まずはテンプレ的なTSの始まり方なのです
ハーシュは自らの甘さを思い知らされていた。喉を強かに打たれ声も出ない。脳震盪で視界がまともに定まらない。
本能が死の危険を察知し、脳内に頻りにワーニングのサイレンが鳴り響くが、目の前の女はそんなハーシュの状況と対照的に嘲るように笑っている。
金髪の悪魔はその細い体には不釣り合いなほどの膂力でハーシュの喉を掴みその体を腕一本で壁に押さえつけていた。悪魔は眉一つ動かさないまま部屋の中を悠然とした様子で見渡す。
「見たところ、あなたどこかの魔法科の生徒??」
そう言いながら悪魔はハーシュの胸元に輝くバッチを指で弾いた。
死に物狂いの努力で手に入れた黒色のバッチは学園で最も優れた魔法科クラス在籍の『黒の証』。
その黒光りする証が今は悲しいほど滑稽に感じられる。
「多いのよねえ、あなたみたいなの。見るからに優等生って子に限ってこうゆう魔術師封じの初歩的なのに引っかかるのよね」
顛末はあっけないものだった、扉を開けた瞬間に喉に手刀を喰らわされた。詠唱する暇さえ与えられなかった。
実戦経験は訓練で埋められるものと信じていたのに、現実はそんなに甘くはなかった。
「まさか悪魔が宿までやってくるなんて思わなかった??あなた、舐めすぎ。頭から足先まで聖水の匂いをプンプンさせた魔術師を私が見落とすとでも思ったの??」
不甲斐なさと喉を掴まれた苦しさで涙が出てきた。視界が歪む、こんなはずじゃなかった。せめて、最後に家族や友達に面と向かって言いたかった。母さん、父さん。そして…
「ご…め…ん…カイ…ン…」
「あらぁ…貴方想い人がいるの?」
悪魔の口元が愉快そうに歪んだ。
「私貴方を殺すの考えてあげてもいいわぁ」
悪魔はそう言ってくつくつと喉を鳴らした。
「でも、今から貴方にする事は、殺すよりももっと残酷なこと。生きながらに愛を引き裂かれる…しかも真綿で締められるように…」
悪魔はハーシュの胸元のシャツを片手で引き裂いた。ハーシュは必死でもがくが悪魔の腕は鋼鉄の様にビクともしない。
「人間って私たち悪魔のこと悪趣味だなんて言うけど…何千年と人間の魂を糧にしてきた私たちは随分と舌が肥えてきちゃったの。だから、私たちはできるだけ貴方達の魂を残酷に美味しくいただかせてもらう方法を心得ているだけなのよ…わかる?」
悪魔は鋭利な爪でハーシュの胸元に手早く印を描いていく。一画ごとにハーシュは体からみるみる力が抜けていく気がして背筋がゾッとした。
「な…に…を…!?」
「別にね、貴方が憎いわけではないのよ。これから貴方にするのは、まあただの実験みたいなものかしらね…ふふ」
最後の一筆を終えたのか悪魔はハーシュを押さえつけていた左手の力を抜いた。同時にハーシュはなすすべなく床に崩れ落ちた。
「じゃあね、ハーシュ・マギ・ベルナルドさん。目覚めた時が楽しみね?」
ハーシュの意識はそれきり急速に暗闇に落ち込んでいった。
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魔術医師セルシアは、手元の端末機を熱心に見つめ画面をスワイプしていた。やがて、うんざりとしたようにため息をつく。
…そろそろ、一限が始まった頃だろうか。
外を見るとまだ朝の爽やかな日差しが差し込んできていた。ちらりと横を見ると備え付けのベッドの一つに寝かされた銀髪の少女が眼に映る。
すう…
微かに胸を上下させて静かな寝息を立てている。
綺麗な少女だった。ハーフエルフに見紛うほどの整った見目。白く透明な肌。少し甘やかな幼さの残る顔立ちと凛とした目元の組み合わせがどこか微笑ましい。
その様な少女が白いシーツに包まれているのを眺めていると何か美術品を眺めているような、はたまた美しい獣を囲っているような気持ちになってくる。
セルシアはどことなく満足げにほう、とため息をつくとティーカップを片手に取ろうとした。
パアン!
勢いよく扉が開け放たれティーカップが机ごと大きく揺れた。
医務室に入ってきたのは、赤い長髪をなびかせる長身の美女。泣きぼくろが特徴的なこのアレフガルド学院の創立者アレフガルドの娘であり現学園長であるリザイア・ファーレンハイトだ。
「我が校の生徒が悪魔の襲撃にあったと聞いた!」
「学園長。廊下は走らないでくださいなのです」
セルシアは微かに眉を顰めて言った。
「容態は!」
リザイアはセルシアの小言はスルーして切迫した雰囲気でベッドの近くに足早に歩み寄った。
「大丈夫です。峠は越しましたのです」
リザイアは銀髪の少女が静かに寝息を立てているのがわかると安堵のため息をこぼした。
「セルシア…礼を言う」
「それにしても妙なのです。おそらく歳の頃は中等科か高等科ぐらいかと思うのですが…さっきから学園中の在籍者、卒業生、中退生のどのデータベースを手繰ってもこんな女の子見つからないのです」
「だが…この校章は確かに我が校のものだ…しかもこれは…」
ローブに付けられた学校の最高クラスの術者のみが持つ『黒の証』。
ミスリルを原料にした特殊な加工が為された装飾品であり滅多に偽造することは不可能な代物。
「まぁ、直接聞いてみるのが一番早いのです。…ってこうして話してる間におきそうなのです、その子」
少女は目を薄く開くと、眩しそうに瞬きをした。
「大丈夫か?!」
「ん……っ!?」
少女は、声を出そうとしたが痛みにびくと体を跳ねさせた。セルシアが慌てて駆け寄り、少女に諭した。
「喉を強かに打たれたんです。無理に喋らないでください。でも、経過は良好だから直ぐに喋れるし、魔法も使えるようになると思います。心配は無用です。あなたは我が校の生徒ですよね?」
「…?」
銀髪の少女は不思議そうに首を傾げたあと、うなずいた。
「これで貴女の名前と出自を教えてもらってもよいのです?」
そういってセルシアは白紙とペンを手渡した。
銀髪の少女はまた戸惑うようにキョロキョロと二人の顔を相互に見ながらサラサラと紙に自らの名前を書きセルシアに手渡した。
「…ハーシュ・マギ…ベルナルド…?」
「…?」
ハーシュは二人の顔色が曇っていく様子に首を傾げた。
「これは…どうゆうことだ??」
「…ひょっとしてハーシュくんの…妹とかなのですかね?」
銀髪の少女の顔が今度こそ完全に強張った。
ハーシュは、自分の顔、それから腕、胸、腹、腰と順繰りに触った。まるで、自分で自分を確かめるかのような奇妙な素振りだった。そして、その顔にみるみる焦躁が浮かぶ。
少女は唐突に自ら医務着の前面をはだけさせた。真っ白な柔肌と二つの双丘が露わになった。
「なっ!?き、君はいきなり何を!!く…は、鼻血があ…!!」
リザイアの鼻からはドパアと赤い血しぶきが迸った。パタタとベッドの端のシーツが赤く染まる。
「変態はあっち向いててくださいなのです」
そんなリザイアの醜態を見て見ぬふりをしてセルシアは冷たく言い放つ。
「誰が変態だ!私は可愛い女の子が大好きなだけのごくごくノーマルな20代女子だ!」
「ギリギリ20代の変態さんなのです」
「リザ…イア学園長…セル…シア…先生…けほ…」
少女は潰れた喉から消え入りそうな震え声を出した。
『??…なんで私の名前を知っているんだ?(のです?)』
取っ組み合いを始めかけたリザイアとセルシアを見つめる少女の顔は戸惑いで泣き笑いのように引きつり目には一杯の涙が溜まっていた。
「僕…ハーシュ…です…この学校…の…男…子生徒…?の…はず…なんですが…」
スローペースの更新予定です。よろしくお願いします。