リデアの独白
ありのまま起こったことを話そう。
私の幼馴染が女になって帰ってきたのだ。
何を言ってるかわからないと思うが私も何が起こったのかわからなかった…
そしてそいつは、今私の目の前で390ペニーの学園食堂のパルフェを目を輝かせて美味そうに食べている…。
「んー…この一口のために生きている…」
ハーシュは口に入れたスプーンをふるふると震える手で天に掲げる。
休日にも勉強や修練に勤しむ堅物なハーシュだけれど昔から甘いものには目がない。
向かいに座る私は500ペニーの日替わりランチ。本日はジャイアントトードの唐揚げがメインだった。
…ていうか昼ご飯時なんだから飯食えよ。ちなみに私は米派だ。ビバ白米。
「それにしても随分うまそうに食べるわね…学食のやっすいパルフェを」
「値段じゃないんだよ…PRICELESSなんだよ…それにアレフガルド学園の食堂は大陸でも美味しいって有名だよ」
本人はなぜかドヤ顔でもう一口パルフェを頬張る。
それにしてもハーシュが甘党なのは元からだけど男であることを理由に気兼ねすることがよくあった。
それが今は女であることを盾にして気にせず食べているように見える。
こう見えてハーシュはこの状況を案外エンジョイしているのかもしれない、本人に言ったら絶対否定するだろうけど。
…元々女顔だったしこっちの方が合ってるんじゃない?なんだか同じ女子として非常に解せない気持ちはあるけど。
「それにしてもリデア、それ美味しいの?」
「これ?カエルの唐揚げ。食べる?」
「う、いいや…」
ハーシュは胡乱な顔で舌をぺろっと出す。
なんか仕草の女子力がいちいち高い。
「あのさあ…ハーシュって女になって不便とかある?」
「不便…?…えっと…そりゃあ…」
ひょい、ぱく。
「あー!!??大切にとっておいたイチゴがああああああ!??」
振り返るとそこにはもそもそと口を動かすエイムが突っ立っていた。
「な、何するんだよエイム!?」
エイムは顔を赤くしながらそっぽを向き、またもぞもぞと口を動かした。
「ふ…太るぞ!…ハーシュ!」
「余計な御世話だ!馬鹿!」
私は我関せず頬杖をつきながら、ハーシュが一方的にエイムに食ってかかる様を眺めていた。
それにしても傍目に見てもころころと表情が変わるハーシュはある種の無邪気な魅力を放っている。
「こらああああ!!聞いてるのかエイム!!」
ハーシュはゆさゆさとエイムの襟を掴んで揺さぶる。
エイムが緊張で固まっているだけなのを無視しているのだと勘違いして顔を間近から覗き込んでいる。あの至近距離じゃ大方胸とかも当たってるんじゃあなかろうか。
このナチュラル且つ無自覚な女子テクっぷり。あーこれ大抵の男なら落ちるんじゃねえの。なんて人ごとみたいに考える。
現にハーシュを前にしてエイムはさっきからもぞもぞと身じろぎをしながら顔を赤くしている。
相当に気持ち悪い。気持ち悪すぎていつも通りぶん殴りたくなるが、流石にここまで好意を全開にしていると突っ込むのもなんだか気の毒になってくる。さっきから私が傍観に徹しているのもそのためだ。
「ぼーっとして!!聞いてるのかエイム!!??」
「ふ、ふん!!ハーシュ!!貴様なぞにはイチゴの乗っていないパフェがお似合いだ!!」
そういうとエイムは真っ赤な顔のまま脱兎のごとく逃げ出した。
ハーシュのボディタッチに耐えきれなくなったのだろう。
「なんだとー!!あああー…無駄に疲れたしイチゴは無くなるし…エイムはなんの恨みがあるんだよまったくもう!」
ハーシュは本当に怒っている様子でザクザクとパフェを乱暴にかき混ぜた。
「好きな子に意地悪するのが楽しいんじゃない??」
「何それ?気持ち悪い冗談やめてよ」
ハーシュは初めから本気にしていない様子でまたベリーシロップのかかったクリームを口に運んだ。
「…お気の毒様」
「本当だよ!」
「エイムがね」
「そうそう…ってなんで!!??意味がわからないし!!」
分からんでいい。ややこしくなるだけだ。
「ハーシュほっぺ白いのついてるよ」
「えっ、どこ」
「ここ」
私はハーシュの頬の白濁のクリームを指先で掬い上げた。それをペロッと舌ですくった。
久しぶりに食べた生クリームはベリーシロップと絡み合って胸が焼けるような甘さだった。
ふと、私が顔を上げるとそこには顔を赤くしたまま固まったハーシュがいた。
「な、なに顔赤くしてんの」
「え、あ、いや…き、急に変なことしてくるから……」
カアア、という擬音がそのまま当てはまりそうな様子でハーシュは赤くなった顔を隠すように手の甲を頬に当てた。
…ちょ
…ちょっと待て!!
「…いや、そんな照れられるとこっちが恥ずかしいし…!それにそんな可愛いのに男扱いなんて無理でしょ!?」
「リデアまでそんなことを!?可愛いって言うなよ!!」
ハーシュはがたんと机に両手を置き椅子から立ち上がり抗議を示した。
するとローブの隙間から清潔そうな鎖骨が見えた。ハーシュは着痩せするから細くて折れそうなに見えるけど、触るときっと柔らかい。
今はこんな風に怒った顔してるけど、急に胸なんか触ったらそれこそ顔を真っ赤にして怒って恥ずかしがるんだろうな。
そんで、こんなこと私が考えてるなんて知ったら怒るんだろうな。それとも恥ずかしがるのかな。それとも両方かな。
なんて私はハーシュの怒った顔を見ながらぼんやりと考えていた。
…
「あ…やばい、今なんかムラっと…」
「はあああああ!!??」
「ハーシュ…なんでそんなに女子が板についてんのよ…」
「心外だよ!!??」
「ちょっとだけ揉ませてくれない?先っぽだけでいいから」
「ダメに決まってるだろ!?て言うか先っぽってなに!?」
「…セルシア先生には揉ませてあげてなんで私はダメなのよ?」
「セルシア先生だってOKした訳じゃないよ!??」
「ちっ、いいからとにかく揉ませろゴラア!」
「おっさんみたいなこと言うな!!い、いやああああ!!ち、近づくなー!!」
私は本気で嫌がるハーシュに手をわさわさしてじゃれつきながらひとりごちる。
なんか今までと同じようにならないのは当たり前だし仕方ないけど…なんか……なんかこう…自分の女子としての色香に無自覚過ぎて…やたら危なっかしい…
ハーシュの性別が変わった事で皆んなの関係性も変わっていくのだろうか。そこまで考えてリデアは考えるのをやめた。
それはそうだ…いつまでも同じものなど存在しないのだ。
私はハーシュの胸を触りながらそんな事をしみじみと考えていた。