カインの独白
ありのまま起こったことを話そう。
俺の幼馴染が女になって帰ってきたのだ。
何を言ってるかわからないと思うが俺も何が起こったのかわからない。
そしてそいつは今移動教室で講堂に一緒に歩いている。
「おい、ハーシュぶつかるぞ」
俺はハーシュの肩を引き廊下の向かいから歩いてきていた男子生徒とぶつからないようにした。
「えっ、あっ、ごめん…」
手を離すとこちらを見上げるハーシュと目が合った。なぜか少し不安そうな目をしている。
「なんだその目は?どうした?」
「あ、ご、ごめん…なんか最近絶対気のせいなんだけど…すれ違い様に男子生徒が胸の辺りとか足の辺りとか見てくる気がして…自意識過剰だよね?」
「…?」
振り返ると今すれ違った男子生徒がこちらを見ていた。視線の先はすれ違ったハーシュの後ろ姿だった。
俺の存在に今しがた気がついたように目が合うと明確な殺気のようなものを感じた。
「チッ…ハーシュちゃんと仲よさそうにしやがって…」
聞えよがしの舌打ちをつくと踵を返していった。
「…」
さらに振り返ると今度は小太りの男子生徒がいた。今度はこちらのことは意にも介さず穴があくような目でハーシュを眺め回していた。
「ハーシュたん萌え…萌、萌え…太もも…ブヒ…」
男子生徒はそそくさと廊下の向こうへ小走りで去っていった。
「…」
「え、あの…どうしたのカイン??」
俺は両手でぐいと近づけてハーシュの顔を見た。
「え、あ??カイン??」
大きくてエメラルド色の柔らかな印象を与える瞳だ。首ほどの長さの銀髪がサラサラと音を立てている。それと卵の表面のような頰。
白磁のような肌。とそういえばセルシア先生とリデア学園長がいっていた。
「…ふむ…」
俺はハーシュから両手を離した。
「…気にしたことはなかったが…総合的に考えると…そうゆう結論にならざるを得ないか…?」
「あの、どうしたのカイン??」
「ハーシュ。お前はひょっとしたら分類的に美少女というものに入るのではないか?」
ハーシュは顔色をさっと変えた。
「…急に何言ってんのカイン…?」
「…なぜそんな目で俺を見る?」
「カインってそういう奴だったんだね…」
「ちょっと待て、どういう男だと?」
「人の気にしていることをわざわざそんな言い方でからかうなんて!」
「からかってなどいない、俺はただ客観的に…」
「もうたくさんだ!誰が美少女だって!?質の悪い冗談も大概にしろ!!」
真面目に受け取るどころか初めから相手にすらしていない。
駄目だ。こいつには自覚というものが足りていない。
例えば、そんな気は無くとも男をその気にさせてしまうような不用意な発言や言動があったとしたら?
その男が無理矢理にでも事に及ぼうとしたら?
俺やリデアが側に入れればいいが、友といえど四六時中庇護下に置くことなどできない。
今のハーシュは身体的には女だし魔法によって身を守ることもできない。とすれば、今の状態はやはりかなり危ういのではないか。
「おい、ハーシュよく聞け」
俺はハーシュの両肩を掴んだ。
「な、なんだよ」
「今のお前はかなり、いや相当な美少女の部類に入る」
ハーシュは呆然とした顔になった。
「…面と向かってなに恥ずかしいことを…」
「そして男が美少女を見るとどんな気持ちになるかわかるだろう?」
「…はい?」
「男が美少女…つまりは『とてもかわいい女』を見るとどんな気持ちになり、どんなことをしたくなる?…想像力を働かせろハーシュ。男の頃の記憶を辿るんだ」
「そ…」
見ているとハーシュの顔が困惑から見る見る赤く染まっていく。
「う、わああああああああああああああ!」
ペシン。と耳のあたりで破裂音がして視界がぶれた。ハーシュに頰を張られたのだ。
「ひ、人のことからかうのもいい加減にしろ!!バカカイン!!」
ハーシュは走って行ってしまった。しかも、殴られた。
「何故だ…?」
「こっちのセリフよ…何親友を口説いてんのよ…?やっぱりあんたホモなの?死ぬの?」
振り返るとリデアが穴が空かんばかりの力で壁に指を突き立てていた。
「…何もかも心外なんだが」
「このクソ天然男おおおおおおおおおおおおおお!!」
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「と、いうわけでカインはカインなりにあんたのすっとぼけた自己認識を改めて身の危険が及ばないように、って思いやりからの行動らしいわよ」
移動教室の時にリデアがハーシュに話しかけていた。リデアはカインの代わりに仲介役としてカインの意向をハーシュに伝えに来たのだった。昔からリデアは三人の中でこういった立ち回りをすることが多かった。
「…ふん」
ハーシュはふいとそっぽを向いた。
「何よ?まだ何か腹に一物あるっての?」
「別に…」
ハーシュは拗ねたように俯いて答えた。
「もおおおお、面倒臭いから私は知らないわよ!勝手に喧嘩して勝手に仲直りでもなんでもして!」
それにしびれを切らしたのかリデアはさじを投げるようにいった。
「ハーシュくん!!」
「…ん?」
声のした方を見るとリザイアが廊下の向こうからこちらに近づいてきていた。
「お姉ちゃん??どうしたの??」
「リデア、学内では『学園長』と呼べと…。まあいい、ハーシュくんに用があってな」
リザイアは小さな封筒をハーシュに手渡した。
「私宛の手紙だが、ハーシュくんにも伝えておかなければと思ってな。『奴』のことだ、どうせハーシュくんに事前に言うなんてことはしていないだろう」
「手紙?こんな季節に珍しいわね。誰から…」
「どどどどどどうしよう…」
リデアの方を向いたハーシュの顔は顔面蒼白だった。
「に、兄さんたちが…アレフガルド学園にやってくる」