夕刻のマダム
「…どうしてダメなんだ?こっちも切迫しているんだ」
「だ、ダメってわけじゃないけど…でも…」
ハーシュが躊躇う素振りを見せると、カインはその時間すら惜しいというように詰め寄る。
「でも、なんだ??」
「さ、流石に…恥ずかしいっていうか…」
ハーシュは朱に染まる頬を隠すように盆を持ち上げた。
「学園で散々先生達にやらされたことだろう、何をいまさら」
「あ、あれは嫌々ながらしてたわけで!!」
「何他人が聞いたら誤解を生みだしそうな会話を繰り広げているのよあんたら」
リデアの方を見ると、リデアは既にフリフリのついたメイド服を着て仁王立ちしていた。
若干その表情には投げやりさがにじみ出ていた。
「恥も外聞もなくていいぞリデア」
「………あんた喧嘩売ってんの?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(その四刻ほど前 夕方)
「夕日が赤いね…」
「ああ…そうだな…そろそろ日暮れだな……」
三人はまだまだ遠めに見える村とそこに並ぶように見える巨大な夕焼けを見るともなく見つめつつ体育すわりで横に並んでいた。
はじまりの村を後にした三人は、オーロラバレーに向かう馬車に乗りこんだ。
そして、たったつい先ほど中途にも関わらず馬車から降りる羽目になった。
路銀がなくなったからである。
それはなぜか?
「そろそろ宿屋探さないとね…お金はないんだけどね……」
ハーシュが自嘲するような笑いを込めてふふっ、と言った。
「リデアがサイフを落とさなければな…」
「悪かったって言ってんでしょうがコンチクショーが!!!!!!!!???????」
リデアが逆切れを始めた。
その時確かに夕日は血のように赤かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
それにしても旅の初めから思わぬポンコツっぷりを発揮しまくっているリデアをどうにか止めるすべはないものだろうか…。
カインはぶつぶつと独り言を口にするリデアを横目に、既に日の落ちた村の中で足早にギルドに向かっていた。
ギルドの看板はすぐに見つかった。幸いまだ明かりはついており、一先ずカインは胸をなでおろした。
ギルドに入ると、冒険者と思しき者たちの喧騒がカイン達を迎えた。見るとここのギルドには夜営業の酒場が併設されているようで、開店前に冒険者達はそこいらで適当に時間をつぶしているようだった。
窓口の不愛想そうな男がこちらをちらりと見て顔を逸らした。カインは構わずそちらへ近づいて行った。
「すぐに報酬が出るような仕事はないだろうか??」
「ああ?!何言ってんだ!もう窓口はしまいだよ。それにもうすぐここは酒場の時間だ」
「そこを何とか頼めないだろうか…これでも腕はそれなりに立つ。力仕事や魔物退治。何でもこなせる」
取りつく島もない男の様子にカインは何とか食いつこうとする。
「しつけえな。もう外は暗いし今はそういった仕事がないんだから仕方ねえだろ…ん??………あすこの娘さん二人はあんたの連れかい?」
男は不安そうにこちらを見ているハーシュと未だに憮然としているリデアを指さした。
「……そうだが…?」
男の意味ありげな視線に何となく警戒心を持ちながらカインは返答した。
「つまりは路銀に困っているってことで仕事内容は問わねえってことでいいか?」
「相違ない」
「ふむ…そうさなあ…したらこいつなんてどうだ??」
男が示したのは一枚の紙。そこには人求ムの文字がデカデカと書いてあった。
「…給仕…?」
「そうだ、しかも宿と三食付きだからちょうどいいだろう??」
カインはその紙に何度か目を通す。
『元気と夢を与える活気のある酒場ポンデケージョで一緒に働きましょう!日当2000ギルから!住み込み部屋あり、三食美味しいまかないつき!契約書不要で即日雇用!』
調子のいい文言の羅列に若干眉をひそめるカインだったが、何よりも住み込みで食事つきで働けるということはありがたかった。カインは少し逡巡したが、背に腹は代えられない。
「ああ…申し分ない。恩に着る」
「話が早くて助かるぜ。それじゃあ詳しい話はそっちで頼む。じゃあ、後でなお嬢ちゃんたち!!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「で……??」
「なんでこんなことになってんの……??」
リデアとハーシュはフリフリのメイド服…とすら呼べないような胸部、臀部、脚部をあからさまに強調した服を着させられて、非難するような目でカインを睨んでいる。
「すまないとは思っている…」
カインは色を失した目をそらして言った。
「うそつけ!!」
「ううっ………!!こんな格好するために冒険しているんじゃないのに…!!」
「あら??どんな格好してもどんなとこでも三人でいれば楽しいって言ってたのは誰かしらねえ??」
「どんな格好してもなんて言ってないよね!!??」
ハーシュは若干涙目になりつつリデアを睨みつけた。
「あら、あなたたち新人?」
話しかけてきたのは、化粧が厚めの女で、こう言っては何だが、少し安めの色気をむんむんと漂わせていた。
「は、はい」
「色々と教えてあげたいところだけど、もうすぐマダムが来るわ。ほら」
「ジュ・テーム!!ごきげんよう私のベイビーちゃんたち!!!!」
『ジュ・テーム!!ママ!!』
「んんー??あらあ!!今日から住み込みで入るってあなたたちのことね!!」
「は、はい」
「はーい」
ハーシュは余りのその圧力に呼吸すら忘れてしまいそうだった。
リデアは、何だこのバケモノはとでも言いたそうな表情だった。
「いいわあ!!とってもグー!!若いってそれだけで妬けちゃうくらい最高のス・パ・イ・ス!!さあ!!先ずは景気づけに挨拶から行くわよ!!準備はいいかしらベイビーたち!!!」
『イエス!!マム!!』
「お帰りなさいませ!!ご主人様!!」
『お帰りなさいませ!!ご主人様!!』
「お帰りなさいませ!!お嬢様!!」
『お帰りなさいませ!!お嬢様!!』
「いいわー!!さあベイビーちゃんたち!!今日も張り切ってご主人様達をもてなすわよー!!」
『イエス!!マーム!!』
「…」
ハーシュとリデアは明らかに場違いな空気を感じながらも、ほかにどうすることも出来ず黙していた。
「あら、あなた!!一体何そこで突っ立てんのよ!!」
マダムの指先には執事服を着たカインがいた。その表情は既にかなり引き気味に引き攣っている。
「いや、オレは…」
「あなたは執事なのよ!!執事!!執事がもてなさいのでどうするの!!はい!!お帰りなさいませお嬢様!!」
「……」
「リ・ピー・ト!!ア・フ・ター!!ミー!!お帰りなさいませお嬢様!!」
「お帰りなさいませ…!!お嬢様…!!」
カインの背中に血がにじむような屈辱が見える気がした。
「ううっ…カイン…なんていたわしい…」
「自業自得でしょ」
カインのその様子を見てよよよと泣き崩れるハーシュとやさぐれたように吐き捨てるリデアがそこにいた。
(つづく)




