お兄さんといっしょ
異動やら繁忙期やらで死にかけてました。頑張ります。
「ん…?」
日曜日の子供の如くハーシュの朝は早い。
しかし、そんなハーシュが朝の陽光に目を開くとそこにはずらりと人の顔が並んでいた。
「う、うわあああああああああああああああああああああ!?!?」
ハーシュは驚き壁まで後ずさった。よくよく見るとカインにリデア、クラシステリア、リザイアにセルシア、ポムデリアと皆見知った顔だった。
「な、なんでみんなこの部屋にいるの?」
ハーシュは驚きで跳ねる心臓を落ち着けるように胸に手を当て言った。
「ハーシュ、落ち着いて聞け」
カインはハーシュの肩に手を置くと口を開いた。
「予定より二週間早く、お前の兄がきた」
…
「…うそ、だよね」
「いいや、そう言えたら良かったのだが…」
「おやすみ…」
「待て、逃げるな」
カインはベッドに潜り込もうとするハーシュを手で押し留めた。
「き、きっと夢だと思うんだ…!!」
「現実を見ろハーシュ!!??」
「…ハーシュがここまで嫌がるなんて珍しいわね…」
リデアが若干の畏怖を込めてぽつりと言った。ここまで弟に恐れられる兄とはどんな人物であるのだろうか、と…。
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屋上から望遠鏡で覗くと学園長室ではリザイアと二人の男が話し込んでいた。
真っ青な顔をしたハーシュはカインに無理やり連れてこられていた。
「あれが、長男グラストン・マギ・ベルナルド。宮廷付きの魔法研究所の研究員兼魔術師指南役なのです」
望遠鏡を覗くリデアに対して、セルシアが指差しで伝える。
「…それと、次男コルゴン・マギ・ベルナルド。政府軍の魔術士一個師団を統率する師団長であり軍人なのです」
「ハーシュ、本人達で間違えないか?」
ハーシュが恐る恐る望遠鏡を覗いた。
「ま、間違いない…兄さんたちだ…あああああああどうしよう…」
ハーシュはうずくまり頭を抱えた。
「ハーシュ、気が重いか?」
「…あの二人にこんな姿になって魔法も使えなくなったって知れたらどうなるか…」
ハーシュは珍しく弱気になって嘆いていた。
「それにしても兄と学園長とは知り合いだったのか?」
「うちのお姉ちゃんとは同期なのよ、次男さんの方は二つ下」
うずくまるハーシュに代わりリデアが答えた。
「そうなのです。ついでに言えば私も同期なのです」
「え、そうだったんですか?」
「そうなのです、当時から変わり者のお兄さんでしたね…」
「そ、そうなんですか?」
セルシアにすら変わり者扱いされる先輩とは一体…、とリデアは思った。
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学園長室では、伊達っぽく洒脱な喋り方をするグラストン。それとは対照的に如何にも規律を重んじる軍人らしく背筋を伸ばした喋り方をするコルゴンがリザイアと話していた。
二人とも比較的小柄なハーシュに比べるとたくましい体躯をしている。加えて二人とも父親譲りの美しい金髪だった、総じて人並み以上の容姿である。
「久しぶりだな、リザイア」
「そうだな、コルゴンくんも久しぶりだ。二人とも政府での勤めの方はどうだ?」
「みなが言うほどいいものでもない…内からも外からもいいように使われるばかりだ」
「まあ、コルゴンは堅物だからなぁ。第三隊長の娘に言い寄られたのを無下にしてから肩身が狭い思いをしていると聞いたぞ?『暁の世代』も形無しだな」
「ど、どこからそのことを!余計なことを言うな!」
グラストンとコルゴンが在学していた時代には、リザイア、セルシアを含めて要人・実力者が多く輩出されておりその世代のことは『暁の世代』と呼ばれている。
「それで、ハーシュはどうだ?真面目に励んでいるか?」
肝心のことに踏み込まれて、リザイアは若干目を泳がせて返答した。
「そ、それについてなんだが…実はハーシュくんはここ一ヶ月実地訓練でな…二週間早い来訪でタイミングが合わなかったようだ…」
「なんだと!?」
グラストンはティーカップを叩きつけるように机に置いた。その威勢に部屋にピリリとした驚きと緊張が走る。
「ハーシュに会えないだと…私がこんな僻地にまで足を運んだのはハーシュ分を摂取…ではなくハーシュの勉学の様子見を兼ねてだな!!」
「…本音が漏れてるぞ貴様」
「…兄貴落ち着け」
グラストンが変わり者と称される理由の一つ。
それは重度のブラコンにあった。
「これが落ち着いていられるかコルゴン!?」
「ま、まあ落ち着けグラストン、コルゴン。うちの前校長もお前らにぜひ会いたいと言っていてな」
「アレフガルド学園長が…?」
その言に反応したのはコルゴンだった。
「ふ…はは…」
「…コルゴン??」
「…そ、うだな…あの狂魔卿の暴走老人には一度かわいがり返しをしておくべきだと思っていた…この期に…ふ、くく…ははははは…!」
コルゴンは光の無い目で震える拳を見つめながら言った。
「人の父親を暴走老人呼ばわりするな!?そんな危ないことを言う奴を会わせられるか!?」
リザイアの頬に冷や汗が流れた。家はいいとこ出のくせして、この二人はどうにもアクが強すぎる。
「そ、そういえばだな…うちの妹のリデアやハーシュくんと幼馴染のカインくんがお前らに会いたがっているぞ」
肩を怒らせるグラストンがリザイアの言葉にピクリと反応した。
「ハーシュの幼馴染…リデアにカインか…久しいな…」
グラストンはニヤリと口の端を歪ませた。
「そうだな、ハーシュの様子を又聞きして溜飲を下げるとするか。ハーシュに変な虫が付いていないかどうか確認も兼ねられる。案内をしてくれ」
いうが早いが紅茶を飲み干すと早く案内をと言わんばかりの勢いでグラストンは席を立った。
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「や、やあ、カインにリデア。き、奇遇じゃないか」
「わーお姉ちゃん。奇遇ねー」
偶然示し合わせたように、実際に示し合わせたからだが、グラストンとコルゴンを伴ったリザイアは廊下でリデア、カインと出会った。
「おお、久しいな、同郷とは言ってもあまり顔を合わせることはなかったが、改めてよろしく」
「お久しぶりですグラストンさん、コルゴンさん」
「君はカインだな、そしてリザイアの妹のリデアか。どうだ?私の可愛いハーシュはどうしている?」
「ああ、それはもう…益々可愛くなっている…」
「学園長!?」
「お姉ちゃん!?」
その質問に頬を軽く染めて答えたのは、リザイアだった。
「(し、しまった!!つい!!)」
グラストンの目に鋭い光が灯った。
「…?どういうことだリザイア?」
「な、何のことだ…わ、私にとって生徒とは皆総じて可愛いものだ…」
「しらばっくれるな!貴様にショタ属性はなかったはずだ…私はよく知っている…」
「こ、後天的にそう言った属性?が付加されたんじゃないんですかね??!!」
リデアが慌ててフォロー(?)に入った。
「ふん…まあいい、だがこれだけは言っておこう…もしも私の可愛いハーシュに手出しをしてみろ?お前と言えどただでは置かんぞ??」
その時、リデアは悟った。あ、この人かなりやばいアレな人だ。と。
「…しかし、妙だな…どこからかハーシュの匂いがする?」
「き、気のせいじゃないですか?!」
「気のせい??…ふん、私がハーシュの匂いを嗅ぎ間違えるなど…断じてありえん!!!」
グラストンは、片手を振り上げるとその場で術式を展開させた。
『晴天乃万里眼』
遠視・透視を兼ねた術式。
グラストンは、自らの魔術を駆使し潜在的な身体能力を引き出すことを得意としている魔術師だ。
本来は学内では修練場外で術式を使用するのはご法度だが、そのあまりの早さにリザイアですら注意が追いつかなかった。
「グラストン!!何を…!!??」
「くくくくくっ、アハハハハハハ!!見つけたぞハーシュ♪お兄ちゃんとかくれんぼか!!あははははははっ!!」
「ひっ!?(見つかった!?)」
柱の陰に隠れて様子を伺っていたハーシュは、走って逃げ出そうとしたが既に時は遅かった。
「はははははハアアアーシュ!!つうかまあえたああ!!」
「いぎやあああああああああああ!!!??」
ハーシュはグラストンの魔術による身体強化による驚くべき速力で呆気なく捕まえられてしまった。
「ああ…相変わらずの私の腕にピタリと収まる抱き心地だな…それにしてもハーシュ。太ったか?胸のあたりにこんなに肉が…身体も随分と柔らかく…」
フニフニ
「ぎゃああああああ!!??」
その時…
「何をしているグラストン!!」
「ゲフっ!!??」
グラストンはコルゴンの鉄拳制裁で三メートルほど吹っ飛ばされた。
「大丈夫か!?そこの君!!大変申し訳ない…普段は女性に対してこんな狼藉を行う男ではないのだが…」
コルゴンはどうやらハーシュのことを無関係な女生徒だと認識しているようだった。
「こ、コルゴン兄さん…」
ハーシュは突然痴漢から救済されたと言う安堵のあまりコルゴンに抱きついた。
「はあ!?ちょっ、君!?な、何をしている!!??」
「助けてくれてありがとう!!普段は堅物とか言ってごめんなさい!!」
「は、ちょ!?君!!??な、何を言っているんだ!!は、離れないか!!」
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「何ということだ…」
「まさかハーシュが悪魔によってこんな状況にされているとは…」
「グラストンさん…コルゴンさん…心中ご察しするのです」
みんなは改めて学園長室で顔を突き合わせてた。
「ああ、前から男にして置くのは勿体無い可愛さだと思っていたが…いざそうなると…なんと言う破壊的な魅力だ…理性を保てるか自信がなくなってくる…」
「え、ちょ…そこ…!?励ましとかもっとなんか色々とないの…!?兄さん!!??」
「大変だったな、だが、安心しろハーシュ。いざとなったら私のお嫁さんにくればいい」
「それのどこを安心したらいいんですか!」
「さあ、お兄ちゃんのお膝の上においで」
「絶対嫌です!!」
「ははははは!そんなハーシュも可愛いな!!」
「くっ…!!(うざい!!)」
「…あんたの兄貴、かなりキャラが手強いわね…」
「しかし…同情はするが、それとてお前の慢心が呼び込んだ結果だ」
コルゴンの氷のような言葉が一瞬で場を凍りつかせた。皆が言葉を失う中コルゴンは淡々と続けた。
「ハーシュ、手厳しいことを言うようだが、この弱肉強食の世界では、そしてベルナルド家の子としても、先達の名に恥ずかしくない結果を出さなければいけないんだ、分かるな」
「わかっている…つもりです」
「わかってなどいない。なぜ、お前は私たち兄を今回避けようとした?お前は逃げようとしたんだ。そしてそれは自らに後ろ暗いところがあるからだろう、違うか?」
ハーシュは自らの不甲斐なさに唇を噛んだ。
「兄さん…違うんです…僕は……」
「下らん口答えをするな!」
ハーシュはコルゴンの激しい叱責をぐっと飲み込んだ。一番認めてもらいたい兄からの辛辣な言葉に心が引き裂かれるようだった。
「コルゴンさん、お言葉ですが」
カインの言葉にハッとして顔を上げ目に入ったのは、ハーシュを庇うように横から差し出されたカインの右腕だった。
「カイ…ン?」
「…辛いのはお二方だけではないと思います。ハーシュだって今は混乱の最中必死に前を向こうと努力をしているんです。第三者である俺が言うのはおかしいかもしれませんが、そのことをどうか理解してやってください」
「…」
カインの言葉が通じたのか否か、コルゴンは険しい顔のまま無言だった。
「…そうだな、今日はこんなところにしておくとしようか。では解散ということで」
グラストンが間を取り持つように手を叩いた。カインに促されハーシュは俯いたまま後にしようとした。
「ところで、ハーシュ。折り入って大事な話があるんだが…」
ハーシュの背中に声がかかった。
「…なんですか、兄さん」
「一度だけおにいちゃんと呼んでみないか」
「とっとと寝ろ!!」
ハーシュは扉を投げつけるように閉めた。
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「コルゴン俺たちはどうしたらいいんだろうな…」
「そうだな…」
コルゴンは色々な感情がせめぎあっている様子で、暗い面持ちだった。
「ただでさえ可愛いハーシュがあんなに可愛い女の子になってしまうなんて…!?…」
グラストンは悶えるようにクネクネとした動きをする。
「そういう問題か!」
「時にコルゴン、最近の若者はつとに貞操観念が薄いと聞く」
「??…それはまあ…一般論ではあるな」
「では私が言いたいことはわかるな?」
「…とりあえず言ってみろ」
「ハーシュに悪い虫がつかないか心配じゃないかあああああああ!!??」
「阿呆か!!そんなもの考えすぎだ!」
「考えすぎだと!?よく考えてもみろコルゴン。今のハーシュはただの無力な女の子だぞ、しかも母さん似のあの恵まれた容姿ときている。さらに世間ずれしたハーシュのことだ!!変な男の手練手管で傷物にされることだってあるかも知れないのだぞ!!??」
その言葉にコルゴンはピクリと反応を示した。
「傷…物…いや、そんなまさかな…」
「そのまさかがあるかも知れんのだぞ、現に教え子に手を出すような不届きな教師だっているではないか」
「…」
「あの世間知らずのハーシュに教師という立場を利用していいよる輩がいたとてなんの不思議がある??」
「…確かにそのシチュエーションであれば…なくはない…いや、あるかも知れん…」
「だろう!!??だとすれば私たちがすることはただ一つ!!ハーシュの動向を観察して貞操の安全を確保するのだ!!」
その頃、ハーシュは自らの噂を立てられているとも知らず、小さくくしゃみをした。