柔らかくて程よく手のひらにおさまるのがベストなのです(グッジョブなのです)
窓から薄く朝日が差し込んできていた。
「朝…」
ハーシュはむくりと上体を起き上がらせた。
ハーシュの朝は修行僧のように規則正しくいつも決まった時間に起きて決まった日課をなぞって行く。
朝の体操。洗顔、歯磨き。朝食は大体オーツ麦のシリアルとヨーグルトに決まっている。
そんなハーシュに数日前から新たな日課が追加された。
ぎゅむ
胸の前の双丘を両手で軽く鷲づかむ。そして、股の間にそっと手を添える。
男の体に戻っていないか、という僅かな祈りを込めて行うものだ。
「だよね…はぁ…」
とはいえ、今日も今日とて行動の結果として僅かな失望と罪悪感を感じるだけだった。
さっさと気持ちを切り替えて身支度を整える。
だが、外出はできない。セルシアに禁止されているからだ。
元来生真面目なハーシュはやる事がないと日中はそわそわ落ち着かない気持ちで本を読んだり恐る恐る横になったりしているのだった。
身支度が終わり、することもなく手近にある魔術教本に目を通していると時計が八時を指す少し前に、ノックとともに扉が開いた。
「ハーシュくん、おはようなのです。調子はどうなのです?」
「おはよう、ハーシュくん。調子はどうだ?」
「おはようございま…す」
ハーシュはリザイアを目視すると一瞬たじろいだ。
「…なんで今日はリザイア学園長が一緒なんですか?」
「止めようとはしたのですが、根負けしたのです…」
「生徒一人一人にきちんと目の行き届いた教育を行うのが私のモットーだ。うむ、それにしてもいい匂いがするな、すううはああすううはああ」
「なんで人の部屋で思いっきり深呼吸するんですか!?やめてください!!」
ハーシュは恐怖を感じ両手で自らの体をかばった。
リザイア学園長も最近日中やたら頻繁にわざわざ部屋まで顔を見せにくるのだった。
太ももや胸のあたりにじろじろと怪しい目を向けてくるからハーシュとしてはさっさと帰って欲しい、って言うか仕事しろよと切に願うのだが。
割と鈍いハーシュでもリザイアのアレさにはつとに危険を感じるほどであった。
「さてと、では失礼するのです」
言うなりセルシアは座っているハーシュの目線に合わせるように身を屈めた。
ふにゅん
「ひ!」
「な!?」
セルシアは朝の挨拶代わりとばかりにハーシュの胸を両手で包み込んだ。
「ふむふむなのです」
「な、せ、セルシア…き、貴様…!!」
セルシアは、ぽよぽよと左右に揺すぶったりしてハーシュの双丘をなすがまま弄んでいた。ハーシュとしては胸の前にあるおっぱいという存在にすら馴れないのに他人から触れられるのは言わずもがな。羞恥とくすぐったさで小刻みに体を震わせていた。
「…あ、の、先生?」
「はい、どうしたのです?」
「…前から聞きたかったのですがどうして毎朝胸を触るんですか?」
「ふむ…」
セルシアは無表情のまま、というか基本的にはいつも無表情なのだが、メガネをくいと引き上げた。
「触診なのです」
「今の間はなんですか」
「元来喋るのが不得手で」
「わかりやすい嘘ですね!?第一触るにしてもどうして胸だけなんですかね!?」
「ハーシュくん…私ほどの魔術医師になればおっぱいを触るだけでその人の体調の全てを読み取れるようになるのですよ…」
「なんで女子限定でそんなセクハラまがいの能力を発揮するんですか!?」
「もう、いちいちうるさいのです、おっぱいの一つや二つ減るもんじゃないのです」
「おっぱ…一つや二つ…」
ハーシュはセクハラの定義について小一時間ほど問い質したい気持ちになったが、何を言っても無意味な事が分かったのでとりあえず自分を納得させようとした。
「わ、わかりました…」
「わかればいいのです(ちょろいのです)」
「…なんですか今の心の声は?」
「気のせいなのです」
セルシアはひゅーひゅーと微妙な口笛を鳴らしてみせた。
生徒として普通に接していた時には知らなかったが、こうしてみるとセルシアは意外というかかなり調子がいいにも程があった。
「せ、セルシア…か、変われ!!」
ふと顔を上げると、鬼気迫る蛇のような表情をしたリザイアがいた。
「ひい!?」
「黙るのです。この変態学園長」
「貴様ばかりずるい!ずるいぞ!私にだってハーシュくんのおっぱいを触る権利くらいあるはずだ!」
「そんなのある訳ないじゃないですか!?目を覚ましてくださいリザイア学園長!!ってか目が!目がかなり怖いですよ!!??」
リザイアの眼は欲望の余り混濁している、ように見えた。
「てい」
とす
「あが」
ぱた
…
「それではまた、なのです」
セルシアは手刀で眠らせたリザイアの首根っこを掴んで引きずったまま部屋を後にしようとした。
「ごく自然に去ろうとしないでください!!??」
一連の騒ぎで、へなへなとハーシュの体から力が抜けどっと疲れがこみ上げてきた。
「それで…いつまで先生は僕をこんな風に監禁するつもりですか」
「監禁ではないのです、療養です。全く人聞きの悪い。あれだけ重症を負ったのですから当然なのです」
「でも、こんな風にしてたら魔術の腕が鈍ります!」
ハーシュは切迫した表情で懇願するようにセルシアを見上げた。
「全く、ハーシュくんは何をそんなに焦っているのですか」
「何って…それは…」
「それです」
セルシアは、びっとハーシュの鼻先に指を立ててみせた。
「それを宿題にします。三日間の間にハーシュくんは答えを導き出しておいてください」
それだけ言うと、セルシアはさっさと部屋を後にしようと踵を返した。
「三日って…!?こんな生活あと何日続ければいいんですか!!」
「アレフガルド会長からもハーシュくんの世話係は私と決められているのです。嫌ならきちんと理由を添えて申し立てるのです。まあ、私も潔く降りるつもりなどないですが…」
閉じかけた扉から覗かせるセルシアの、思ったより強い眼光にタジっとしながらハーシュは聞き返した。
「な、なんでですか…?」
「だって、おっp…ハーシュくんのことが心配だから」
「待ってください今何言いかけたんですか」
「それじゃ」
ぱたん
セルシアは逃げるようにさっさと扉を閉めてしまった。
「あああああもうこの学園の人は!!??」
ハーシュはベッドに横に倒れこみジタバタと地団駄を踏んだ。
「環境が変わるから療養って言ってるくせに…自分たちが前よりも一番対応が変わってるじゃないか…!!くそ!!」
ハーシュはひとしきりジタバタしたあと、思いついたようにおそるおそるといった様子で自分の姿を姿見に映してみる。
うなじまで流れる細い銀髪。
白く透明に透き通った肌。
凛として整った輪郭に面立ち。
まだ、信じられない。が、現実としてこの美しい少女が自分自身なのであった。
「細っこいなあ…」
元々細身な体だったが、両手両足に触れてみるとフニフニと如何にも頼りなく触れば折れてしまいそうだ。
ハーシュは喪失感からへなへなとベッドに腰掛けた。
外からは遠く課外クラスの賑やかな声が聞こえた。
学園の寮は、レンガ道の並木を挟んでほぼ学園の隣に位置しているのだから生徒たちの声が聞こえるのも当然のことだ。
だが、それが今日に限っては殊更ハーシュの神経に障った。
「ああ、もう!!」
せめて、外出でもしないことには頭の中が不要な思考がぐるぐると渦巻いてしまい気が狂いそうだった。
だが、新しく当てがわれた部屋には嫌がらせのように女物のファンシーな部屋着しか置いていなかった。
それでも肌触りがいいので見た目度外視で着ているがこんなものを着て外出するなど自分からしたら狂気の沙汰だ。
ましてやアレフガルド学園の魔法科の生徒は禁欲的とすら言えるようなローブが基本だから目立って仕方がない。
「ええい!構うもんか!」
たとえ百歩譲って病人だとしても散歩くらいする。
セルシアへの反骨心も手伝ってハーシュは大胆な気持ちになっていた。
「でも少しでもマシなの選ぼう…」
部屋着の中から比較的ファンシーすぎないものをチョイスした結果。
ベージュのショートパンツに無地のTシャツ、それにパーカー。
パーカーは薄くピンクと水色がかっているが、光の当たり具合によってはなんとか白と言えなくもない。
「これでいいかな…?」
ハーシュは、ドアの隙間から覗き込むように外を見渡した。
誰もいないのを確認するとそっとドアを後ろ手に締めて、学園の方に小走りに歩いていった。
服の描写わからんマン…