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今日も今日とてクマ耳ヨロイ  作者: クマ耳ヨロイ
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第3話 過去に襲われるクマ耳ヨロイ_3

 キツネ耳ヨロイの暴走をなんとか止め、ほっと一息をつこうとしたタイミングで新しい問題が発生してしまった。

 キツネ耳ヨロイへの最後の一撃、そのスキを突かれた攻撃で私の顔のマスクが割れてしまったのだ。

 恐らく今の私の顔はだいぶ凶悪そうな素顔が出てしまっていることだろう。

 素顔を出すのも問題だが、私としては今まで隠し事があったというのがとても後ろめたかった。

「あ、いや、これは、えっと……」

 なにか言い訳をしないと、そう思いながらも上手い言葉が出てこない。

 私がわたわたしていると、アクロさんが無言で近づいてきて、力強く私の両肩を押さえた。

 お、怒られる!?

「「マスク割れとか、卑怯だろ!!」」

「……んぇ?」

 予想外の言葉に思わず変な声出ちゃいましたよ。

「必殺技繰り出してるときに敵の攻撃に当たってマスク割れとか最高かよ!!」

「はぁー!?マジはぁー!?」

 いつの間にかそばに来ていたリントさんも一緒に詰め寄ってきていた。

 なんか、予想と違う反応で困る。

 少し隠し事していたような後ろめたさがあったんだが……

「あー……ちょっとした隠し事だったのですが、怒ったりは?」

「いや、バーチャルな奴らで一つや二つ、設定隠しているやつとかたくさんいるだろうし。なぁ?」

「なんだったら設定なんて後から生えてくるとかあるだろうし、いちいちそんなことで怒ることないって。自分もどんどん姿とか増えたりしてるし」

「あー……」

 なんだかこの世界を生きていると色んなことに寛容になっている気がする。

 素顔を隠していたことも、そこまで気にすることでもなかったのかな……

「お二人とも、ありがとうございます」

「「?」」

 私のお礼の言葉に首を傾げる二人に笑いが漏れてしまうが、まずは解決しないといけないことがある。

 私は倒れているキツネ耳ヨロイの方を向いた。

 自力で起き上がろうとしたのか、うつ伏せだった体勢から仰向けになっていた。

 立ち上がれていないということは、それくらいのダメージを受けているということか。

 我々は安心してキツネ耳ヨロイに近づいた。

「キツネ耳ヨロイ、もうこんなことはやらないと誓いなさい。そうすればこれ以上は……」

「俺を殺せ、クマ耳ヨロイ」

 私の言葉をさえぎったキツネ耳ヨロイの言葉に驚き、詰まってしまった。

 い、いったい何を……

「クマ耳ヨロイ、自身の絶望の力を反転させて放った希望の力。あれは俺の希望の力をも吸収し、凄まじい光となって俺の意識を純粋な気持ちにしてくれた……」

「な、なら何故自分を殺せなど!?」

「己を振り返ったからこそ、だ。戦っている最中にお前を襲った理由を話したが、何よりの原因は別にあった。それは俺がヒーローになれないということだ」

「ヒーローになれない……?」

「俺は、俺たちの魂が執筆していた小説作品の主人公だった。それは襲い掛かる悪を倒し、己の正義を貫くヒーローの話だった。だが、ここに俺が倒すべき悪はいない。悪人がいないんじゃない。俺の正義を語るための悪がいないんだ。何かの拍子で生まれてしまった俺は、自分の背負った役割を演じる生き方しかわからなかった。何もない、何もわからない俺は、魂の近くにいるお前を知った。何か使命を持っているわけでもない、熱い情熱を持っているようにも見えない、それでも楽しく生きているお前を俺はいつの間にか羨ましく思い、憎んでいた」

「キツネ耳ヨロイ……」

「クマ耳ヨロイ、今の俺を残していてもまた憎しみに染まり、お前を襲う。いや、もしかしたら他の誰かを襲う可能性だってある。そうなる前に、俺を殺せ。それが一番だれも悲しまない方法だ」

「そんなこと……」

 私は迷った。

 キツネ耳ヨロイの言ったこと、それは人によっては『そんなもの』と言われることかもしれない。

 だが、なんとなく、わかってしまうのだ。

 羨ましいという想い、同時に憎いと思ってしまう気持ちが。

 それに対しての自分の答えは出ている。

 でも、それがキツネ耳ヨロイに当てはまることなのか、不安なのだ。

 その答えを言って良いものか……

「おい、ヨロイ殿」

 コツンと頭を突かれ、アクロさんの方を振り向いた。

「こういう時は、正しさって言うよりは自分の思ったことを素直に言うもんだ」

「そうそう。ヨロイさんの持ってるもんをそのまま言えばいいんよ」

 アクロさんは腕を組みながら頷き、リントさんも応援するようにサムズアップを向けてくれた。

 ……この二人、心でも読めるのだろうか。

 でも、すごくありがたかった。

 私は二人に頷き、キツネ耳ヨロイに向き合った。

「私はあなたを殺しません」

「殺せ!そうしなければ、俺は……」

「それが生きるということです」

 キツネ耳ヨロイに話す暇を与えないように、遮った。

 しっかりと、言葉が届くようにはっきりと。

「私が生きてきたこの一年、たった一年ですがたくさんの経験をしました。たくさんの方々に応援してもらい、たくさんの方々に迷惑をかけてきました。相手を傷つけてしまったこと、助けられたかもしれないのに助けられなかったこと。言いだせばキリがないようなことが、たった一年でたくさん。その経験の中の判断が正しかったか、間違っていたかなんて今でもわかりません。それは、本当に幸福に生きようと、生き抜いた最後に判断するものだと、私は思います。だから……」

 私はキツネ耳ヨロイの手を取った。

 力なく地に垂れていた手を、力強く握りしめた。

「生きなさい。あなたの求めた生き方が、本当に出来ないものなのか生き続けて証明しなさい。もしあなたの求めた生き方が出来ないのであれば、本当の死に場所でそれがわかります」

「……無茶苦茶なことを言う。己の考えが誤りかどうか、わざわざ苦しんで生き抜いて、その最後に判断しろというのか」

「あなたがゆだねた生殺与奪の権利を、私は行使しただけです。結局は生きるも死ぬも、自分の判断次第なんですから」

「そういうこった」

 アクロさん達が私の左右からキツネ耳ヨロイを覗き込む。

「好きも嫌いも、やるもやらないも、生きてて考える頭があるなら自分で判断すればいいんだよ」

「そうそう。やってみてダメだったら、手段を変えるとか色々考え方もあるしね」

「ですね」

 言いたいことは言った。

 しっかり伝わったかはわからないけれど、これ以上ごちゃごちゃ言っても蛇足になってしまうだろう。

 私はアクロさんに頼んで、元の場所に戻る門を開いてもらった。

 二人には先に門に入ったので私も入ろうとしたが、最後にキツネ耳ヨロイの方を振り返った。

 彼は仰向けのまま、まっすぐ空を見ていた。

「これからどうするか、あとは自分で考えてみてください。我々にはその時間があるのですから」

 何か言いたいと思ってしまった私は、それだけを言って門の中に入った。




「そんなこともあったなあ……」

 動物園のベンチに座って、昔を思い出していた。

 ベンチ前の檻の中にいるキツネを見て、あの頃のことをふと思い出してしまったのだろうか。

 あれから、キツネ耳ヨロイがどうなったのかは私は知らない。

 連絡する手段もないし、目撃情報もない。

 まだ生きているのかもわからない。

 楽観的かもしれないが、まだ生きてるんじゃないかなあと、私は思っている。

 あの出来事から二年以上が経過し、また色んなことがあった。

 常に新しい出会いと別れの繰り返し。

 有名でも無名でも、それは変わらない。

 バーチャルとして生まれ、今も生き続けている人もいれば、バーチャルという世界から去った人もいる。

 それでも、生き続けている。きっと元気に。

「私も頑張って生きないとなあ……」

 あの頃でも多少はあった熱意はどこへやら。

 すっかり怠惰な性格になった私はベンチの背もたれに寄りかかって空を見上げた。

 青い空の中を適度に白い雲が流れていく。

 悩んでいても、悔やんでいても、流れる雲は流れていく。

「……帰るか」

 なんとなく暇つぶしできた動物園だったが、やっぱり家で寝ている方が幸せな気がする。

 私はベンチから立ち上がり、動物園から去ろうとした。

 ただ、なんとなくもう一度檻の中のキツネを見た。

 私が来た動物園、正確にはバーチャル世界の模造の動物園のため、檻の中の動物は作られたオブジェクトで動いたりはしない。

 檻の中のキツネも、顔をこちらに向けて歩いている姿のモデルがそこに置いてあるに過ぎない。

 そのはずなんだが、あの出来事を思い出した私はそのキツネが私を見つめているように錯覚していた。

 『ちゃんと生きているか』とあの声で聞かれているような、そんな幻聴も聞こえたような。

「……はぁ、耳が痛いこったな」

 今の季節は冬。寒さでセンチメンタルな気持ちになっているんだろう。

 暖かくして、しっかり寝ればまた頑張ろうという気持ちになれるさ。

 生きるのなんて、それで十分。

 今の私はそう思いながら、その場を去ったのだった。


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