TS女子は辛いよ(なのです)
エイムのキャラ造形がブレブレ…
「疲れた…」
ハーシュは体をぐったりと机に突っ伏していた。
「二限の間見なかっただけで随分とバテてるわね…」
「どうしたハーシュ、気疲れか?」
大講堂での剣士科と魔法科の共通授業となり同学年のリデアとカインと再会した形だ。
「まあ…そんなところ…」
「クラスに溶け込めているようで何よりだ」
「ありがと…みんなの順応力の余りの高さに驚きを通り越して気を失いそうだけど…はは…は…」
ハーシュの口の端から虚ろな笑いが溢れる。
時間は少し遡る。
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ポムデリアの脇に立ったハーシュ。否が応でも生徒たちの視線を感じてしまい顔を上げることができなかった。
「…と、いうわけでハーシュくんは悪魔討伐の際に体の性別を反転させられてしまいました」
教室に一瞬『?』が浮かび静寂が時を止めた。
しかし、それもつかの間。
『ええええええええええええええええええええええええええええええええ!?!?!?』
教室中に悲鳴に近い驚きの声が其処彼処で上がる。
「(…変な目で見られる…!)」
ハーシュは恐怖からきゅっと目をつぶった。
しかし、その後にあったのはハーシュの予想だにしない反応だった。
「マジか!?ハーシュ??」
「ハーシュくん可愛すぎ!!」
「ハーシュきゅーん!!」
「…はい?…」
「みなさんお話はまだ途中ですよー!静粛にしてくださーい!」
ポムデリアが教壇を本でぱしぱし叩くとまた静かになった。
「加えてハーシュくんは原因不明ですが、魔法が使えなくなってしまいました。周りのみんなもよく配慮して助けてあげるようにしてくださいね」
「(…今度こそバカにされる…!)」
『はーーーーーーーーい!!』
まるで遠足前の小学生のような物わかりの良さだった。
「…なんで?」
その後の周りの反応も全てハーシュの予想外のものだった。
「ハーシュ!魔法が使えなくなったんだって!?」
「俺たちが手取り足取り教えてやるよ!!」
「ハーシュ!!」
「ハアアアアアアシュ!!」
「ハーシュたん!!太ももで縊り殺して欲しいお!!」
「ハーシュたん萌えす!!」
「ハーシュ!!」
「ハーシュ!」
「…シュ!!」
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それから今まではみんなの好奇心とよく分からない欲望の的となり授業を受けるどころではなかった。
今は剣士科首席のカインと一応まがりなりにも学園長の妹であるリデアに遠慮する形で少し遠巻きになっているので助かっている。
「全く意味がわからないよ…」
「なんか色々と大変だったみたいね」
リデアはハーシュの労を労うように背中に手を置いた。
「ところで、あそこにいるエイムはどうした??」
カインが指差した先の遠く離れた席ではエイムが負のオーラを垂れ流しうなだれていた。今朝の一幕からずっとあの調子だ。
「さあ…?」
「大方間違ってハーシュに告白したことを後悔してるんでしょ、どーせ」
「聞こえてるぞ!!七光り女あああああああ!!」
エイムはそういうと机から跳ね起きた。
「別に、いいじゃない。元男のクラスメイトに間違って告白したくらい」
「字面にするとえらくカオスだけどね…」
「あ、あれは告白じゃない!ただ親睦を深めようとしてだな…!」
「うっわ、みぐるし」
「あの…別に気にしないでいいからねエイム」
ハーシュはすまなそうに笑顔でそう言った。
「!!…っく!!…ッフン!」
エイムは一瞬惚けたような顔をしたあと我に帰り、そして不機嫌そうにそっぽを向いた。
「??」
その百面相っぷりに今度はハーシュが首をかしげる。
「…こじらせ方が超絶面倒臭いわあいつ…」
リデアがポツリとそう呟いた。ハーシュは不思議そうにリデアの方を見たが、リデアはうんざりしたようにため息をつくばかりだった。
「おっ姉っ様♪」
「うわ!?」
ハーシュに後ろから抱きついてきたのは、魔法科のクラシステリアだった。
「クラ、暑苦しいからハーシュから離れなさいよ」
「いだだだだだ!ちょマジでやばい痛いのですわリデアお姉様!」
リデアは剣士科らしい無駄のない身のこなしでクラシステリアの片手を容赦なく捻り上げた。
クラシステリアの口から悲鳴が上がる。
パッと手を離したリデアをクラシステリアは上目遣いの涙目で訴えるように言った。
「もう…少しくらいいいではありませんか、今朝から人気者の美しいハーシュお姉様の周りからようやく邪魔者がいなくなりましたのに」
「てゆうかクラ元男でも関係ないんだ」
「あら、私のことを同性愛者だと勘違いしておりませんこと?美しいものに性差などございませんのよ、ね、お姉様♪」
美しい…笑いかけられたハーシュは曖昧に笑みを浮かべるほかなかった。
「そういえば、クラシステリアはどんな魔法を使うの?」
「私は偏重型魔術師で血を媒介にした魔術を使いますの」
魔術師の系統は大きく二種類あって偏重型魔術師と属性型魔術師だ。
属性型は支援や攻撃など性能に偏りなく魔法を覚えられるためどちらかといえば汎用性の高い万能型の術師が多い。ハーシュも元々はこちらに属する。
それに比べて偏重型の魔術師はその能力が属性には縛られない代わりに『媒介』を選択する必要がある。
しかし、その媒介の選択と術者の適正を見誤ると術者の将来的に取り返しのつかないことになる可能性があるため絶対数自体が属性型の術者に比べて圧倒的に少なく、その中で使える術者はさらに限られる。
それでも、アレフガルド学園に入学を許可されたということ自体その中でも上位にいる術者であることの証明であった。
「へえ、すごいね。偏重型の人って初めて見た」
「こちらが私の主武器ですの」
クラシステリアが片手をひねると手品のように無数のナイフがトランプを広げるように放射状に広がった。正直心臓に悪い光景だった。
「…ナイフ?」
「この鋭利な先端を見てると…ぞくぞくしませんこと?…」
ナイフの先端を手でなぞるクラシステリアは熱に浮かされたようなうっとりとした表情だった。
それを見てると見てはいけないものを見ているような気がしてくるのはなぜだろう。
「…うん、背筋が寒くなってきた…」
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「はあ」
「魔法科に戻るのがそんなに苦痛か?」
「まあ、いいんだけど…カインが今度労ってよ」
ハーシュはふざけてカインの腰にパンチを入れる。
「善処しよう」
カインはふ、と笑みを浮かべた。釣られてハーシュも悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「じゃ、ちょっとお手洗い行ってから戻るね」
「ああ」
大講堂のトイレに入ろうと角を曲がると床に見慣れないものが目に入った。
「うん?なにこれ…魔法…陣…?」
ハーシュが気が付いた時にはすでに遅かった。
「(体が…動かない!?)」
迂闊だった。魔力がなくなっているため、微弱な魔法陣から発せられる魔力も知覚できなかった。
しかし、それだとしてもこれだけ魔力の隠蔽ができるのは並の術者ではない。
と、同時に背中から複数の足音が聞こえ背筋がざわついた。
「ククク…ハーシュ!」
「お、お前は…!」