いつも南瓜の隣に。
企画のお題「かぼちゃがテーマの、ほっこりするちょっといい話」
あれは、6歳頃だっただろうか。
「どうしてこんなことをしたの?謝りなさい!」
隣に立つ母が烈火の如く怒っている。
目の前には、泣きじゃくる少女。両手で抱えているのは、割れて傷ついた南瓜。
僕が彼女の南瓜を地面に落として、割ってしまったのだ。
大きな南瓜を重そうに運んでいる彼女を何とか助けたくて、半ば奪い取るように無理やり手を貸した。
でも失敗して、手を滑らせ、南瓜は落ちてしまった。
僕は唇をキツく結んで下を向いて、ただ黙っている。
――恥ずかしくて、素直に言えなかった。
不貞腐れているように見えたのだろうか、母はため息をついて「ウチの馬鹿息子がごめんなさいね」と、物言わぬ僕の代わりに謝っていた。
答えたのは、隣でほほ笑んでいた少女の母親だった。
彼女が、ゆっくりと腰を屈ませて僕の肩に手を置く。その感触にビクりと体が震えてしまうがーー
「大丈夫よ。おばさんの手にかかれば、この南瓜だってとっても美味しいケーキに変身しちゃうんだから」
予想もしていなかった言葉に、思わず彼女のアーモンド形の大きな目を見返した。
言葉と声音の通り、優しく包み込むような視線。ほっとする以上に、責められないことが逆に落ち着かなかった。
そして、それよりも気になったのは、肩越しに見える少女の表情。
未だ時折しゃくり上げるものの涙はほとんど止まっていて、名残を見せるように目元が赤く染まっていた。
視線に気づいたのか、南瓜を抱えたまま、伏し目がちの顔をゆっくりと上げる。
目が合う。
少女が、小さく2度頷く。
――僕は息が止まり、慌てて顔を逸らした。経験したことがないほど、顔が熱くなっていた。
その日の午後、僕と母はそろって少女の家へと呼ばれた。
何を話したのか、ほとんど覚えていないが、少女の家で食べた焼きたてのケーキのことは、鮮明に覚えている。
見た目は素朴だが、空気を含んだシフォン生地が口の中でほどけると共に、南瓜の優しい甘みと香りがバターの香ばしい風味と共にじんわり広がり、涙が出そうになる味だった。
その頃には、少女はもうすっかり泣き止んでいて、ケーキを作ったのは母親なのにどこか得意気な表情で笑っていた。
それでもやっぱり、少女の家を出る最後の最後まで。
僕は素直に謝れなかった。
高校2年生。
例年にも増して長く感じた夏の猛暑が遠ざかっていく代わりに、恒例の文化祭に向けて学校全体が熱気を帯びていた。
浮き足立つ生徒たちが騒がしい昼休みの教室で、彼女は大きな目を三日月のように細め、悪戯ぽく口角を上げた笑みでこちらをじっと見つめている。
僕の目の前には、黒いプラスチック製の弁当箱に詰められた手作り弁当。
理由は忘れてしまったが、彼女が突然弁当を作ると言い出し、宣言通り持ってきて渡してきたのだ。
そして僕はちょうど、詰められていたおかずの一つ、南瓜の煮つけを口にしたところだった。
「どう、美味しいでしょ?頑張って作ったんだから、全部食べてよね」
得意げに笑いながら、彼女が言う。
正直、所謂"南瓜の煮つけ"というおかずは少し苦手だった。
あの甘い味付けは白米が進まないし、ホクホク感で口がいっぱいになるとなんだか嚥下しにくいからだ。
でも僕は、弁当箱の中身全てを10分とかからず綺麗に平らげた。それを見た彼女は、本当に嬉しそうに笑顔を咲かせていた。
「まぁまぁ、かな」
僕はそんなようなことをぶっきら棒に言って、さっさと他の友人の元へと走っていった。
走り去る視界の端で、ひらひらと揺れていた彼女の白く細く長い指と、何言か発したように動く薄紅色の唇が、頭に焼き付いて離れなかった。
実のところ、苦手だったはずの南瓜の煮物は、びっくりするほど美味しかった。
カツオ出汁ベースの塩味と僕好みに味付けがされ、食感もしっとりと炊き上げられていて、弁当箱にあった4片は一瞬の内に口の中で解けて消えていった。
彼女の前では早く友人の元に行きたいという素振りで弁当をかきこんでいたが、そうじゃなかった。
本当に美味しかった。そして、飛び上がりたいほど嬉しかった。
――そんな言葉を、あの時の僕は素直に言えなかった。
そして、今。
君はまた、目を細めあの得意気な笑みを浮かべて、食卓の向かい側から僕を見ている。
僕は君が朝食に作ってくれた、南瓜のポタージュスープを口に運ぶ。
丁寧に裏ごしされた南瓜がミルクと溶け合い、一体となって口の中で温かく広がる。
こっくりとした甘さだけでなく、僅かに入っていた黒胡椒の刺激とじっくり炒めた玉葱の香ばしさがアクセントとして舌に残り、すぐに次の匙を掬いたくなる。
「あなたって、昔から本当に南瓜が好きよね」
夢中でポタージュを掬う僕の顔を見て、君はクスクスと笑いながらそう言う。
窓から差し込んだ朝日が、頬杖をついた君の左手の薬指をキラリと煌めかす。
「……あぁ、好きだよ」
違う。昔も今も、南瓜はそんなに好きじゃない。本当に好きなのは――
僕はいつまでたっても、素直になれないままだ。
如何でしょうか。
ほっこりして頂けたのなら、幸いです。
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