胸ならいつでも貸すのです(いやらしい意味はないのです)
ざわ…ざわ…
魔術教員の皆が会議室に一堂に介している。各々皆硬い面持ちでリザイアの言葉を反芻した。
「皆のもの静粛に。今回の件は対応の方針が決まるまでは当然ながら秘匿にするように」
ざわ……ざわわ…
「さてこれからの対応についてだが、先ずは本人の心身のケアを第一に…」
「…はわ…はわわ…」
「静粛にと言っているだろうが!ポムデリア!」
ばしん!
「あいた!…もー痛いですよ!リザイア学園長!」
プリントの束で痛打された頭をさすさすとさすっているのはどう見ても小学生くらいにしか見えない魔術教員の一人ポムデリアだ。
そのあざといルックスから男子生徒と教員の中でマニア向けの人気を博しているのはここだけの話だ。
「もっと緊張感を持てと言っている!ていうかお前はハーシュ君の担当魔術教員だろうが!何をそんなに悠長にしている!」
「だからはわはわ言ってるじゃないですか」
「本当に慌てている人間がそんなこと言うか?!」
「学園長…それで本題の方は…」
「…ああ、それで当分は私がハーシュ君の世話をしようと思う」
魔術教員達の顔に?が三つくらい浮かんだ。
「学園長が…直々にですか?」
「異議ありです、リザイア学園長」
「なんだセルシア、異論は一切認めないが話すことは許可する」
「私はハーシュ君本人の治癒も担当しましたし魔術医師としての臨床経験も豊富なのです。万が一の際にも私が最も適任であることに疑いはないのです」
「却下だ」
「なぜ」
リザイアは意味ありげに深々とため息をついて言った。
「…心遣いには感謝する。だが、私が直々にお世話をすることには変わりはない」
「学園長が直々に…?」
「通常業務はどうするのですか!?それにどうして学園長が?」
「そんなもの…ハーシュ君が可愛いからに決まっているだろうが!」
バン!
…
リザイアが威勢良く机を叩いたのち、間に絶望的なまでの静寂が満ちた。
「…堂々と言い切りやがりましたのです」
「えーそんなに可愛いのハーシュ君!!まあ、確かにもともと可愛かったしなー、見てみたーい!!」
「私は今日という今日こそ学園長権限を振りかざすことに微塵も躊躇はない!!」
「…学園長は職権乱用という言葉をご存知なのですか?」
「なんとでも言うがいい!!可愛いは正義!!正義の前に殉じる私が正義ではなくなんだと言うのか!!」
「変態はさっさとくたばりやがれなのです」
「可愛いハーシュくん見てみたーい!!」
「…」
間では教員達の強張った表情とは裏腹に、リザイア達のかしましい会話が繰り広げられていた。
本当に大丈夫なのかこの学園…
とある男性魔術教員が呟いたその言葉は、多分そこにいた全員の総意であることに間違いはなかっただろう。
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「あ、起きていたのですね。ハーシュ君」
「セルシア先生…」
ちなみにその後の話し合い、と言うか学園の唯一の良心とも言えるリザイアの父アレフガルドの介入などもあり満場一致で学園長の主張は退けられハーシュの世話係はセルシアが選ばれることになった。
リザイアは涙を飲んで会議室を後にしたのだった。割とどうでもいいが。
「今回のことは災難でしたね、複雑な心中をお察しするのです」
「…自分が悪いんです自惚れから自らと相手の力量差も測れずに…あっさりと負けました…」
ハーシュの手がぎゅっとシーツを握りしめる。
「情けなくて…こんなんじゃカイン達に見せる顔が…」
「セルシア先生!!」
医務室のドアが勢いよく開いた。セルシアは咄嗟にハーシュを自らの陰に隠すようにして、ハーシュは溢れかけた涙を拭った。
「ここに悪魔の襲撃を受けて運び込まれた生徒がいるって本当ですか!?」
「カイン君にリデアちゃん。どうしたのです?そんなに息を切らして」
「ハーシュが…ハーシュが三日前からいないんです!!ひょっとしたら…ハーシュが悪魔に!!」
ふと、リデアがベッドの上に佇む人影に目を向けた。
「…ハーシュ?」
リデアの声にカインが反応する。人影を目視すると一目散にベッドの脇に駆け寄った。
「ハーシュか!?」
「や、やめ…」
「ハー…シュ…?」
前よりも小柄で細い体躯。首元まで伸びた髪。
顔つきも女性的なやわらかみを帯び、掴んだ肩の骨格までまるで別人のようだった。
カインは人違いかと一瞬訝ったが、戦士としてのカンからかそれがハーシュであることを確信した。
「…まさか……そんな…」
ハーシュは顔を上げなかった。上げられなかった。恥ずかしさで顔が熱くなり、同時に恐怖で冷や汗が出た。
「…出てって」
「ハー…」
「お願い…」
ハーシュはカインに対して伏し目がちに、懇願するように震える声で言った。
「…ごめんなさいカインくんリデアちゃん、あとでちゃんと説明はするのです。今はそっとしておいてあげて欲しいのです」
「せんせ…!」
リデアは一瞬抗議を示そうとしたが、カインに促され共に医務室を後にした。
「ありがとうございます…す、すいませんこんな姿になっちゃって二人とどう接したらいいかまだよく分からなくて…」
必死になって涙を拭おうとするハーシュの頭の上に、ポンと柔らかい手が置かれた。
「大人の前で無理して笑わないのでいいのですよ」
ハーシュの鼻の奥からツンと何かが込み上げてきた。一言ではとても表せない感情が堰を切って溢れ出す。
「胸なら貸すのです」
温もりに促されるようにハーシュの目から涙がとめどなく溢れて止まらなかった。
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「ねえ、カイン」
「…なんだ」
夕焼けが横から差し込む廊下を二人は友達に対する無力感からか、とぼとぼと寂しく歩いていた。
その沈黙をリデアの声が遮った。
「多分、ハーシュは今すごい辛くて独りぼっちなんだと思うんだ。きっと心に整理をつけるのにたくさん時間がかかるかもだけど…それでもまだあたしたちのこと友達だって認めてくれるなら…」
リデアの声は静かだが、芯のあるよく通る声だ。
「今まで通り…ちゃんと迎えてあげなきゃね、お帰りって」
リデアの横顔は真っ直ぐだった。いつも通りだ。そのことに少しだけ救われる気がした。
「…当たり前だ」
あの時から、いつも通りのことだ。
「必ず連れ戻す。俺たちの仲間として」
自分が誰よりも信じなければ。ハーシュのことを。