序章
お立ち寄りいただきありがとうございます。
まだまだ未熟な文章ですが、お気づきの点など教えていただけると嬉しいです。
時は群雄割拠の戦乱の世。
人が己の生死と向き合う戦が絶えず何処かで起こっている、そんな時代。
険しき山の更に奥に位置するその村は、外界から隔絶されていた。
稀に迷い込む旅人の他には知る者もほとんどおらず、無慈悲な戦に巻き込まれる心配も無い。
武力で支配する英雄の代わりに村人は神を、そして神託を伝える巫女を崇めていた。
***
真琴、と名を呼ばれて顔を上げる。
目の前に立つのは、自分と同じ顔をした巫女装束の少女。
「真白、どうしたの?」
尋ねると困ったように笑う。
真白は優しいから。
だから彼女がこんな顔をするのは良くないことの前触れだと、私は知ってる。
「うん、あのね……私、行かなくちゃいけないんだ」
「行くって、どこに?」
「……真琴には来られない場所、かな」
「え? 何、言ってるの? 置いてかないでよ、真白。私を一人にしないで」
宥めるように真白に抱きしめられる。
ごめんね真琴と、耳元で囁く声。
「私がいなくてもあなたは決して一人じゃない。だから信じる道を進んで……絶対に幸せになって」
そう言うと、真白はそっと体を離して後ずさる。
真白が触れていた部分に熱が残る。
追いかけたいのに、体は何故か動かない。
代わりに急激に意識が遠のいていく。
真白の声が、その姿が、薄れゆく。
「待って、真白!」
真白を行かせては駄目。
それはひどく恐ろしい確信だった。
真白を止めなければいけない。
誰か、助けて-。
***
「っ……!!」
はっとして目が覚めた。
すぐにいつもの夢だと気づき、いつもと同じように絶望する。
布団から上半身を起こすと、暗い室内には自分の荒い呼吸だけが響く。
-まだ、夜中なんだ-
汗ばんだ額を手の甲で拭う。
日毎に眠りが浅くなっているけれど、その原因は考えるまでも無かった。
このお社の神官たちは自分の味方ではない。
自分は真白ではないと告げた時から、自分を見る彼らの視線は一変した。
そこにあるのは明らかな敵意で。
自分には真白のような力など無いのに、彼らの纏う空気が濁っていくのがはっきりと見える気がした。
-逃げないと-
そう思って。そう思う自分に戸惑う。
早く逃げなければ、一体どうなるのだろうか?
分からないけれど、自分の心の奥底が逃げろと叫んでいた。
「…………」
急かされるような感覚に襲われ天井を仰ぎ見た。
手が届かない高さの窓から差し込む月光。
目で追えば、それは狭い一室の戸を照らしていた。
逃げることが出来ないように、この部屋は夜は外から鍵をかけられている。
でも万が一、彼らがそれを忘れていたとしたら。
有り得ない期待を抱き、そっと戸口まで近づく。
そして音を立てぬように、用心深く手をかけた。
「…………」
当然ながらその戸が動くことはない。
項垂れてその手を離しかけた、その時-。
「開けてあげようか?」
「……!!」
呼吸が止まるかと思う程に驚いた。
外側から、まるで見計らうかの様にかけられた声。
けれど大人のものではないその声の主には覚えがあった。
「春?」
「……そうだよ」
春はこのお社の神官見習いだ。真琴より恐らく二つ三つ年少であろう少年。
そして同時に彼は、このお社で唯一自分に対して普通に接してくれる存在でもあった。
「こんな遅い時間にどうしたの? 眠れないの?」
そう尋ねると、呆れたような笑い声が返ってきた。
「人の心配してる場合じゃないだろう? この先もここに留まるつもりならいいけどさ。……もしも逃げるつもりなら、こんな機会は最初で最後かもね」
「だって……」
いきなり逃がしてやるといわれても理解が追い付かないのだ。
もしかして春は神官達に何か言い含められているのではないか。
ここが開いた瞬間に、待ち構えている神官に罰せられるのではないか。
彼らに、自分を断罪する口実を与えてしまうのではないか。
そう疑って、すぐにそんな自分を恥じる。
春は彼らとは違う、そう分かっていたはずなのに。
「で、でも。私を逃がしたのが分かったら春だってきっと……」
「うん、だから条件があるんだ。逃げるのなら、僕を連れて行って欲しい。それなら、ここを開けてあげるよ」
「春も? だって、あなたは神官になるためにここにいるんじゃないの?」
しばらくの間、戸の向こうからの返事は無かった。
堪り兼ねて口を開こうとした時、ようやく声が聞こえた。
だがその声は低く抑えられているのか、随分と聞き取り辛い。
「……がいないお社なんて、僕には何の意味も無い」
「え、何? 今、何て言ったの、春?」
「何にも。……さあ、余計な話をしてる時間は無いよ。どうする、真琴?」
とても重要な決断を迫っているはずなのに、どこか楽しそうな春の声。
その声に促され、迷ったまま俯いて。
そして顔を上げた時には、真琴は覚悟を決めていた。
「分かった……一緒にここから逃げよう。ここを開けて、春」
着物は巫女装束しかなかったが仕方がない。
寝着からそれに着替え、春が鍵を外した戸を開けた。
自分を見つめる春がそこにいた。
その目は言葉よりも確かに、もう後戻りはできないと告げている。
無言で頷けば、小さく笑った春から差し伸べられる手。
その手を掴み、二人で闇の中を走り出した。