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TS magics  作者: 藤原埼玉
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クラ…なんですか?

 おそるおそる寮のロビーから出て行くとまだ日も上りきっていない朝の爽やかな外気に触れた。


(出てきたはいいけど…どこに行こう…?)


 というのもアレフガルド学園は四方を広大な草原に囲まれており、唯一の交通手段である馬車も日に数える程にしか出ない超絶陸の孤島だった。


(…まあ…そこらへんを散歩するぐらいが関の山か…)


 門に向かって歩いて行こうとすると、ふと屋根の丸い近代的なデザインの建物が目に入った。


 アレフガルド学園には、魔法科の専攻によっていくつかの教会があった。専攻によっては信仰によって特定の神との信頼関係を築くことが重要であるためだ。


 もっとも現代の魔法科の生徒にとって宗派というものは、魔法に関する実際的な意味しか持たないものではある。


 アレフガルド学園の剣士科の生徒たちがほぼ無宗教か生家の特定の宗教のみ信奉する所にもそれは表れている。


(日中の教会なら人入りも少ないし…ゆっくりするのにぴったりなんじゃないか?)


 ハーシュは、辺りを軽く伺いながら入り口手前の階段に近づいて行く。


「う…っく…ぐす…」


(!!)


 人の物音に身構えたとほぼ同時にバッチリと目が合ってしまった。


「…え、と…だ、大丈夫…??」


 ハーシュは雰囲気に飲まれつい反射的に声をかけてしまった。軽く流れた冷や汗を人差し指で拭う。


 メガネをかけたカーディガンの似合うゆるふわパーマの女の子だった。


「お姉様…?」


(え)


 そういうなり、女の子はハーシュに身を預けるように抱きついてきた。


「え?あ、あの??」


「遂に見つけました…私のお姉様…」


「はい?」


 甘ったるい匂いと一緒に唇が近づいてきてそれはハーシュの唇を塞ごうと…


「…ってちょちょちょっと待った!?」


 無理やり引き剥がすと、その子は下から見上げるように微笑んだ。


 まだ目尻に雫が溜まっているので、微妙に無下にするのが憚られた。完全に向こうのペースに飲まれている。


「お姉様お顔が真っ赤ですわよ、可愛いわ」


 慌てて頬に手の甲を当てると確かに熱かった。そのことが更にハーシュの動揺に拍車をかける。


「ち、ちが、これは…」


「何が違うんですの?」


(なんか色々とこのままだとまずい!)


「ちょ!ちょっと待って!僕は普通に女の子が好きな…健康的なおと…」


「あら、奇遇ですわ。私も綺麗な女性が大好きですの」


「…あ……?」


「じゃあ、いただきますわね」


 女の子は獰猛な満面の笑顔というなかなかに得難い印象の表情を示すとハーシュの首に思い切り抱きついた。


「な、何を!?」


 かぷ、と音を立てて耳たぶを熱くて柔らかい感触が包み、何が起こっているかも分からずハーシュの頭の中は真っ白になった。


 んふ、と鼻で笑う音が耳のすぐ側で聞こえた後は、ぴちゃぴちゃとした水音がして背中がゾクゾクと…


「え、いや!?ちょ、待っ!!ひっ?!だ、誰か…!!???」


「クラ何してんだこら」


 ゴガン


 女の子の頭蓋からしてはいけない音が鳴り、そのまま少女はずるずるとハーシュの体から雪崩れ落ちた。


 開けた視界に映った物影にハーシュは死ぬほど驚いた。剣士科魔法剣士専攻の親友のリデアだった。カインを含めて三人とも幼い頃からの友である。


「お姉様…違うんですのこれには訳があるんですの…決して浮気などでは……!!こちらは、私の新しいお姉様でして…!!!」


 見ると先ほどのクラと呼ばれた女の子はワタワタと弁解?のようなことをのたまっていた。


「それに私の名前はクラシステリアですのよ、お姉さま。相思相愛の相手にクラとはあんまりではありませんか…?」


クラシステリアはもじもじとした様子でそう言った。


「そんなどこぞの性病みたいな長ったらしい名前いちいち呼んでられないし」


「あふんっ!そんなご無体な…でもそんな傍若無人なお姉さま…素敵ですわ…ハアハア」


 クラシステリアは、膝まずき息を荒げた。


 あ、この子も相当アレだ。と、ハーシュは悟った。


 それにしてもこの身体になってから変な人間にばかり付きまとわれるのはなぜだろう。ハーシュは遠い目で目の前のカオスな現状を傍観した。


「それにあたしが言ってんのは人に告白して振られた直後に見知らぬ誰かとまぐわろうとするあんたの節操のなさだ!断った後少しでも悪いことしたかなって思った私の反省を返せ!!??…ってあなたハーシュ!?」


 ハーシュの顔から血の気が引いた。


「私の新しいお姉様がどうかなさったのですか?」


 パニックの挙句ハーシュがとった行動は…


「…わ、私ハーシュなんて名前ではございませんことよ?」


「…」


「ひ、人違いではなくって?」


「…」


「…」


ハーシュは精一杯しなを作って言った。が、その場の凍った様な空気から明らかな失敗をハーシュは悟った。


「…私が悪かった…」


「謝らないでよ…」


 ハーシュの目からは涙が出てきた。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 二人は教会入り口の階段に腰を下ろしていた。クラシステリアはリデアが適当に追い払った。放置プレイがどうのこうのと目を鈍く怪しく光らせていたがそれはどうでもいい。


「人が心配してたってのに何してんのよ、後輩の女の子とイチャコラしてさ」


「…一体さっきのどこをどう見たらそう見えるのか知りたいよ…」


「カインも心配してたよ、あいつ口には出さないけどさ…」


 リデアはまだまだ言い足りないようでさっきからぶちぶちと独り言のように小言を繰り返していた。


「それにしても可愛くなっちゃってまあ」


 なぜか呆れた、という風にリデアは言ってくる。色々とハーシュにとっては心外この上ない。


「可愛いとか言うな!!」


「意外と満更でもなかったりして?」


「そんなわけあるか?!」


 見るとニヤニヤとした顔でこちらを伺ってくる。完全にからかっている。


 たまったものではない…が、もっともこのくらいの物言いの方が気が楽ではあるのかもしれない。


 自然に人に気を遣わせない。リデアはいつだってそうゆう人間だ。


「こんな格好にされて今更どんな顔してカインに会えばいいやら…情けないよ本当に…」


言いながらふらふらと力が抜けたようにハーシュは俯いた。


「な、泣くなよハーシュ!男…?だろ…?」


「泣いてない!!疑問形にするな!!!」


「とにかく!!」


 リデアは力強くハーシュの細い両肩を掴んだ。少し痛いくらいの強さだった。


「ハーシュにはあたしがついてる。カインだっているんだ。つまらないことで不安になるなよ」


「…どうしてリデアがそんな顔するんだよ…?」


「ハーシュはあたしが守ってやる!」


「?うん?」




「ちゃんと分かってんの??!!…って痛!」


 リデアが声をあげるので、見ると緑の生垣から鋭い木の棒が突き出していた。


「何してんの、ほら貸して」


 ハーシュは呆れたように言うとリデアの怪我をした方の手に両手をかざした。


セレネよ その光持て大地の罅を癒さん』


 しん、とした静寂の後マナの振動により体温が分子レベルで物理的に上昇する。細胞が活性化して治癒反応が起こる。それが治癒魔法である。


 しかし、それが何一つ起こる気配すらない。


「あれ?どうしたの」


 リデアは軽い気持ちで聞いた。見るとハーシュはいつになく強張った表情だった。


「ハーシュ??顔が真っ青だよ??」


「そ…んな…」


 ハーシュはふらりと立ち上がると、全速力で走っていってしまった。


「ハー、シュ??」


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 息を切らして辿り着いたのは、自室だ。


 ハーシュは慌ただしく手近にあったペーパーナイフで手の甲をひっかくと赤い雫がじわりと浮き出てきた。そこに手をかざして祈る思いで唱える。


セレネよ その光持て大地の罅を癒さん』


 何も起こらない。


セレネ…!!セレネよ…!!お、お願いだよ…う、嘘だろ?」


 ペーパーナイフがシャリと音を立てて床に落ちた。と、同時に膝から力が抜けて床に体が滑り落ちる。振動が体を貫いた。全てが遠い世界の出来事のようだった。


「う、そだ……魔法が…使えなくなった…?」

「なんだか青春なのです…少しうらやまなのです」


「まったく、無断外出とは…本来だったら処罰ものだがな」


 そう言うリザイアの横顔は満足そうに笑っていた


「実際に処罰はされるのです?」


「そんな無粋なことはしない。ハーシュくんは心根も強く真面目だがまだ挫折に慣れていない…リデアのように寄り添ってくれる仲間が必要だ」


「学園長…変態の割に意外と弁えてるのですね」


「私だって淑女の端くれだからな」


 そう言うリザイアの手には念写機が握られていた。先ほどのやり取りの一部始終を記録していたものと思われる。


「…前言撤回なのです…」


「ふ…なんとでも言え」

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