神無月の水端
交通事故から三日過ぎた頃。
普段とさして変わりない日常の中、昼休み開始のチャイムとともに購買に向かう。
目当てのコロッケパンが無く、仕方なしに選んだ焼きそばパンとコーヒーを入手し、屋上への階段を上る。
もう片方の手で痛む尻を摩りながら、病室でのやりとりを思い出していた。
あれから勿論の事、深月には会っていない。
他の生徒が数人高い柵に凭れ掛かっているのを歩きながら一瞥し、目的のベンチに到着した。
紅生姜の酸味を感じながら、日に日に冷たくなる風を浴びる。
そろそろバス通にしようかな、等と腹の中で呟き、刺したストローでコーヒーを飲む。
今日はブラックだ。
そんな気分だったからだ。
超能力や予知能力など断じて信じていない。
あの日の交通事故も偶然起こっただけで、深月が予知したとは言い切れない。
たまたま、合致する内容のアドバイスだった、ってだけかもしれない。
苦みと酸味が脳天に抜ける感覚をしっかりと噛みしめ、ベンチに横になった。
だが俺はそれでもいい。
天使だろうが予知能力だろうが、アイツの言葉で俺が救われたのは動かぬ事実だ。
命の恩人――。
返すべき恩義は、信用として返すのが俺なりの処世術だ。
今となってはそれも一人芝居にしかならないだろう。
アイツが「さよなら」と言ったのなら、きっとそれはさよならなのだ。
深月の事は一生忘れない。
そう誓って、浅く突き刺さる日差しに細くなっていた目を完全に閉じた。
…………。
「ナツキサン!!」
六割程夢の世界に沈み込んでいた俺の意識を、聞き覚えのある甲高い声が引っ張り上げた。
眩しさを堪えて目を抉じ開けると、やはり見覚えのある茶髪が俺を見下ろしていた。
「お久しぶりです、夏樹さん。起きてください!」
白いブラウスの上にベージュのカーディガンを羽織り、膝までの黒いフリルスカートに、脹脛を覆う純白のソックス、黒いパンプス。
「お、おま、え、あれ、お」
心慌意乱な俺はコミュ症みたいになってしまった。
言われた通り身体を起こし、ベンチから立ち上がるとさらにおかしな事に気付く。
目の前の此奴の頭は俺の胸くらいの高さまであった。
心なしか顔も大人びた気がする。
「深月、お前、身長一気に伸びてないか」
「久々に恩人に会って言う台詞がそれですか? まったく……私は成長期なんです!」
腕を組み、ほんのり下唇を突き出して俺を見上げる深月。
自分で恩人っていうなよ……。
「どうしてまたここに? さよならだったんじゃ……」
見回すとやはりいつの間にか屋上には誰もいなくなっていた。なんでだ。
「時間がありませんから、とにかくついてきてください!」
言い終わるか終わらないうちに深月はブレザー越しにガチリと俺の二の腕を掴み、女の子とは思えない力で引っ張ってきた。
ビリビリと嫌な予感が迸る。
「あの、深月?」
「なんですか」
歩みを止めぬままぶっきらぼうに返事をする深月に、
「これってもしかして……」
背中に冷や汗が走るのを感じた。
いやあな感じの不気味な笑いをこちらに向け、
「私は、夏樹さんを助ける為にここへ来ました!」
「………………」
――俺は一体、何回死ぬんだよ!!
プロローグはここまでとなり、次頁から本編となります!
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