 敬うべき眷属である以前に、夏野にとっては春は“子供”だと言うことなのだろう。

 

 この夏野の鷹揚さこそが、照賢が彼の任務を知ってもなお彼を受け入れる所以であった。

 本来ならば国同士の争いの火種になるような厄介事を村に持ち込んで欲しくはない。

 だが、それを上回る夏野の人柄に負けたと言うべきか、彼を信じたと言うべきか。

 数年前に初めてこの村にやって来た夏野は、まるで前日までこの村に住んでいたかのように村に馴染み、民を味方につけた。

 彼らは今も夏野の正体を知らないが、例え知ったとしても夏野への態度はきっと変わらないだろう。

 そう思わせる、不思議な才を持った男であった。


 そして今、照賢の眼前で夏野を押しのけようとする春も、見事に彼の調子に巻き込まれているように見えるのだ。


「お社から逃げる時、お前が何かしたのか?」

「少し空間を曲げただけだよ。ずっと社に閉じ込められてまともに駆け回ったことも無いような真琴の足では、逃げ切れないのは明らかだったから」

「随分簡単に言うんだな。まるで俺にも出来そうな気軽さだ」

「人の感覚で考えるな。……それより、そっちこそ僕達に隠し事をしてるじゃないか。任務って何? あんたは一体何者なんだよ?」


 つまり春は初めから夏野たちの話を聞いていたということだ。

 この期に及んで嘘をつく必要も無い、そう思って夏野は答えた。 

  

「俺は主君から命じられて各国を回り、その国の情報収集を行っている。いわゆる隠密ってやつだ。士官先を探してるっていうのは怪しまれないための方便で、ここの人間はそちらを信じてる。俺の正体を知ってるのは、この村では照賢様だけだ」

「何故隠した」

「隠したわけじゃない。取り立てて言う必要も無いと思っただけだよ。お前だって言ってたじゃないか、真琴を守れる強さがあればいいって」


 春は一瞬言葉に詰まり、悔しそうな顔をした。


「……でも足枷になるんだろう? 僕たちはそうまでしてあんたに助けてもらう義理もない」


 大きくため息をつくと、夏野は今度は春の髪を無造作にかき回した。


「だから、やめろって!」

「言っただろう、使えるものはなんでも使えって。とりあえず俺を駒にしておくことで、得は無くとも損もしないと思うぞ。違うか?」

「…………」

「答えないならこの手は離せないな」

「……違わない。非常に不本意ではあるけれど」

「お、少し素直になったな。それじゃ、ついでにもう少し、お前の知ってることを話さないか? 事情が分かればもう少し打つ手も増えると思うぞ」


 夏野の言葉に、春は顔を背けた。


「今知らなきゃならないことは、あんたは全部知ってるはずだ。とりあえず、それで真琴を守る十分な理由になるだろう。それ以上のことは、この先自分で見つけるんだな。僕はそこまであんたに優しくする気はないから」

「……禅問答か何かか、それは?」

「…………」


黙り込む春に、夏野は照賢と顔を見合わせた。

そして諦めたようにため息をつき立ち上がる。


「分かったよ、今はそれでいい。とりあえず今日はもう寝ろ。さしもの眷属様だって疲れるんだろうからな」


 そうして春の背を押すようにして、照賢の部屋を後にしようとして。

 夏野はふと思い出したように振り返った。 


「照賢様は初めから、春が廊下にいることに気付いていたんですか?」

「いいえ。波があると言ったでしょう? 私が春に気付いたのは途中からです。……もしかすると春の気の不安定さは、お社を出たことに関係あるのかもしれませんね」

「そうなのか?」


 二人に背を向けている春は、振り返らずにほんの僅かに目を伏せた。


「さあね……僕には分からない」

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