電波な天使
チビな自称天使に連れられたどり着いたのは階段を下りてすぐの四階空き教室だった。
道中の俺のクレームを悉く無視し、天使とは思えない肩を鳴らした歩き方で誘導し、仕舞いには此処に蹴る様にぶち込みやがった。
ガチリと音がする。ドアにロックをしたようだった。
「なんで鍵するんだよ」
「誰かに聞かれては困るんです! ……とにかく、そこに座ってください」
最前列の席の一つを指差して自称天使が吠えた。
渋々俺が座るのを見届けた女は教師の様に教卓に着いた。
首から上しか見えないそいつはわざとらしい咳払いをしてから、
「それでは、夏樹さん救出大作戦を始めるに当たりまして、いくつか質問があります」
「その前に色々教えてくれよ」
「発言は手を挙げてお願いします」
相当にウザったい。
だが刃向っていてはいくら時間があっても足りなさそうで、しかたなく腕を挙げた。
「ハイ、夏樹君!」
「キミは誰だ?」
「私は天使です」
「いやだからそうじゃなくて! 名前は? 天使にだってそれぞれ名前とかあるだろ」
「それもそうですね……。私はミヅキと言います! 深いに月で深月です。そのまま深月とお呼びください」
「何歳だ?」
「私の個体としての年齢ってことですよね……今は十七歳です」
「は」
口を思いっきり開けてしまった。嘘だろ。
どう見ても十三か十四にしか見えない。ちっせーし。
「もういいですか?」
俺の挙げたままの手に、まるで苦手な食べ物でも見るかのような目を向けている深月。
「それどこの制服だ? なんで他校の生徒が大川高校に居るんだ?」
「制服じゃないです! これは天使の格好です! ですから夏樹君を助けるために……」
「なんだよそれ。意味わかんねえって。大体何だよ天使って? 助けるって、俺誰かに何かされたりするの? 助けないと俺死んじゃうの?」
「そうです。死にます」
憂いを帯びた瞳を向けてくる深月。
「…………」
悪戯にしても気分が悪い。
天使だの助けるだの……電波発言ばかりしやがって。
「からかいたいなら他を当たってくれ。ガキの遊びに付き合う余裕はない」
俺は反駁とともに空き教室を出ようとしたが、
「待ってください! じゃあせめてこれだけは覚えておいてください!」
焦る声の主を睨むため、首だけを回す。
肩をすくめ、より一層小さい深月が沈んだ声で、
「ヤバイ! と思ったら、必ず何かを掴んでください。絶対に掴めるモノがあるはずです。お願い……」
一応それを最後まで聞き届け、俺は舌打ちしながら空き教室を後にした。