お兄さんといっしょ その二
気がついたら前回更新から2ヶ月…
ハーシュの朝は早い。
「いただきます」
ハーシュが皿のオレンジマーマレードを塗ったパンを齧るとサクリと小気味良い音を立てた。
コツン
「ん?」
扉の方からノックの様な音がした気がしてハーシュは扉の前に向かった。が、扉の前からは人の気配も声もしなかった。
「…なんだろ、気のせいかな?」
「気のせいではないぞ、ハーシュ」
「うわああああああ?!」
振り返るとそこにいたのは、天井から逆さまにぶら下がるグラストンだった。
「グッモーニン♪ハーシュ」
〜〜〜〜〜〜
「…どうして、朝から二人して僕の部屋にいるんですか??」
グラストンに引き続きコルゴンも入室したハーシュの部屋の朝はいつもより大分手狭だった。
二人共身体が大きいから部屋が狭くなる…などとブツブツ言いながらもハーシュは二人分の朝食をトレイに乗せて小さなテーブルに置いた。
「ハーシュ、朝からパジャマ姿も可愛いぞ」
「兄さんは朝から気持ち悪いです」
「まぁそう構えるな、私はハーシュの驚く顔が見たかったんだよ」
「驚くというか恐怖を感じましたが!?」
「そんなハーシュも可愛かったぞ、この慌てん坊さんめ!♪」
「ぐっ…!」
ハーシュはギリギリと拳を握り締めた。
「まぁ、その、なんだ。お前もその体になって色々と勝手が違って不便だろうと思ってな…様子見だ」
コルゴンがそう言うとハーシュは渋々と言った様子で矛を収めた。
「そうだ。まぁ堅苦しいことはなしとしよう。久しぶりに家族水入らずというやつだ」
「わかりましたよ…コーヒー入れてきてあげます」
「おっと。ハーシュは座っていろ。コーヒーぐらい私が入れてやろう」
キッチンへ去り際グラストンはコルゴンに目配せをした。時間を稼げという合図だった。コルゴンは気乗りしないながらもそれに応じる。
「…ハーシュ」
「な、なんですか?」
コルゴンは考えてきた事を喋り始めた。
「…いや、なんだ…昨日はすまなかったな」
「コルゴン…兄さん?」
キッチンの方からグラストンが何やらにやつく気配がしたが、コルゴンは内心舌打ちして無視した。
「カインくんの言う通り。お前もいきなりそんな状況になって戸惑いを感じているのだろう」
「…熱でもあるんですか?」
ハーシュがコルゴンの額にそっとやわらかな手の平を当てる。
「や、やめないか!」
コルゴンは慌ててそれを払いのけた。
視線をふとキッチンの方に向けるとグラストンは短い詠唱をすでに終えたところで、ハーシュの背中に向けて光の残滓が線を描くのが見えた。それを見てコルゴンは微かに良心が痛むのを感じる。
「ハーシュ!お前は今は女なんだということをもっと自覚しろ!」
「??…なんでいきなりそんな話になるんですか??」
「むやみやたらに人に触れるような真似をするなと言ってるんだ!」
「むやみやたらに触ってないですよ!熱を測ろうとしただけでどんな不都合があるんですか?」
ハーシュは不思議そうにコルゴンの目を覗き込んでくる。慌てて視線を逸らしグラストンの方を見ると予定通り二つ目の術式の詠唱が完了しようとしていた。
腐って(色々な意味で)も、宮廷魔術師。流石の手際だった。
「ふ、不都合など断じてない!私は一般的な社会常識の話をしているんだ!」
「で、でも、手で熱を測るくらい家族だったら普通じゃないですか?それに兄さんさっきから顔が赤いですよ?」
カカカとグラストンが気に障る笑い声を立てながらコーヒーの載ったトレイを持ってきた。既に詠唱は完了したようだった。
「ハーシュ、あまり余計なことを言って実の兄を追い詰めるのはやめてやれ。コルゴンはハーシュのあまりの可愛さに心配してるのさ」
「…兄さん何言って」
「余計なことを言っているのは貴様だグラストン!?」
「ところで…私もさっきから体の調子が悪くてな…よかったら介抱してくれないか??」
言いながらグラストンはおもむろに上着とシャツをはだけた。
「人の部屋で半裸になるのはやめてください…素直に気持ち悪いです」
「そう硬いことを言うな…さて邪魔するぞハーシュ…ちょ待てコルゴンその手のものは何だ」
「我が宝剣よ…我との義を成し邪を為すを滅せよ…」
詠唱により光の刃がコルゴンの手の中に灯る。濃厚な殺気が部屋中にあっという間に充満した。
「に、ににに、にいさん?」
「コルゴン!?わかったからその手のものを収めろ!!??」
怒り心頭のコルゴンにハーシュは為すすべも無く震えるだけだった。
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「…本当にこんなことまでするのか??」
「今更何を言っている?これはハーシュの未来のためにやっていることなんだ」
廊下を歩きながら二人はひそひそ声で話していた。もっともグラストンはいつも通り朗々とした話し声で特に悪びれるそぶりもない。
「しかし…ものには限度というものがあるだろう…!あんな覗きの様な真似をするのは…!」
先程の術式は今グラストンの懐に入れてある魔導電子盤に連動する形で術式の対象者を監視する仕組みだった。
ハーシュの何の疑いも知らぬ眼差しを思い出すと、コルゴンは良心が傷んだ。
「コルゴン、お前も私も多忙の身だ。まだるっこしいのは無しとしようじゃないか?なあに、私の術式を見破れるような学生などいないさ」
カカカと笑い声を立てるグラストンにそうゆう問題では…と言いかけたコルゴンは代わりに小さなため息を一つついた。
…たしかに目的に対しては手っ取り早いことには違いないだろうが…万が一リザイアなどに見つかったらこの男は一体どうするつもりだろうか?
考え事に耽るコルゴン。
ふとさっきからグラストンがやけに静かになったことに気がついた。
「おい、グラストン?」
「ふふ、ふ、」
「グラストン…何をしている?」
返事がない。コルゴンは嫌な予感がしてグラストンの肩越しに覗き込んだ。
そこに映っていたのは今まさに部屋着から制服に着替えようとしていたハーシュだった。
コルゴンは有無を言わさずグラストンから半ばぶんどるように魔導電子盤を取り上げた。
「何をするコルゴン!?」
「こっちの科白だ!お、お前はハーシュ相手に一体何を考えている!?」
「私はハーシュの成長を確認しようとしただけだが」
「どこの世界に兄妹の発育まで把握しようとする変態がいる!?これは私が持っておく!」
「なんだと!?ずるいぞコルゴン!!独り占めする気か!!この卑劣漢!!」
「五月蝿い!!黙れこの変質者!!」